13. 波乱だらけのコンテスト②
【アベニウス暦六三九年、緑の月、十日】
ついに、コンテストの日がやってきた。
ユーリと魔法珠開発を始めてから本当に色々なことがあった。
学校の勉強と両立させながら続いた連日の作業。それに加えジークというヨカの友人に絡まれたり、ユーリの崇拝者だというエミリアに絡まれたりと、人間関係の面倒ごとにまで巻き込まれ、レイはすっかり疲弊し切っていた。
だがそれも今日で終わり。そう思えば何とかあと一日くらいは耐えられそうだと、レイは冷たい水でしっかりと顔を洗い、身支度を済ませながら考える。
「おはよう、レイ。準備はいい?」
「ユーリ!おはようございます。準備は完璧ですよ!でも、どうして服装の指定まで?今日ってローブじゃなきゃ駄目でしたっけ?」
レイは昨夜ユーリから「必ずローブを準備しておいて」と念押しされていた。ユーリはにっこりと微笑む。
「いや、特にそういう規定はないよ。でも、せっかくだから、ね。」
「はあ…」
何か裏があるような気がしてならなかったが、もうあまり時間がない。一応ユーリと再度忘れ物がないか確認し直してから、二人は珍しく揃って学校に向かった。
そして午前九時、いよいよコンテストの予選が始まった。
今回のコンテストには養成科の生徒全員が出場できるわけではない。予選のための審査が先に行われ、決められた核に指示通りの効果を付与することができた生徒十組だけが予選に参加。そしてその予選を勝ち抜いた五組のみが本選へと進める、という流れになっている。
時間になると、レイは予選用の魔法珠を魔力断絶効果のある皮袋に入れ、控室代わりのテントの中に入った。ちなみにテントの入り口は大きく開いているため、中の様子はある程度外からも把握できる。
その場所で簡単に準備を整えたユーリは、レイの隣に座ると杖に付いた魔法珠を丁寧に磨き始めた。それを見ていたレイは、ふと気になっていたことを彼に尋ねた。
「ユーリ、予選って私、特にすることないですよね?」
ユーリは手を止め、チラリと横目でレイを見る。
「何言ってるの。俺が指示を出したら、君がその袋の中から必要な魔法珠を選んで俺に渡すんだよ。」
「え、何それ!?そんなの聞いてないし、練習だって一切してないじゃないですか!?」
レイが気色ばんで詰め寄ると、ユーリはうっすらと微笑みながらレイの頬を引っ張った。しかも何度も引っ張っては戻してを繰り返す。
「九日間も一緒に過ごした仲なんだから大丈夫でしょ。ふっ、それにしてもよく伸びるね。」
「んー!もう!だから伸ばさないでくださいってば!」
すると遠くから「いやあっ!?」「なんであんな女と!!」という悲鳴のような声が聞こえてきてレイはテントの入り口の向こうに目を凝らした。どうやら少し遠くから今の二人の姿を見て、ユーリの熱狂的なファン達が大騒ぎしているようだ。
「はあ、またかあ。ニールの時みたいになるのはごめんなんだけどなあ。」
「俺、ああいうの嫌いなんだよね。ただの学生なのに俺のファンだなんだって、意味がわからない。」
「……でしょうね。」
うっすらと笑みを浮かべたまま冷たくそう言い放つユーリに―目を戻すと、やっぱりこの人怖いわなどと考えながらレイは軽く身震いした。
予選では、本選で使用する魔法珠は使わないらしい。課題に沿って準備してきた定番の魔法珠がきちんと役割通りに使えるかを審査するという内容で、魔法珠を必要な時に必要な分準備するのが生成科の生徒の役目、それに魔力を通すのが養成科の役目、という流れのようだ。
予選が行われるのはあまり大きくはない校庭だ。その端にはいくつものテントが建てられ、そこが予選に進むことになった生徒達の個別待機場所となっている。
「ユーリ・エデン、レイ・ベルマン、準備してください!」
三十分ほどそこで待機していると、二人の名前が呼ばれた。
「じゃあ、行こうか。」
「はい!」
(ここは是非とも勝ち抜きたい!せめてあの魔法珠をみんなにお披露目したいよ…)
レイは皮袋をぎゅっと握りしめると、校庭の中央にある予選会場に足を踏み入れた。
― ― ―
「エミリアさん、ありましたわ!奥のあの箱です!」
ひそひそとした話し方だが何やら興奮が伝わってくるその声に、エミリアは込み上げてくる笑みを必死で堪えた。
「ふふっ。コホン!テレサさん、さすがね。マーサさんもソフィさんもご協力ありがとう。さあ、最後は私がやるわ。あんな変な女に、私のユーリ様を取られてなるものですか!」
うんうんと大きく頷くエミリアの取り巻き達は、彼女がそっとレイ達の控室に入っていく様子を固唾を飲んで見守っている。
そしてエミリアは椅子の上に置かれた箱の前までやってくると、ゆっくりとそれに手を伸ばした。箱の蓋に指が触れ、ついにそれが開かれる。
「あったわ!!」
「まあ!」
「やりましたわね!!」
後ろからそっと追いかけてきた取り巻き達と共に箱の中を見ると、柔らかそうな白い布の上にちょこんと、若草色の魔法珠が置かれていた。エミリアは急いで手を伸ばし、素手でそれを持ち上げる。魔力を流さないように慎重に持ち上げたのだが、その時予想外のことが起きた。
「あ、箱が…!」
どうやらその箱は絶妙なバランスで椅子の上に設置されていたらしく、魔法珠を取り除いたことでそれが崩れてしまったようだ。慌てて手を伸ばしたが届かず、箱はパタンと小さな音を立てて地面に落ちた。
そして椅子の上にあるものを見て、エミリアは絶叫する。
「い、いやあああああっ!?へ、蛇!!」
そこには小さな偽物の蛇がとぐろを巻いて鎮座していた。だが偽物とわからなかったエミリアは恐怖のあまり、つい抑えていたはずの魔力を手に持っている魔法珠に流してしまった。
「……あ」
そしてそれは、レイの渾身の罠が炸裂する決定的な瞬間だった。
― ― ―
ゴオオオオッ……バサアッ………きゃあああっ!?
