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第34話 タオの憂鬱

 サウザンドトーナメント、一日目の行程は全て終了した。二回戦に進出した者達は各々控え室に戻り、一回戦負けした者達も、残りの試合を観戦するために残った。優勝したエリアには、敗者の全てを支配する権利が得られるのだから、どこが優勝するのかは気になって当然だ。場合によっては、今からご機嫌を取っておく必要もある。

 エルカ達五人はというと……。エルカとヤドックはホルター戦の反省会の最中で、エルカは真剣な顔でヤドックからの指摘を受けている。カゲトは既に酔っ払って就寝。レオンは武器の手入れをしながら、タルトに一つ一つ丁寧に解説している。タルトはそれに全く興味が無いのは言うまでもない。ベルーゼはスケ夫に傷の手当てをさせている。

 一人浮かない顔をしているのはタオだ。チームは勝利したが、自身は結局何の役にも立たなかった。もしカゲトとレオンをスカウトしていなければ、早々に敗退するところだった。今までも無力感に苛まれる事は何度かあったが、今回は過去最悪だ。何故なら、今回は言い訳が効かないからだ。

 魔族の体……それも、ブブル一族という戦闘の天才の遺伝子。加えて数ヶ月に及ぶ地獄のような修行の日々。相手がエリアボスクラスならともかく、ヒムエは決して勝てない相手ではなかったはずだ。負けるにしても惜敗だっただろう。しかし、結果は何も出来ずに惨敗。全ては己の精神面での未熟さ故の結果だ。

 もちろん、戦いなんて元々好きではない。だが魔界で生きていくためには、戦いというものは切っても切り離せないものだ。それに、戦う事よりも嫌な事がある。それは、自分の存在価値を示せない事だ。

 ジャクシーにいた頃……何不自由ない生活だった。父も母も、一人娘のタオを溺愛していた。長年子宝に恵まれないところで、ようやく生まれた待望の第一子だから無理もない。しかしそれが逆に、タオから全てを奪っていた。どこへ行くにも兵士や召使いと一緒。一人の時間は、トイレに入る時ぐらいだ。タオが何かしようとすると、召使いが慌てて代行しようとする。それがたとえ、近くに置いてある本を取るなど、どんなに小さな事でもだ。流石に鬱陶しくなり、召使いに文句を言った事がある。しかしそれは王の命令だからと言われ、それ以上は責める事は出来なくなる。行き過ぎた寵愛が、最大の束縛をもたらしていたのだ。

 自分は、ジャクシーにとっての大事な大事な飾り物に過ぎない。タオがそう考え始めたのは、五年ほど前からだった。もうウンザリだった。ここは確かに何でも自分の思い通りになる。自分が動くまでもなく、口にするだけで誰かがその望みを叶えてくれる。しかし、それは本当の自由でも何でもない。皆が自分に従うのは、自分が凄い人間だからではなく、たまたまジャクシーの王族として生まれ落ちたからに過ぎない。生まれつき備わった権力などではなく、自分の存在価値は自分の力で示したい。タオは心の底からそう思い始めていた。

 そんな時、ベルーゼがタオを攫いに来たのだ。初めは怖くて仕方がなかった。周りにいるのは、絵本の中でしか見た事のないような魔物ばかり。明るく煌びやかなジャクシー城とは一変して、常に薄暗く不気味なベルーゼ城。不安と恐怖で毎日泣いていたところを、世話係の骸骨の魔物が突然こんな事をタオに告げた。


『これからは、あっしの仕事を手伝ってもらうでやんす。料理や掃除、その他諸々の雑用。悪く思わないでほしいでやんす。ベルーゼ様から、あんたを召使いのようにこき使えと言われているでやんすから』


 一瞬戸惑ったが、部屋に閉じこめられたままよりはマシか……そう思って、その骸骨の魔物スケルトンの手伝いをする日々が始まった。初めは慣れない仕事に失敗ばかりで、迷惑をかけっぱなしだった。いかに自分が他人に頼りきりの人生を歩んでいたかを痛感させられる日々。しかし、スケルトンは根気強くタオに教え、次第にタオは立派にスケルトンのアシスタントを務めるまでに成長した。

 そしてタオは、初めて実感する自分の気持ちに気付き始める。これが、生き甲斐というものなのかと。自分は確かに今、ここにいる皆の役に立っている。自分の頑張りによって、皆が自分を褒めてくれる。これこそが、タオがずっと求めていたものだった。

 そして今、タオには別の役目が与えられている。戦闘員、それもエリアのトップクラスであるタオに求められているのは、ずばり勝利という結果だ。勝ちたい……貢献したい……でもどうすればいいか分からない。考えれば考えるほどドツボに嵌まっていく。一人で悩んでいても解決しそうにない。やがてタオは、意を決したように立ち上がり、ヤドックに声をかけた。


「ヤドックさん、話し中にごめんなさい。ちょっと相談したい事が……」


「ん? 私にですか?」


 ヤドックはエルカをチラッと見た。


「いいわよ、行ってきな。私はもう寝るから」


「ごめんね、エルカ」


 エルカは軽く手を上げて応え、そのままベッドに仰向けになった。タオとヤドックが部屋から出て行く。他の者は二人が気になりつつも、わざわざ聞き耳を立てるような事はしなかった。

