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第33話 一・五回戦決着

 観客達が息を飲んだ。一回戦で圧倒的な強さで五人抜きしたエルカと、前回優勝エリアの大将との戦いだ。これは凄い試合になる……誰もがそう思っている。

 エルカは、ホルターがただ者ではない事は遠目で見ても分かる事だったが、こうして向かい合うとより一層実感する。ウォーミングアップにすらならなかったCエリアと違って、今度は楽しませてくれそうだ。


「逃げずにリングに上がってきた事だけは褒めてあげるわ。勇気だけはあるようね」


 エルカがいつものように、挨拶代わりの挑発する。


「貴様の方こそ、よくBエリアからこんな大会に出場する気になったな。貴様なら、もっと強いエリアからスカウトされる事は容易だっただろう」


「私以外に誰か二人が勝ってくれればそれでいいのよ。後は私が三勝目を挙げてそれでお終い。正に今のこの状況の事なんだけどね」


「大した自信だ。それも間もなく粉々に打ち砕かれる事になるがな」


 そして、ジャッジの合図により、大将戦が始まった。すぐにはどちらも動かない。下手に動いても、手痛い反撃を受ける事を分かっているからだ。般若の仮面の奥から覗く、ホルターの青く光る目。エルカはそこから決して視線を外さない。

 ホルターが動いた。素早く繰り出される拳の突きを、エルカが手で弾く。間髪入れずエルカの反撃の拳打。今度はホルターがこれを弾く。お互いの両腕だけで繰り広げられる攻防は続く。観客達には何が起こっているのか全く見えていない。

 エルカが一歩前に踏み込んだ。ホルターの反応が遅れ、顔面に頭突きをくらい、般若の仮面にヒビが入る。ホルターが怯んだ隙に、エルカはその胸部にミドルキックを叩き込んだ。しかし吹っ飛んでいくそれは、ホルターではなかった。


(丸太……? 身代わりだわ!)


 背中に小さな衝撃と鋭い痛みが走る。振り返ると、背後からホルターが手裏剣を投げつけていた。背中に刺さった手裏剣を抜く暇も無く、ホルターは立て続けに攻撃してくる。エルカは一旦その場からリングの端まで退避し、素早く手裏剣を抜いて捨てた。


「変わった術を使うのね。でも、もう同じ手は食わないわよ」


「ご心配無用。技の引き出しの多さには自信があるんでね」


 ホルターが二人に分裂した。エルカは一瞬幻術を疑ったが、それは違うという事はすぐに分かる。二人のホルターが同時にエルカに向かってきた。左右に分かれ、挟み撃ちを仕掛ける。それだけで、エルカは見切った。


(片方、動きが僅かに鈍い。恐らく、あっちがコピー……偽者)


 エルカはそれを分かっていて、敢えてコピーの方に走りだした。倒しやすい方から倒す。一対二の状況を長引かせるわけにはいかない。それがエルカの結論だ。

 拳の十連打からの、蹴り上げ、そして肘鉄。コピーが吹っ飛び、壁にぶつかる前に霧散した。後ろから迫る本体が、短刀を両手に持ち、エルカに襲いかかる。エルカが振り返り、短刀の刃を掴んだ。その握力に任せて短刀を握り潰し、ホルターを蹴り飛ばす。ホルターは場外に落ちる寸前で止まった。

 エルカは、手の平の傷口をペロリと舐めた。ティスマンとの戦いの時同様、生半可な刃ではエルカの肉は斬れても、骨には傷一つ付ける事は叶わない。


「なるほど……でかい口を聞くだけの事はある。この程度の小細工は通用せんか」


「そうね。何か切り札を持ってるなら、早めに出すことをお勧めするわ。私はそんなに気が長い方じゃないから」


「ふっ、まあそう焦るな。じきに見せてやる。これを食らって生き延びられたらな」


 突如、無数の木の葉が現れ、ホルターの周りを回り始めた。そして、ホルターが指を鳴らすと同時に、まるで蜂の群れのように一斉にエルカに襲い掛かった。


「うわ、めんどくさ」


 エルカ舌打ちしながらが横に走り出した。木の葉は当然のようにエルカを追う。しかも、一枚一枚が知能を持っているかのように、四方八方に分かれて追い回してくる。二の腕を掠ると、その傷口がパックリと割れた。まともに食らえば、確実に全身をズタズタにされるだろう。

