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師匠と弟子の旅路録  作者: 蒼理アオ
弐.警護騎士《キャヴァリエル》
25/101

拾壱

 数メートル先から、声が聞こえた。リオトが意識を集中させると、球体が少し大きくなり、放つ光が届く距離が広まった。それにより、その声の主の姿があらわになる。

 薄汚れた軽装に、髪は濃色の金髪や茶髪など様々な、しかし似たり寄ったりな顔と服装をした男たちがざっと二十足らずほど、二人の行く先を阻むように横に広がって立っていた。

見たところ、賞金首というよりは盗賊か何かに思える。噂はガセだったようだ。


「お前らが誰かは知らん。そこをどけ」

「まあそうつれねえこと言うなよ」


 一番先頭にいた大男が一歩前に出る。いかにも自分がリーダーだと言わんばかりのわかりやすい風貌だ。それにしても、ただの盗賊が賞金首がつけたリオトの通り名を知っているのはいささか妙である。

 ただの盗賊ではないかもしれない。


「一緒に来てもらうぜ?」


 なぜ追い剥ぎではないではないのか、なぜ金や食料を渡せと言わないのか、なぜただの子供を狙うのか。有無も数も不確定な物品よりも奴隷商人から得られる確定的な大金を選ぶという狡猾な盗賊なのか。

 ますます疑問が深まり、リオトの顔が険しくなる。


「お前らに従う理由はない」


 威勢がいいと大男は鼻で笑う。


「結構だ。力づくで連れていくだけだからなあ!」


 両刃のソードを構えた男二人がリオトに切りかかる。リオトは飛び退って躱すと、すぐに黒魂魄くろみたまを出す。


封欺解呪エル・リリズ!」


 少人数なら体術と詠術、ナイフで十分だが、こうもうじゃうじゃといる中では少々無理がある。

 黒魂魄くろみたまを構え、再度ソードを振り下ろしてくる二人に応戦する。そのななめ背後を狙う別の男を槐が捉え、リオトが刀を振りかざす前にその首根っこを鷲掴んで引き寄せながら、腰のポーチから神召符しんしょうふを取り出し放つ。


焔武帝えんぶてい推参すいさん!!」

「ぐあっ!?」

「うわあっ!」

「がああっ!!」


 長方形のその紙はわずかに赤い光を帯びると、その中心から燃え盛る炎が沸き立ち、切りかかってきた男二人と背後をとろうとした男を吹き飛ばす。


「無事か」


 首根っこを放したえんじゅの手には、次に備えて早くも青色の神召符しんしょうふが一枚握られている。


「ありがとう。それおもしろい武器だよな。あとでよく見せてくれ」

「こいつらを片付けたらな」


 構える二人に、次々と武器が振り下ろされる。

 熊のような大男が持つ大ぶりの曲斧アクスがブオンと空を切った。リオトは下がりながら右腕を大きく振って詠術を発動させる。

 狙いは曲斧アクスの真下。その地表面と術者であるリオトの足元に水色の詠唱陣が浮かび上がった。大掛かりな術ではないそれが発動するまで十も数えない。

 輝く詠唱陣から湧き出たのは大量の水だった。それは勢いよく曲斧アクスを上へと押し上げる。おそらく自身の得物が影となり詠唱陣が見えていなかったのだろう。噴水のように吹き上げたそれに対処できず、重心を崩された男は派手な音を立てて横転。頭でも打ったのかピクリとも動かない。

 続いて脇にいたダガーを持った男に先制攻撃を仕掛ける。黒魂魄くろみたまでダガーを弾き飛ばし、がら空きの胴に峰を叩き込む。

 これぐらいならまだ余裕だ。リオトはえんじゅを一瞥する。

 えんじゅは右手に鍔のついた刀を逆手さかてに構えていた。やけにトゲがついたギザギザのメリケンサックが迫る。逆手さかての刀で防いで弾くがそれだけでは終わらない。今度は怒涛の乱れ突きが繰り出される。

