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第十話

「部活、か」

 将棋関係の物が来たことを話すと、月島は浮かない顔をした。冬野たちのことを思い出したのだろう。

「そうだな。何もやらないでいるよりかはましかもな」

 そう言い、鹿島に「行ってみる?」と聞く。鹿島の「うん、行こう」と言う返事は、まるで多くの命に関係する決断をしているかのように、強い決意を感じさせた。

「それじゃあ放課後に」

「おう」

 席に戻る。聞こえていただろうけど「月島たちオッケーだって」と楓に伝える。読書をしていた楓はそのまま小さく頷いた。

 将棋盤は色々あった。シートみたいなやつや折りたたみ式の木の物、それから漫画に出てくるような大きな物まであった。

「でかいな、これ。どうする?」

 大きければ当然重い。持ち運びのことを考えればソフトゴム製の物をもらっていくのがよさそうではあるのだが。

「部屋に飾ったら楽しそう」

「だよな。柿田もそう思うか」

 月島が親指を立てる。僕も「うん」と言いつつ親指を立てる。問題は。僕たちは一緒に住んでいる相方の方を見た。

「そんなの置くの?」

 鹿島は嫌そうな顔を見せる。楓はやはりというか無表情。こちらの方が優勢か。

「置いても私たち使わないでしょ」

「そうですね」

 諦めた。たぶんこれは貴重品だ。他の持ち運びしやすい盤はたくさんあるのに、この大きな物は一つしか見つからなかったと言われた。宝の持ち腐れである。

「でもまあ、これで指したらそれっぽいかもね」

 鹿島がそう言ったので、決まりだった。次に本をどうするか。楓が既に二つの塔を作っていた。見ると片方は初心者向けの塔のようだ。タイトルに入門だとかこどもだとかいう言葉が入っている物だけを集めている。もう片方は楓が気になった本の塔なのだろう。タイトルは石田流やら矢倉戦法やらとばらばらで、詰将棋と書かれている物などもあり、著者にも傾向は見られなかった。楓が何冊も持っていこうとしているから僕は選ぶ必要無いだろうと思いつつ、本の山を眺めていた。

「これわかる?」

 楓が他の本より随分大きい本を月島と鹿島に見せる。僕も中身を見るが、7六歩といった記号めいたものがびっしりと書かれていた。図はあるが、普通の文章は少ない。

「これたぶん、記録なんじゃないかな」

 月島がそう言って、ソフトゴム製の将棋盤を引き寄せる。

「これ見て。上と横に数字が書いてあるでしょ。つまり最初の二文字は座標で、三文字目は動かした駒ってこと。つまり7六歩だとここに歩を動かしたってことになるね」

「こんなのが何百ページもあるなんて目が回りそうだ」

 読もうという気が起こりそうにない。しかし楓は面白いと感じたようだ。月島と鹿島に「それじゃあこれもらってくから」と告げた。

 楓はその大きい本を含めて十五冊程を持っていこうとしていた。僕が持とうと思ったのだが、月島から将棋盤を運ぶのを手伝ってくれと言われてしまう。男が二人しかいないから協力しなければならなかった。冬野たちはどうしているのだろう。まだ生きているだろうか。

 部屋に帰って早速初心者向けの本を読む。僕たちよりもずっと下の年齢向けに書かれているみたいだ。子ども向けの文章だが内容は僕の知らないことばかりだ。駒にはそれぞれ有効な使い方があるとか、王様を囲うだとか。知識に触れている間は感情が離れる。ふと自分が没頭していたことに気が付く。夢中になっていたんだな、と冷静になった途端に集中できなくなる。

 大切な仲間がいなくなったのに、将棋に夢中になっていていいのか?もっと他にやるべきことがある気がする。大して悲しまずにいるなんて、人らしいと言えるのだろうか。

 こういう時普通の人はどうなるのだろう。一日中泣き続けることができればいいのに。泣こうとしても涙は出てこない。何度も目頭を押しているうちに、馬鹿なことをしていると気付く。泣こうとして泣くのは、違う。それでは仲間を失って悲しむ綺麗な人間を演じようとしているに過ぎない。きっと僕にとって冬野たちは泣く程大切な人間ではなかったのだ。傷は深いが致命傷ではない。楓を見ると、彼女は将棋の本を読んでいた。萩原も同様だ。二人共本を読める状態。それを見て僕は思ってしまった。楓は僕がいなくなってしまったら、その時彼女はどう振る舞うのだろう、と。

「そろそろご飯にしよう」

 外が暗くなってきたのを見て楓はそう言った。僕たちは食堂へ行く。萩原の食欲は元に戻ったようだった。

 嫌だ。僕がいなくなった時に、彼女が平然と読書をしているのは嫌だ。冷静でいられなくなってほしい。泣いてほしい。彼女の心が傷付くくらい重要な存在でいたい。

「大丈夫?」

 楓が聞いてくる。胃の中は既に液体の金属で満たされているようなものだった。何も入りそうにない。

「なんか食欲無くて」

 嘔吐には至らない。楽になれない。しかしながら、せめて入るだけ入れないと肉体が駄目になってしまう、と理性が機械的に食べ物を口に運ぶ。少しずつ、少しずつ。楓の箸が一度に掴む量よりも少ない。それでも喉を通る頃には鉛玉程の重さがあるように感じた。

「大丈夫?」

 再度聞かれる。

「顔色酷いよ」

 そう指摘されて、ようやく箸の動きを止められた。

 手紙が届いていた。誰へ宛てた物なのか書かれていない。首を捻りながら楓が封を切った。読むと、すぐに僕に渡してきた。住む者がいなくなった部屋にある物品を回収する予定であるということと、その前に数日間部屋の鍵を開けておくので欲しい物があれば持っていって構わないということが書かれてあった。

「なんて?」

 萩原がそう聞いてくる。見せていいものなのかどうか。迷ったが、手紙を渡す。開放される部屋に霜山と萩原の部屋は含まれていなかった。一人でも残っていれば、ということらしい。

「これ、行くの?」

 読んだ萩原が僕たちに尋ねる。楓は「行こうと思う」と答えた。

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