 エルカはホルターの方をチラリと見た。腕を組んで高みの見物だ。しかしホルターを叩こうにも、ホルターの周りは依然として木の葉に守られている。予定変更……エルカはホルターから目を離し、ひたすら木の葉から避ける事に専念した。当然、全てを避けきる事は不可能。エルカの傷は確実に増えていく。しかしホルターはある異変に気付く。


「あの女……まさか」


 木の葉がエルカに当たる頻度が、確実に減っていく。普通なら、疲労と痛みで動きが鈍り、どんどん追い詰められていくはずだ。しかし、今のエルカはその真逆だ。


「オーケー、大分見えてきたわ。そろそろいいかしらね」


「……!?」


 エルカが跳び上がり、リング端に着地した。それを追う木の葉の群れに向かってエルカは走り出し、真正面から突っ込んでいく。そして、両の拳を固く握りしめた。


「うおらああああ!!」


 エルカの拳が、数え切れない程の木の葉を次から次へと叩き割っていく。一枚たりとも見逃さない。パワー、スピード、拳の硬度、動体視力、反射神経、全てが並外れていなければ出来ない芸当だ。

 五秒後には、まるでガラスの破片のように、エルカの足元にバラバラになった木の葉が散らばっていた。流石のホルターも、これには度肝を抜かれた。


「切り札、見せる気になったかしら?」


「……貴様のような奴は初めてだ。全く恐れ入ったよ。他のエリアの連中に手の内を見せたくはないが、全力を出さなければ貴様に勝つ事は出来ないようだな。仕方あるまい」


 ホルターが再び指を鳴らすと、ホルターの周りの木の葉と、エルカの足元に散らばる木の葉が霧散した。そして、ホルターは両腕を左右に広げ、大きく息を吸い込んだ。


「我が奥義、受けてみよ!!」


 ホルターの全身からとてつもない光が溢れ出した。その光が、エルカの両の眼球を直撃し、激痛が走る。


(うぐっ! 目が……!)


 エルカは反射的に目をきつく閉じ、両手で瞼を覆った。被害はリング外にいるベルーゼ達だけでなく、観客席にまで及ぶ。誰もがエルカと同じ行動を取り、目から光を遮った。

 しかし至近距離にいるエルカに対しては、その光は手や瞼すらも貫通してくる。しかも、ただ眩しいだけではない。光による熱も、エルカの全身を包み込む。例えるなら、リング上にいきなり小さな太陽が現れたようなものだ。エルカの全身から滝のように汗が流れ出てくる。

 突如腹部に衝撃が走り吹っ飛ばされた。何も見えないが、ホルターに攻撃された事は明白だ。体勢を立て直すが、今度は横から殴られ地面に突っ伏した。その後も立て続けに為す術無くホルターの攻撃を食らい続けてしまう。

 これがただの暗闇なら、例え相手の姿が見えなくとも、エルカは気配や空気の流れで相手の動きを掴む事は出来るだろう。しかし、この光と熱が、エルカから集中力というものを完全に奪っていた。しかも目を覆っているせいで、両手が塞がっているのだ。圧倒的にエルカに不利な状況。

 だが、ホルターものんびりとはしていられない。これほどのエネルギーを出し続けるのは、ホルターにとっても相当な消耗になる。ある程度ダメージは与えた。そろそろケリをつける事に決めた。


(これで確実に仕留めてやる!)


 ホルターは、隠し持っていたもう一本の短刀を構え、エルカの心臓目掛けて一直線に突き出した。その時、エルカが突如ホルターの視界から消えた。


(何!? 消え……いや、違う!)