 ある程度離れた所で、タオがヤドックに自分の悩みを打ち明けた。ヤドックは終始真剣にタオの話を聞く。


「なるほど。自分には力があるはずなのに、それを出し切れない、と」


「はい。私、どうしても皆の力になりたいんです。でも、もし次の試合でもまた負けてしまったらと思うと……」


 ヤドックはニコリと笑った。


「負けたっていいじゃないですか。負けても誰も文句なんて言えませんよ」


「えっ?」


「仮にあなたの代わりに、手下達のいずれかがメンバーになったとして、あなた以上に戦えると思いますか? あなたは確実にBエリアの五本の指に入る実力者なのですぞ。その事にもっと自信と誇りを持つことです。堂々としていなされ」


「でも、エルカはきっと私に、試合での勝利という結果を求めています。そのエルカに……友達に愛想をつかれるのも、怖いんです」


「ふむ。まあ、姫様もああ見えて根は優しいお方ですから、本気でそんな風には思わないと、私は思いますがね。まあいいでしょう。どうしてもご不安でしたら、少しだけアドバイスを致しましょう」


「ほ、本当ですか?」


「まあ、所詮は付け焼き刃ですがね。一晩で戦い方を口でどうこう教えて強くなるわけはないので、大した事は言えません。百の力を百二十にするのは無理です。しかし、五十しか出せない力を本来の百の力に近づける事は、出来るかもしれませんぞ」


「お、お願いします!」


 タオは縋るようにヤドックに懇願した。そして、ヤドックはいくつかタオに指示を与えた。それを聞いたタオはキョトンとしている。


「それだけ、ですか?」


「ええ、それだけです。私が若い頃、緊張に押し潰されそうになった時に、似たような事を実行した事があります。兵士長時代にも、部下に同じようにアドバイスを出した事もありますから、成功した前例はありますよ。まあ、騙されたと思ってやってみなされ」


「……分かりました」


 いまいちピンと来ない。本当にそんな事で全力を出せるのだろうか? タオは疑問に思いながらも、今は藁にも縋るしかないと思い、明日の試合で実行する事を決意した。



 *



「……皆さん、おはようございます。これより、サウザンドトーナメント第二回戦を開始致します。第一試合は、Bエリア対Vエリアです。両チーム、ご入場下さい」


 入場門が開き、エルカ達はリングに向かって足を踏み出した。向こうから現れた、Vエリアのメンバー達。いずれも筋骨隆々のゴツい肉体。そして、立派な角と口からはみ出た巨大な牙を持った男達だ。全エリア中最もパワーに重点を置いているエリアだという事を、ベルーゼとカゲトは聞いたことがあった。正にその噂に偽りない事を、彼らの肉体が証明していた。特にボスのヴィトルは、エルカが以前戦ったオロギーよりも、更に一回りでかい。


「観戦してた時も思ったが、こうして見ると本当にでけぇなあ。こりゃ骨が折れそうだ」


「ふん、見かけ倒しじゃなきゃいいけどね。木偶の坊を殴っても面白くないし」


 余裕が見られるカゲトとエルカに対し、ベルーゼとレオンはVエリアの面々を前にして、既に圧倒されかけている。

 対戦方式を決めるため、ベルーゼとヴィトルがリングの中央に上がった。ヴィトルと向かい合うと、大柄なはずのベルーゼが小さく見える。そして、運命のコイントス。


「表」


「裏だ!」


 結果は……裏。決定権はVエリアに委ねられる。


「うっし。五戦マッチでケリをつけようぜ!」


 Hエリア戦同様、エルカを警戒されて五戦マッチを選択されてしまった。ベルーゼが舌打ちしてリングから降りた。ヴィトルもリングから降り、他のメンバーと共に円陣を組んだ。


「よおおおし! てめえら気合い入れろよ! Bエリアぶっ潰すぞ! Vエリア、ファイッ!!」


「おおーーー!!!」


 闘技場中に響き渡る、ヴィトル達の気合いの雄叫び。カゲト達は、その様子をポカンと見ていた。


「……随分暑苦しい連中だな」


「魔界にも、いろんな奴らがいるんだね。僕はああいうスポ根な奴らとは、あまり関わりたくないけど……」


「なかなか面白そうな奴らじゃない。さて、順番を決めないとね。先鋒は……」


 その時、勢いよく上がった手があった。そのあまりの意外さに、誰もが驚きを隠せない。


「私やる」


「タオ、あんた本気?」


「本気」


「……一応言っておくけど、弱い順で出てくるとは限らないわよ。逆に、まず一勝を上げるために、強い奴を出してくるかもしれないわ」


「大丈夫、私は勝つから! でももし負けたら後は宜しく! 文句は一切受け付けません!」


 それだけ言って、タオは勝手にリングを上がった。その異常事態に、他の四人は唖然となった。いつものタオと明らかにキャラが違う。まさかと思い、カゲトは持参した酒瓶を覗き込んだ。中身が、不自然に減っている……。


(おいおい……何考えてんだ、あの嬢ちゃんは)


 もちろん、タオの独断ではない。ヤドックのアドバイスに忠実に従ったまでだ。


 一:泥酔しない程度に酒を飲め。適度な酔いは、気を強くする。


 二:開き直れ。負けても知ったことじゃない。そう思い込み、口に出せ。


 三:先陣を切れ。敵について、余計な前情報は入れるな。


(今度こそ……勝つ!)


 時々思い出したように顔を出す恐怖心。タオはそれを殴り倒し、リング上でVエリアの先鋒・コクサスと対峙した。

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