第32話 カゲトの剣術
副将戦開始の合図と共に、ゲンジが鞘を放り捨てて構える。カゲトも刀を抜いた。お互いに中段の構えでジリジリと間合いを詰めていく。そして、二人同時に踏み込んで袈裟斬りを仕掛けた。二つの刃が交差し、激しく火花を散らす。
腕力は互角だ。お互い一歩も引かない。つばぜり合いが続く。ゲンジが一瞬身を引き、カゲトが前のめりにバランスを崩されるが、すぐに対処する。その勢いのまま回転しつつ、左から右への横払い斬り。これもゲンジは刃を縦にして受け止めた。
「なかなかやるな。使い手のお主もだが、何よりその刀。肉斬骨断と二度もぶつかって折れないとは」
(しかし、そう何度も受けられねえな。斬られたわけじゃねえが、俺には分かる。とんでもねえ斬れ味だぜ、こいつぁよ……)
肉を斬らせて骨を断つ、という言葉がある。しかし、肉斬骨断の由来はそこにはない。肉斬骨断は、敵の肉も骨もまとめて同時に斬り裂くのだ。例えそれが、ダイヤモンドのように硬い肉体を持つ魔物であってもだ。
ゲンジがカゲトの刀を捌き、真上から振り下ろした。カゲトはバックステップでそれを躱し、その直後に再び前進してゲンジに斬りかかった。しかしゲンジがそれに素早く反応して、刀で刀を弾く。
(うっ! 今の音、まさか……)
カゲトは反撃をくらう前に、後方に高く跳んで距離を取り、着地してすぐに自分の刀を見た。刃の衝突音に違和感……そして嫌な予感が過ぎった。その予感は的中していた。刀に、僅かながらにヒビが入ってしまっていたのだ。
「うへぇ、参ったねこりゃ。圧勝してタオちゃんを安心させるどころか、これじゃあますます不安がらせちまうじゃねえかよ」
「恥じることはない。魔界最強の剣豪である拙者が、魔界最強の刀を手にしているのだ。お主が勝てる道理など、はなっから無い」
もはや勝負あった。そう確信したゲンジが、より一層激しい攻めを繰り出す。その全てを避けきる事は不可能。無理に避ければ隙が出来る。ゲンジの攻撃を受ける度に、カゲトの刀が悲鳴を上げる。そして目に見えてヒビが広がっていく。
(くっ……もう限界だぜ。許せ、名も無き俺の愛刀よ……!)
遂に、カゲトの刀はバキンと音を立て、その刀身が回転しながら宙を舞い、最後にはリングに突き刺さった。カゲトの手には、柄と僅かな刃だけが空しく残っている。
「終わったな。だが、降参は無意味だ。お主は魂を賭けたのだからな。最後まで足掻くか、潔くこの刃の一撃を受けるか。好きな方を選ぶがいい」
「……選ばせてくれるのか? 優しいねえ。そんじゃここは一つ…………足掻かせてもらうとするか!」
カゲトは刀身の半分以上を失った刀を手に、ゲンジに向かって突進した。誰がどう見ても、破れかぶれの暴走。仮面越しにも分かる、ゲンジの失望の色。
「醜く足掻くか。ガッカリしたぞ。華々しい最期を遂げてこそ、武士という物だろう。どうやら拙者の見込み違いだったようだな」
ゲンジが刀を上段に構えた。
「せめて、ひと思いに真っ二つにしてやろう」
「おおおお!」
カゲトが走りながら、ゲンジの顔目掛けて柄を投げつけた。不意を突いたようだが、ゲンジは読んでいた。首を傾け、あっさりとそれを躱す。そして今度はゲンジによって、カゲトに刀が振り下ろされる。万事休す……ベルーゼもタオもレオンもそう思った。しかし、そこにはエルカだけが予想した光景が広がっていた。
「……な、何ぃ!?」
「へへ……どんなに斬れ味のいい刀でもよ、挟まれちまっちゃあ、斬りようがねえよな」
白羽取り。カゲトは完璧なタイミングで、ゲンジの振り下ろしを両手の平で止めた。ゲンジが冷静さを取り戻す隙を与えず、カゲトは刀を持つゲンジの手を蹴り上げた。その勢いで、刀が高く打ち上がっていく。そしてカゲトがそれを追うように、地を蹴り跳び上がった。
「くっ! 拙者の刀を奪う気か! そうはさせんぞ!」
ゲンジも跳んだ。その上昇速度は凄まじく、ぐんぐんとカゲトとの距離を縮めていく。そしてカゲトを下に投げ落とすべく、その足首に手を伸ばす。その時、カゲトが振り向き、下から迫るゲンジを見下ろした。その顔は笑っている。そしてその手には、鞘が握られていた。
「あばよ」
「っ!!」
カゲトがゲンジの脳天目掛けて、鞘による渾身の一撃を叩き込む。ゲンジがリングに墜落し、闘技場中にその激突音が鳴り響いた。カゲトがゲンジの横に着地し、その後に落ちてきた刀をキャッチした。
「ぐ……うぅ……ば、馬鹿な」
「駄目でしょ、開始早々に鞘を捨てちゃ。刀を振り回すだけが剣術じゃねえんだぜ?」
思い切り殴りつけたせいか、鞘は完全に折れ曲がっていた。カゲトは、力尽きた戦友に笑顔を送った。
「今までありがとよ。最期の最期まで助けられちまったな」
そして、その手には新たな戦友となる刀、肉斬骨断。先程ゲンジが放り捨てた鞘を拾い上げ、それを収めた。
「約束だからな。悪く思うなよ」
「ふっ……思わんさ。だが、それを手にして他の剣士に負けることは許さんぞ」
「そん時は、潔くそいつに譲るさ」
「…………十秒。勝者、Bエリア・カゲト」
副将戦はカゲトが制し、これで二勝二敗。チームの勝敗の行方は、大将戦までもつれ込まれた。もっとも、カゲトにとっては白星以上に価値のある物を手に入れたようだ。仲間の元へ戻ったカゲトが、エルカの肩に手を置いた。
「んじゃ、後は任せたぜ大将」
「ええ。もうBエリアの勝利は確定したから、後は寝ててもいいわよ」
「はは、頼もしいね。だが、油断するなよ。相手の大将もなかなか強そうだぜ」
カゲトが、前回優勝エリアの最後の一人を、親指で指差して言った。
「分かってるわ」
それでも負けるつもりは全くない。しかしそれは、向こうの大将、ホルターも同じ事だ。エルカvsホルター…………二回戦進出エリアを決める、今日最後の試合が今、幕を開ける。