 エルカが立っていた地点の真下に、人一人が入れそうな穴がリングに空いていた。ホルターの光と熱から逃れるため、リング下に潜り込んだのだ。リングの高さは約一メートル。それより下に行かなければ、場外扱いにはならない。今もなお、ガリガリとリング下を掘り進む音が聞こえてくる。


「モグラの真似事か。小賢しい奴め……!」


 ホルターが穴を覗き込んだ。しかし穴の先は途中で右にカーブしていて、エルカの姿が見えない。徐々に、光が弱まっていく。魔力が切れかけているのだ。ホルターは焦った。一刻も早く仕留めるため、ホルターも穴に入り込み、這って進んでいく。


(掘りながら進んでいる分、奴の方が遅いはずだ。捕まえて、この場で蒸し焼きにしてくれる!)


 しかし、すぐに予想外の事態が起こる。右にカーブしていった先は、今度はY字路になって左右に分かれていた。一体どっちに……などと考えている余裕は無い。右側に目を向けて凝らすと、奥の方で行き止まりになっている。対して左の奥の方から音が聞こえてくる。ホルターは左に向かって突き進んだ。道は延々と続いており、一向にエルカの背中は見えない。


(こ、このリングは石だぞ……何故これほどまでのスピードで掘り進む事が出来るんだ?)


 道は右カーブを描いていく。そして、またしてもY字路に辿り着いた。今度は左か右どっちに……。


(いや、待て! これは、さっきと同じ分かれ道だ!)


 円を描くようにぐるりと一周回って、さっきは行き止まりになっていた右の道と繋がり、ここまで戻ってきていたのだ。そんな事をしている内に、ホルターの光が更に弱まっていく。この程度では、もはや目眩ましにすらならない。


「くっ、しまった…………うっ!? うおおお!?」


 上から突き破ってきた手に、ホルターはいきなり首を掴まれ、リング上に引きずり上げられた。そこに待っていたのは、もちろんエルカだった。リング下でまんまとホルターを巻き、一足先にリング上に戻る。そして魔力が切れかけたところを見計らって、捕獲する。完全にエルカの狙い通りだった。

 エルカはニヤリと笑い、握りしめた拳が般若の仮面に真っ直ぐに叩き込まれると、ホルターの体はリング端まで吹っ飛んだ。ギリギリ場外は免れたが、どちらにしてももう戦う力は残っていない。般若の仮面も、粉々に打ち砕かれていた。そして、その後の波乱は起きないまま、ホルターが倒れた状態で十秒が経過した。


「勝者、Bエリア・エルカ。Bエリア二回戦進出決定です」


 Bエリア応援席から大歓声が巻き起こる。他のメンバー四人も、一時はどうなるかと思ったが、ホッと胸を撫で下ろした。エルカは倒れたままのホルターに歩み寄り、そのさらけ出された素顔を見下ろした。


「あら、これは意外だわ」


「……何だ、何か文句でもあるのか……」


「あるわけないじゃん。私だって同じ女だし」


「ふっ、それもそうだな……。完敗だよ。これでは、偉大なるホーネッツの墓前に顔向け出来んな。私の奥義は、リング上なら回避不可能と思っていたが、まさかあんなやり方で攻略されるとはな」


 ホルターが自嘲気味に笑った。悔しいはずなのに、その表情はどこかスッキリしていた。全力を出した結果、本物の強者に完膚なきまでにやられたのだ。悔いなどない。


「その驕りが焦りを生み、その焦りが敗北を生んだのよ。冷静さを失わなければ、もう少し粘れたでしょうね。まあでも、楽しかったわ。いずれまた勝負しましょ」


 エルカが手を差し出した。


「ふふ……後悔しても知らんぞ」


 ホルターがその手を握り、ゆっくりと立ち上がった。この瞬間、ホルターはめでたくエルカの玩具コレクションの一員となった。しかしそんな事は、本人は当然知る由もなかったのである。




 ○ レオン ─ カイ ●

 ● ベルーゼ ─ ヘイケ ○

 ● タオ ─ ヒムエ ○

 ○ カゲト ─ ゲンジ ●

 ○ エルカ ─ ホルター ●


 三勝二敗

 Bエリア二回戦進出

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