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第74話 桁外れ

「さて、落ち込んでるところ悪いんだけど、そろそろ始めようよ。降伏したかったらしてもいいよ。でも、あんまり意味ないけどね。どっちにしろ、すぐには殺さないし」


「せめて少しでもネイクス様を楽しませて差し上げなさい。それが、あなた達の最後の仕事よ」


 ネイクスとイアーナが歩を進める。絶望する暇すら与えてはくれない。ベルーゼが振り返り、タオとレオンに視線を向けた。


「お前達はイアーナを頼む。俺とカゲトがネイクスと戦う」


「べ、ベルーゼ様……」


 敵の戦力とこちらの戦力を考えた、せめてものバランス配分。もちろんそんな事をしても、ほとんど無意味な事はベルーゼ自身もよく分かっている。たとえ相手がイアーナ一人でこちらが四人だったとしても、勝つ事は出来ないだろう。


(マキ……エリ……俺に力を貸してくれ)


 カゲトは妻と娘の顔を思い浮かべ、それを奪ったネイクスに刀を向ける。あの時、確かにカゲトは逃げた。ネイクスの圧倒的な力に屈した。しかし、もう命は惜しくない。これまでの人生の全てを賭けて、カゲトはこの戦いに挑む覚悟を決め、ゆっくりと歩き出した。


(恐ろしい……。僕は恐ろしいよ、タルト)


 カゲトと対照的なのはレオン。彼は死ぬのが怖くて仕方がなかった。争い事を最も嫌う平和主義者。出来る事なら、今すぐにでもここから逃げ出したい。やっと掴んだ、愛する者との幸せな日々。それを失うのは何よりも怖い。

 しかし、だからこそレオンは戦うのだ。ネイクスが存在する限り、真の平穏は永遠に訪れない。自らの力で未来を切り開くため、そしてそれを守るため、レオンは銃をその手に握る。


(勝てるはずがない。奴らと俺達とでは、戦力に雲泥の差がある。だが……)


 ベルーゼはネイクスから視線を逸らさずに、カゲトと肩を並べて足を前へ前へと踏み出していく。

 ベルーゼの人生の目標というものは、ある意味既に完遂している。妹の仇であるスコーピオを倒し、サウザンドトーナメントを優勝した事で魔界征服も成ったのだから。

 しかしだからといって、易々とくれてやる命でもない。ましてや、タオや手下達の命は尚更だ。


「イアーナ……どうして? どうしてなの?」


 哀しみに満ちたタオの目に、イアーナは薄ら笑いを浮かべて髪をかき上げる。

 八年前に初めて会ってからも、タオはイアーナと何度か顔を合わせた。魔界に関心があるという点は少し変わっていたが、タオはイアーナを友人だと信じて疑わなかった。こうして目の前に立ちはだかっていても、未だにイアーナが敵だなんて信じられない。


「どうしてと言われてもねぇ。エルカと同じよ。あの頃は周りに合わせていただけ。あなたの事も、別に友人だなんて思っていないわ」


「……だからって、ネイクスに従って破壊行為を繰り返す理由になってないよ。ましてや人間界にまで手を伸ばして……エルカまで……殺すなんて。私には分からないよ」


「私からしたら、あなたの事の方がよく分からないわね、タオ。ネイクス様は、いずれはこの世の全てを統べるお方なのよ。いわば神も同然……いえ、それ以上の存在になられるわ。そのネイクス様が、私の力をお認めになったのよ。こんな名誉な事が他にある?」


 イアーナが両手を広げ、見下したような視線をタオに向ける。


「そしてエルカは、そのネイクス様に無礼にも牙を剥いた。だから排除された……当然の成りゆきよ。もっとも、大人しくしていたところで、ほんの少し寿命が延びただけだけどね。どちらにしても、今日この場であなた達と一緒に私達に殺されていたでしょうから」


