表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/84

第75話 災厄への挑戦

 ベルーゼとカゲトは、城から数キロ離れた湿地帯まで吹き飛ばされていた。着地と同時に二人は戦闘態勢に入る。空中から猛スピードで追いかけて飛んできたネイクスは、地面に激突する寸前でピタリと止まり、羽のようにゆっくりと地に足をつけた。

 全神経を張り詰め、ネイクスの一挙手一投足を見逃すまいとする二人に対して、ネイクスは余裕の態度を崩さない。


(……カゲト、分かっているな?)


(おう……)


 お互いにアイコンタクトを取り合う。二人は左右に別れて、挟み撃ちでネイクスを強襲する。ネイクスは目を瞑り、ゆらゆらと体を揺らしながらその攻撃を躱していく。拳と刀が空を切る音だけが鳴り響く。ネイクスにとっては、こんな攻撃は遊びの中の遊びに過ぎない。

 しかし、ベルーゼとカゲトに焦りはまだない。二人もまだ本気ではないからだ。しかしネイクスには、これが全力だと思わせる必要がある。

 ネイクスは、万が一にも自分が負けるなどとは微塵も思っていない。ベルーゼ達が付け入るとしたら、もはやここしかない。完全に油断しきっている内に畳みかけて倒してしまう以外の勝ち筋はないのだ。


(野郎、俺達を舐めきってやがるな。少々癪だが、まあこれでいい)


 カゲトは思いのほか冷静だった。この状況においては邪魔にしかならない怒りや恐怖心は、今は胸の内にしまい込んだ。まるで詰め将棋のように……時限爆弾のコードを一本ずつ切断していくように、慎重に事を進めていく。

 しかし、あまり悠長にもしていられない。いつ気まぐれでネイクスが攻勢に出るか分からないからだ。ネイクスがその気になれば、恐らくベルーゼとカゲトは瞬殺される。そうなる前に……ネイクスが一パーセントの力しか出していない内に、二人の百パーセントの力を同時にぶつけなくてはならない。


(よし、そろそろ行くぜベルーゼ!)


(ああ!)


 二人は一旦後ろに跳んで、ネイクスから数十メートル程の距離を取った。カゲトが刀を鞘に収める。そして二人同時に再びネイクスに向かって駆け出した。ネイクスは未だに目を瞑ったままだ。チャンスは今しかない。

 ベルーゼが一気にトップスピードまで加速し、そのまま背後からネイクスを羽交い締めにする。ネイクスが目を開けた。目の前では既にカゲトがいる。ベルーゼ同様、カゲトの抜刀速度もさっきまでとは比べ物にならない。完璧にネイクスの虚を突いた。鞘から解き放たれた刃が、一筋の剣閃となってネイクスの体を走り抜けた。カゲトも、刃から柄を通して、対象を斬ったという確かな手応えを感じ取る。


(ど、どうだ!?)


 背後にいるベルーゼからは、ネイクスのダメージがよく見えない。攻撃が当たったのは確かだが、有効打になったかどうか。しかしベルーゼは、カゲトの表情を見てハッとなった。


「ベルーゼ! 離れろぉぉ!!」


 既に察していたベルーゼは、カゲトが言うまでもなく退避していた。カゲトもすぐにネイクスから距離を取り、たった今自分がネイクスに付けた傷を凝視した。

 右脇腹から左の鎖骨辺りにかけて、斜めに付けられたその傷。それはあまりにも浅かった。服はパックリと裂かれているが、肌の方はほんの僅かにその皮膚を斬っただけに終わっていたのだ。血もほとんど出ておらず、少しばかり青みを帯びているだけだった。


「へえ、二人とも思ったより速いんだね。試合で観た時よりも速かったから、少しだけ驚いちゃったよ。大人になっても成長ってするんだね」


 傷を撫でながら、涼しい顔でネイクスが言った。ベルーゼとカゲトの頬を冷や汗が伝う。作戦自体は間違ってはいなかった。確かにネイクスの油断につけ込み、こちらの攻撃を的確に当てた。間違っていたのは認識だ。やり方次第では、自分達でもネイクスを倒す事も可能かもしれないという認識。それがまずあり得ない事だったのだ。


(……か、勝てない。絶対に無理だ。生物としての次元が、あまりにも違いすぎる)


(俺ら二人の百パーセントは、奴の一パーセントにも満たねぇって事かよ……クソッタレが!)


 戦いが始まってから、まだ精々二~三分ぐらいしか経っていない。だが、二人の戦意は既に大部分が削がれてしまっていた。お互いに視線を交わし合うが、言葉が出てこない。


「じゃ、今度はボクから行くね」


 ネイクスが軽く手を払うと、機関車に撥ねられたようにベルーゼがぶっ飛んだ。空中での制御がまるで利かず木々を薙ぎ倒していく。カゲトが慌てて刀を向けるが、ネイクスはいつの間にかカゲトの肩の上に乗っていた。


「う、うおあああ!!」


 振り払おうとカゲトが後ろを振り向こうとした瞬間、ネイクスはカゲトの前に回り込み、腹部に軽いジャブを一撃見舞った。

 そう、ほんの軽いジャブだ……ネイクスにとっては。しかし、カゲトにとってはとてつもなく重い一撃だった。膝が痙攣し、体重を支える力を失う。胃液が逆流し、吐瀉物をその場にぶちまけた。激痛と吐き気に襲われ、カゲトは立ち上がる事すら出来ないでいた。そのカゲトを、ネイクスは死にかけの虫けらを見るような目で見下ろしている。