「あ、引っ掛かった。」
レイは、空に吹き飛んでいくテントを見上げながらそう小さく呟いた。するとユーリは呆れ顔で首を振った。
「……はあ、本当にあんなあからさまな罠に引っ掛かる人、いるんだね。」
レイはユーリに目を向けると、じっと彼の顔を見つめながら言った。
「ユーリが女泣かせだから悪いんですよ?」
「何、俺のせいだっていうの?馬鹿馬鹿しい。顔だけで判断して勝手に暴走する方が悪いでしょ。レイ、あんなの放っておいて、そろそろ始めるよ。」
「はーい。」
レイが仕込んでいた罠は至って単純だった。本選で使う予定の魔法珠の偽物を、同じく偽物の蛇を置いた椅子の上に箱に入れて設置。箱の中の魔法珠については上空に大量の風を吹き上げるという機能を持つ、本選用魔法珠生成時の副産物に取り替えておいただけだ。
もちろんその魔法珠もただ手に持っただけでは発動しない。魔法珠を盗もうとする人物が蛇を見て焦り、つい魔力を流してしまうことも見込んでの罠だった。
レイとの仲を引き裂きたいエミリアが何か仕掛けてくるかもしれないと思い準備していたものだったが、目論見通りに引っ掛かってしまったことには若干残念な気持ちも感じる。
「はあ。それにしてもくだらないものを作っちゃったなあ。後でテントのこと、先生に謝らないと…」
以前より少しだけ大人になったレイは、この後訪れる謝罪の時間のことを考えてほんのりとした憂鬱を感じつつ、急いで予選の準備を進めていった。
― ― ―
その頃ヨカはすでに予選を終え、テントの中で結果を待っていた。隣には頭の後ろに腕を置き、椅子を二つ繋げてそこに器用に寝転んでいる腐れ縁の幼馴染、ジークがいる。
「ジーク、あんた、どうして今回こんな面倒なことをやろうと思ったの?しかも勝ち残ろうとするなんて、あんたらしくもない。」
ヨカは片付けをしながらここ数日ずっと気になっていたことを問いかけた。するとジークは薄目を開け、上を見たままそれに答えた。
「頼まれたんだよ、恩のある人にな。あの銀髪をやる気にさせて欲しいってさ。まあ、俺が焚き付ける必要もなかったみたいだけどな。」
「なるほどね……おかしいと思ったのよ。あんたがレイにまで接触するなんてどういう風の吹き回しだってね。性格まで偽って、一体何をするつもりなのかってちょっと焦ったわ。」
ジークは目を瞑り、鼻で笑った。
「ふん。性格なんて見せ方の問題でどうとでもなるだろ?それより、本選まで出れば俺の役割は終わりだ。女の方の調査もできたしこれで十分だろ。お前も、変なことに付き合わせて悪かったな。」
「別に私はいいわよ。まあ、それなりにいい経験になったし。」
ヨカは本選用の魔法珠を手に持ち、それを丁寧に箱に入れる。再び目を開いたジークはそんなヨカを一瞥すると、ボソリと呟いた。
「あのレイって子にも、さらに近付けたし?」
ジークのその一言で、箱を袋にしまおうとしたヨカの手が止まった。
「何が言いたいのかしら。」
ヨカの冷たい声に反応し、ジークは体を起こして椅子の片方に座ると、肩をすくめた。
「珍しいよなあ。お前が人として女に興味を持つなんて。美容の対象じゃなくてさ。」
「……」
「まあいいさ。別にそっちの話を邪魔するつもりはねえよ。でも、うかうかしてるとあの銀髪に持ってかれるぞ?女友達みたいな立ち位置でいいのか?」
ヨカは目を細めて見下ろすようにジークを見つめると、低い声で言った。
「余計なお世話だ。あんたみたいに人のいいふりをして女を取っ替え引っ替えするような下衆に、とやかく言われたくないんだよ。」
するとジークは面白そうに笑って言った。
「ははっ、確かに!でもまあ、幼馴染としてはお前にも幸せになって欲しいんだけどな。…それに、ヴェラのこともいい加減忘れろよ?」
「……」
無表情になったヨカはジークから顔を背けると、袋を手にしたまま静かにテントを出ていった。