 そのすべてを冷静に見切ってかわし、飛び退って間合いを開けると、すぐさま先ほどと同じ、しかし色の異なる紙がメリケンサックの男に向かって投げられる。


雷武帝らいぶてい推参すいさん!」


 眼前に投げられた黄色の紙は、轟音を伴ういかづちを発生させ男を襲う。雷光は一瞬にして男の全身を駆け抜け、感覚と意識を奪った。

 倒れ込んだ男の体は釣りたての魚のようにピクピクと痙攣している。


「うおおおぉっ!!」


 背後から雄たけびをあげて迫りくる男が振りかざしているのは普通の剣や刀と比べると剣自体が緩やかに湾曲した武器、シミターだった。

 逆手さかての刀を手の中で器用にくるりと回して順手に持ち替え、迷いなく振り下ろされるシミターを受け止めた。弾き返すが、男はまたすぐに刃をえんじゅめがけて振り下ろした。

 しかしたやすく防いでみせると、刀をひっかけて弾き飛ばす。奥歯が痒くなるような嫌な音を伴ったがシミターは簡単に男の手の中からすり抜け、宙を舞う。間髪入れず隙だらけの男の鳩尾に掌底をはめて沈めた。

 なかなかの武術の腕前に、リオトは無意識に口角を上げる。強い者を見ると楽しくなって血が騒ぐ。より強さの高みを目指す戦闘狂人間独自の反応だ。


「オレもうかうかしてられないな!」


 目線を前へ戻し、リオトの出方を探る男たちへ飛びかかり、刀を振り上げる。まずは比較的一番前にいたソードを持った男から黒狗は牙をむく。

 迷いなく振り下ろされた刀が呆気なく防がれても、隙を探りながらリオトは攻めていく。

 剣術の腕がまだ少し未熟なのは承知している。女性にしては身長は高い方で鍛えているとはいえ体つきもやや華奢。そんなリオトの一閃は確かに軽いかもしれない。しかし、一撃一閃に全体重を乗せて連続で繰り出せば話は変わる。

 敵を捉えた黒狗の目は鋭く光っていた。


「ひっ!?」


 浴びせかけた連撃がソードと男の戦意を折った。

 男が驚き目を剥く。

 武器が無ければ戦闘は終了。未だ折れた剣を両手で握って硬直している男を蹴り倒してご退場願う。

 リオトとしてはあのまま斬り伏せてもよかったが、主人兼師匠カイナから無用な殺生は絶対にするなとキツく言われているし、殺しに悦を感じるような特殊な性癖はない。

 次の獲物を探すリオトの髪が、服の裾が、マフラーが揺れた。それはリオトの動きによるものではない。風が螺旋状に白い筋を描いてリオトの周囲へ集まっている。


───詠術か…!


 後ろへ大きく飛び退った直後、筋は鋭い音を立てて空を連続で切り裂く。避けていなければ、今頃リオトがみじん切りの肉片と化していただろう。地味に恐ろしくてリオトの頬に冷や汗が流れる。

 術者は少し離れた場所にいた。仕掛けた術を躱されたこと、姿を捉えられてしまったことに顔を顰めると、目を閉じて次の詠唱を始める。

 しかしそれをみすみす逃したりはしない。敵の術者ははじめに潰しておくのが戦闘においての鉄則である。ナイフを飛ばせば、狙い通り術者は詠唱を一時中断し、飛び退って避ける。邪魔が入らないうちに術者を仕留め、背後から迫るソードを持った男を捉えた。

 まっすぐ降ってくる刃を受け流し、刀で下へ押さえつけると、左手の裏拳で男の頬を殴りつける。


きよき乙女の加護を我に―――!」


 黒魂魄くろみたまの刃が淡い水色の光を帯びる。

 押さえつけていたソードを弾き、よろけた男に向かって刀を横に一閃。水の詠力えいりょくを纏った衝撃波が男を吹き飛ばした。


―――ただはべらせてただけじゃねえらしいな…。


 戦闘の合間に、えんじゅもまたリオトの様子を度々見ていた。特に苦戦する様子もなく次々と敵に咬みついていく割にはむやみに命を奪うわけでもない。訓練だけでなく、しつけもちゃんと行き届いているようだ。