「イアーナ……!」


 タオの哀しみが怒りへと変わる。二人の様子を静観していたネイクスが口を挟んだ。


「一つ補足しておくよ。もし仮に、魔界に来なくて人間界で素直にお姫様を演じていたとしても、結局のところエルカはボクに殺されていたよ。何でか分かる?」


 ネイクスが悪戯な笑みを浮かべ、タオの顔を覗き込む。タオはネイクスの考えが読めた。それと同時に、ゾッとして目を見開く。


「……あなた、まさか!」


「ピンポーン。この大陸を片付けたら、次の標的は人間界にするつもりだったからでした! この前はフロッグとジャクシーだけだったけど、今度は全部壊しに行くよ」


「やめて! どうしてそんな事をするの!?」


「お姉さん、どうしてが多いね。考えてもみなよ。次に神が目覚めるのは千年後なんだよ? それなのに、あっという間にこの大陸を制圧出来ちゃった。あと千年の間、暇じゃん? だから人間界に遊びに行くんだよ。人間界は魔界よりずっと広いし、街も人口も多い。遊び方を間違えなければ、千年ぐらいは時間潰せそうだしね」


「そんな……そんな事……!」


「タオ、もう止せ」


 見かねたベルーゼが、タオの肩に手を置いた。タオは充血した目でベルーゼを見上げる。


「何を言っても無駄だ。こいつらを止めるには、こいつらを倒すしかないんだ」


「そーいうこと。さあ、早く始めようよ。お喋りはもう飽きちゃったからさ」


 ネイクスがわざとらしくストレッチを始める。タオは俯きながらも、気持ちの整理をキッチリと付けた。即ち、イアーナを敵として認識する事を。


「よーし行くよ~! 先制攻撃だ! えいっ!」


「う、うおおっ!?」


 ネイクスが両手を突き出すと、凄まじい衝撃波がベルーゼとカゲトを襲い、その身を遙か後方へと吹き飛ばした。ネイクスは愉快そうに地を蹴り、二人を追いかけていく。

 突然の出来事に呆然と見送るタオとレオンだが、すぐにハッとなって前に向き直った。人の心配をしている余裕はない。自分達が戦わなければいけないのは、このイアーナだと気を引き締める。


「さあ、私達も始めましょうか。どこからでも……」


 イアーナが言い終わらない内に、銃声がこだました。レオンの早撃ちによる奇襲だ。しかしその銃弾は、イアーナの人差し指と中指の間で止まり、シュルシュルと回転していた。

 いちいち驚いている暇はない。レオンは距離を取りながら続けてトリガーを引き絞るが、全ての銃弾はイアーナの裏拳によって叩き落とされる。

 タオが真上に飛び上がり、魔法弾を連射する。無数の銃弾と魔法弾が襲っても、イアーナは顔色一つ変える事はない。生身の拳で全ての弾を弾き返していく。ソウルファイヤはおろか、魔法拳すら使うまでもないという事だ。


「アクビが出るわね。そろそろこっちからも攻めさせてもらうわよ」


 イアーナが駆け出し、レオンに真っ直ぐ向かっていく。その間もレオンは撃ち続けるが、狙いは別の所にある。


(来い……。今さっき、手前に地雷を仕掛けた。それで倒せるとは思っていないが、確実に隙はできる!)


 地雷は地面に溶け込み擬態している。イアーナは全く気付いていない。狙い通り、地雷のど真ん中にイアーナの足が踏み込まれた。

 噴火したかような大爆発…………しかし、イアーナはその瞬間に加速した。


「何!?」


 対処する間もなく、イアーナの跳び蹴りがレオンの額に打ち込まれた。そしてイアーナは、着地と同時に高く跳び上がる。


「レオンさ……はっ!?」


 イアーナがその一瞬でタオの上を取った。頭上で組み合わせた両の拳をタオの背中に打ちつける。タオが墜落した衝撃で、周囲の土埃が高く舞い上がる。


(くっ、何て奴だ。地雷を踏んだと気付いた瞬間に、爆発以上の速さでそのまま駆け抜けるなんて……!)


 レオンが痛みを堪えながら身を起こす。そしてレオンは、エルカと戦った時の事を思い出さずにはいられなかった。あまりにも非常識で桁外れな強さ。それと同じ物をイアーナから感じ取れる。

 それでも戦うしかない。レオンはハンドガンからサブマシンガンに持ち替えた。威力はハンドガンに劣るが、どちらにせよイアーナには効かないのだ。ならば数で押し切るしかない。


「うおおおお!」


 レオンが雄叫びを上げ、サブマシンガンを撃ちながらイアーナに向かって突進する。さっきまでとは比べ物にならない連射速度でも、イアーナは変わらずにその銃弾全てに的確に対応する。一発たりとも、弾をその身に食い込ませる事はない。