「あれ? おじさん、以前どっかで会った事あるよね? この前、城に来た時よりももっと前に」


「……う……ゴホッ……」


「あっ、思い出した。おじさん確か五年前にNエリアにいたよね? そういえばいつの間にかいなくなってたね。気付かなかったよ、あははは」


「……そう、俺は逃げ出した。あの時家族が殺されたにも関わらず、てめえを恐れてな」


「そっかぁ、ごめんね。ボク悪い事しちゃったね。じゃあさ、ボクが家族の所まで送ってあげるよ。それならいいでしょ?」


 ネイクスが手を翳し、魔力を込め始める。


「そりゃあありがてえ話だな。だが……その前にてめえを地獄に送ってからだ!」


 魔法弾がネイクスの側頭部に着弾し、ネイクスが吹き飛ぶ。先ほど吹っ飛ばされたベルーゼが、体勢を立て直してこちらにむかってきていた。カゲトも足に活を入れて立ち上がり駆け出す。跳び上がり、地面を転がるネイクスに向かって、頭上から一気に刀を振り下ろす。

 しかし、突如ネイクスが消えた。対象を失った刃が地面を抉る。


「カゲト! 後ろだ!」


 ベルーゼの叫びに、カゲトは確認するよりも先に背後に刀を振った。そしてまたしても直前にネイクスが消えた。次に姿を現した場所は……。


「!?」


「教えちゃ駄目だよ、お兄さん」


 ベルーゼの目の前だった。ベルーゼの腹部には既にネイクスの手が押し当てられている。零距離で魔法弾が発射され、その場で爆発を起こしてベルーゼが黒煙を上げながら宙に舞い上がる。その上昇速度が緩まない内に、ネイクスがベルーゼの上を取り、真下に蹴り落とした。柔らかい地面が破裂したように周囲に散乱する。


「うぐっ……く、くそっ……!」


 ベルーゼがふらつきながらも何とか立ち上がる。

 ベルーゼもカゲトも、一瞬たりともネイクスから目を離していない。瞬きすらもしていない。だがそれでも、ネイクスの動きは全く見えなかった。

 ベルーゼでさえ足元に及ばない程の超スピード……最初はそう思った。しかし、それなら空気が激しく流れるはずだ。だが実際には、ネイクスの移動の時にはそよ風すらも吹かれる事はなかった。これらの事から、ベルーゼは一つの結論に至る。


「瞬間……移動……か」


「ピンポーン。お兄さん正解」


「な、何だと? 瞬間移動?」


 カゲトは信じられないという表情を浮かべる。しかし、だとしたら合点がいくのだ。スピードではない。魔法による、瞬時の移動。どんなに目を凝らしても、見えるはずがないわけだ。


「遙か昔に失われた魔法だと聞いていた……。だが、今の時代でも使える者がいたとはな」


「まあ、ボクも前は使えなかったんだけどね。フロッグで遊んだ後だったかな。何か頭の中で急に閃いてさ。電球がピコーンって光るみたいに。で、試しにやってみたら出来たってわけ。便利だよ~、羨ましい?」


 ネイクスが両手を頭の後ろで組んでケラケラと笑う。ベルーゼもカゲトも動揺を隠せない。そんな魔法を使える事自体も異常だが、以前は使えなかったのにいきなり使えるようになったというのはそれ以上の衝撃だ。つまり、ネイクスは常に成長し続けているという事。このまま生かしておけば、どこまで強くなるのか底が知れない。かといって、今ここでネイクスを仕留める力も二人にはない。


「でもまだまだ足りないんだよね。この程度じゃあ、まだ神に挑んだところできっと返り討ちにされちゃう。もっともっとレベルアップしないと。そのためには、強い人をいっぱいやっつければいいのかな?」


 ネイクスがこの戦いで初めて殺気を露わにした。ベルーゼとカゲトにこの上ない緊張が走る。とりあえず身構えるが、はっきり言ってどうすればいいのか全く分からない。

 ……その時、また空気が変わった。ベルーゼとカゲトはもちろん、ネイクスもそれを感じ取る。この空気の変化は、ネイクスによるものではない。では、一体何が…………そう思って空を見上げたベルーゼとカゲトは、その存在に気付いて驚愕した。ネイクスもそれに釣られて視線を上に送る。


「あれぇ? 何だ、生きてたの?」


「野郎……ネイクスに殺されたんじゃあ……?」


「あいつ……」


 Sエリアのボス、スパーダだ。ネイクスに殺されたと思われていたスパーダが、上空から三人を見下ろしていた。そして静かに降下を始め、ベルーゼの横に降り立つ。その身には、ネイクスにやられたと思われる傷や火傷が痛々しく残ったままだった。


「スパーダ、何故お前がここに?」


「……」


 ベルーゼの問いに、スパーダは答えない。ただじっとネイクスに眼差しを向けている。


「そうだよ~。せっかく死なずに済んだのに、何でわざわざまたボクの前に姿を現したの? そのまま死んだふりして隠れてれば、きっとボクは気付かなかったのに」


「…………これ以上、貴様の好きにさせるのは我慢ならん。それだけだ」


 スパーダは、傷だらけの体に不釣り合いな魔力を放出させた。エルカと戦った時以上のパワーを、他の三人は感じている。ネイクスは、また楽しみが一つ増えたとばかりに、白い歯と細い舌を見せる。


「とりあえず……俺達の味方という認識でいいんだな?」


「勘違いするな。一時的に共闘するだけだ。魔界の害獣を始末するためにな」


「……分かった。それでもいい」


 一時的とはいえ最強の味方を得た事で、ベルーゼとカゲトの目に僅かに希望の光が蘇る。スパーダがいれば百人力だ。だがネイクス相手に、百人力で足りるのかどうか……それは誰にも皆目見当がつかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