 ただ、少し楽しそうにしている様子が見受けられる。若干の戦闘バカっ気があるらしい。


「随分と暴れん坊な飼犬いぬっころだな、…っと!」


 腹部を狙ったソードの突きを刀で払いのけて顔面を蹴り飛ばし、続いて拳を振り上げて向かってきた男に白い紙のふだを飛ばし、叫ぶ。


ばく!」


 男の眼前まで迫ったふだは、えんじゅの声を合図に炎と煙をたててぜた。男は吹き飛ばされ気絶。


「闇よりいづる呪縛の鉄鎖、彼の者を繋縛けいばくせよ…!」


 二、三メートルほど離れた岩陰で詠唱している男がいた。中断させねばとえんじゅは踏み出すが、それを阻止せんと武器を持った別の男たちが妨害する。

 一人、二人、三人と沈め、距離が縮まったところで急いで術者へ攻撃を仕掛けようとするが、間に合わない。


「―――グレイプフェルス!!!」


 えんじゅの足元に闇属性を意味する紫色の詠唱陣えいしょうじんが浮かび上がる。

 しまったとえんじゅが顔を歪めた直後、淡い紫色の光を放つそれから五つの鎖が伸び、えんじゅの腕や足、胴体に絡みつき、自由を奪う。


えんじゅ!」

「くそっ!」


 肩ごしにリオトが叫ぶ。えんじゅは何とか抜け出そうともがくが、詠術は丈夫であるためそううまくはいかない。手の自由も聞かないためふだも出せない。

 身動きの取れないえんじゅにとどめを刺そうとソードを握る男がすでに勝ち誇った笑みを浮かべてにじり寄る。一撃で仕留めるなら狙う箇所はただ一つ。心臓だ。

 切っ先がえんじゅの胸の中心、その少し左寄りに構えられる。なおもえんじゅはもがき続けるが、空しくも悪あがきにすらならない。

 そして、切っ先が突き出される。

 痛みを覚悟し、えんじゅが強く目を閉じようとしたその時、目の前が黒に染まり、同時に肉が避ける生々しい音が聞こえた。


「お、まえ…!?」


 割って入ってえんじゅを庇ったのはほかならぬリオトだった。彼女よりも背の高いえんじゅの目線はソードがリオトの左肩に深く刺さり、切っ先が貫通しているのを捉えた。傷口から鮮血が溢れるが、リオトの黒い外衣では滴る鮮血を視認しにくい。


「地龍の逆鱗に触れし罪業ざいごう、その身であがなうがいい!」


 リオトの足元に浮かび上がる土色の詠唱陣えいしょうじん、地属性の詠術だ。

 リオトが何をしようとしているのか察しがついたらしいナイフを持った男が詠唱を中断させようと飛びかかる。


「バカ! なにしてんだ! 逃げろ!」


 背後でえんじゅが叫ぶ。しかしリオトは躱そうとしない。

 直後、リオトの右側の太ももにナイフが深く突き刺さる。なおもリオトは動じなかった。


「―――ファルセイル!!」


 離れた術者の足元に広がる土色の詠唱陣えいしょうじん。術者を囲うようにして時計回りに足場の岩が隆起し、最後に術者の足元が大きく隆起する。大きく高く突き上げられた術者は固い岩肌に体を強く打ち付けて意識を失った。

 術者が倒れたことにより、えんじゅの体に絡みついていた鎖が消え失せる。

 何よりも先にリオトの体にソードとナイフを刺している男二人を沈め、肩に触れようとするが、


「お、おい!」


 それよりも早く彼女の体が下へ崩れ落ちる。

 刺されてもなお力を入れていたせいで、かなりの血が流れ、ついた膝元や足元に血だまりを作っている。


「はっ…、ぁ…!」


 傷口を拡大させないためにソードとナイフを抜けば、わずかに血がしぶく。応急処置に自分で治癒術を施すが、傷口が軽くふさがった程度なので、派手に動けばまた開くだろう。


「無事か…」


 ちらりと視線をよこされ、えんじゅが頷くと、リオトは苦しげな顔で微笑んだ。


「やつらの狙いはオレの生け捕りだ…。オレが行くから、お前はさっきの紙でバックアップを頼む…」

「何言ってんだバカ!」


 つまりは、自ら囮になるというのだ。立ち上がろうとするリオトの腕を掴んで止める。

 相手は残り十足らず。えんじゅはまだ動けるがリオトは手負いで、出血のせいか隣で青い顔をして苦しげな吐息をもらす。狙いがリオトならば確かに命は狙われず、相手は多少戦いにくくなるだろうが、今うかつに離れると連れ去られてしまうかもしれない。



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