 地に埋もれていたタオが這い出て、すぐさまレオンに加勢するべく駆け出した。そして、指先から火炎を纏ったレーザーを連射する。エルカ並みの体術を持つイアーナに接近戦を挑むのは自殺行為だ。こうして距離を置いて攻撃するしかない。このレーザーなら、魔法弾のように拳で弾く事は出来ない。しかしイアーナは、レオンの銃弾を弾きながらもそのレーザーを器用に避けていく。


「……うふふ」


「!?」


 突如イアーナが二人の視界から消えた。二人は慌ててその姿を探す。特に背後や頭上には気を配るが、どこにもいない。いや、よく目を凝らすと微かに残像が見える。ベルーゼにも勝るとも劣らない超スピードで動き回っているのだ。二人は四方八方に撃ちまくるが、そんなデタラメな攻撃はイアーナに掠りもしない。


「……こっちよ」


 タオの背後から、背中に氷を入れられたような冷たい囁き声。タオが反射的に振り返って攻撃するが、イアーナは更にタオの背後に回り込んだ。そして痛烈なハイキックがタオのこめかみに直撃し、吹っ飛んだタオの体が城の外壁に叩きつけられた。


「んっ?」


 イアーナは、自分の心臓部を照らす小さな赤い光に気付く。その出所に目を向けると、それはレオンが持つ八角形の金属片だった。


「捕らえたぞ……」


 金属片が弾けるように展開し、右肩から手先までを包み込んだ。ラチュラ戦で使用した電磁砲だ。しかしその外見は、以前よりも更に重厚な作りになっている。レオンはあれから電磁砲に改造を施し、威力や弾速を大幅に改良したのだ。


「くらえ!!」


 発射の反動も以前よりも増しているが、今回は後方に吹き飛んだだけで肩を痛める事はない。その点もぬかりなく改良済みだ。そして波動砲も狂いなくイアーナ目掛けて飛んでいく。流石にこれをまともに食らうのは危険と判断したイアーナが、その場から飛び退いた。しかし波動砲はイアーナの避けた方向に転換して追いかける。


「ああ、そういえば自動追尾するんだったわね。しかも試合で見た時よりも速いわ」


 イアーナは冷静に分析する。これから逃げ切る術はない。逃げるだけ体力の無駄だ。ならば、どう受けてダメージを最小限に抑えるかだけを、考えなければならない。かつてラチュラがやったように、全ての力を防御に注ぎ込み、真正面から受け止める……それが普通の発想だ。だがイアーナは…………防御ではなく攻撃の姿勢を取った。


「ハアアァァァ…………!」


 腰を落とし、拳を握り、魔力を込めた。そして、目の前まで迫っている波動砲に向けて、その拳を真っ直ぐに突き出した。拳と波動砲の先端がかち合い、大粒の火花が周囲に飛び散る。押し合いになり、踏ん張るイアーナの足が地面にめり込んでいく。

 拮抗しているように見えるが、イアーナにはまだ余力があった。そして、波動砲の勢いが弱まってきたところで、イアーナは一気に腕を振り抜く。弾けて拡散する波動砲が、周囲の地面に着弾して爆発を起こす。肝心のイアーナは、手に僅かに火傷を負った程度で、無傷も同然だった。


「ば……馬鹿な」


 レオンは驚愕のあまり、追撃する事も忘れて呆然としている。

 波動砲を攻略しても、イアーナはまだ気を抜かない。刹那のタイミングを完璧に見切り、地を蹴ってその場から退避した。その瞬間、直前までイアーナが立っていた場所に巨大な雷が撃ち落とされ、地面に深いクレーターが作られた。城壁に背を預けたままのタオが、息を切らしながら目を見開く。

 上空の雲に、自分が作り出した雷雲を上手く溶け込ませたつもりだった。しかし、イアーナには見破られていたのだ。

 そのタオに、イアーナは挑発するような笑みを浮かべる。


「あら、どうしたのタオ? そんなに驚いた顔をして。気付いていないとでも思ったのかしら?」


「……っ!」


 イアーナが波動砲とぶつかり合った瞬間に落雷させれば、当てる事は出来たかもしれない。しかし心の焦りと、イアーナから受けたダメージの痛みが、そのタイミングをずらしてしまった。いや、仮に当てられたとしても、それがイアーナに対する決定打になっていたかはまた別問題だ。

 そう思わせるには充分すぎるほどに、イアーナは圧倒的だった。レオンの切り札とタオの切り札を、いとも容易く退けたイアーナに、タオもレオンも次の手が全く思い付かなかった。

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