12. 波乱だらけのコンテスト①
【アベニウス暦六三九年、緑の月、四日】
魔法珠開発に追われた試験休みはあっという間に終了し、レイは再び学校の門をくぐり通常の学校生活を再開させた。
ユーリと開発中の魔法珠に関してはやっとある程度の目処がつき、これでようやく日常生活に戻れる!と浮かれていたレイだったが、どうやらその考えは間違っていたようだ。
なぜならその日教室に入った途端、レイが魔法珠コンテストに出場するという噂はすっかり教室全体に広まっており、そのことがコンテストまでの日々をさらにややこしくしていったからだ。
「レイ!魔法珠コンテストに出るって本当!?」
「あ、それ私も聞いたよ!」
「養成科の人と組むんだろ?大変だな!」
「え!?みんな、どうしてそのこと知ってるの!?」
「ふふふ!実はねえ…」
同じクラスの人達に詰め寄られたレイは、ハナが得意げに笑う顔を見ながら気配に気付いて後ろを振り返る。するとそこには、片方の眉を上げたヨカが不機嫌そうな顔で立っていた。
「ヨカ?おはよう。どうしたの?すごい顔してるけど…?」
恐る恐るレイがそう尋ねると、ヨカは腰に両手を当てたまま大きなため息を吐いてレイの後ろの席にどかっと座った。
「うわあ、何とも力強い座り方で…」
「はあああ。あのね、私、あんたの知り合いのあの男のせいで、とんでもない面倒ごとに巻き込まれたのよ!」
ヨカはどうやらかなり疲れているらしい。レイがヨシヨシと言いながら彼の頭を撫でてあげると、ヨカは真っ赤になりながらその手を掴んで机の上にそっと置いた。
「あ、置き方が優しい…」
「あんたねえ!……はあ、もう、気が抜けるわ、あんたのその何も考えていない顔を見ると。」
「えー、考えてるよ。いっぱい考えてるー。今日の夕食は何かなーとか。」
「……レイ、話を聞こう?」
ハナに嗜められ、怖い顔になったヨカの前で、レイはしゅんとしながら姿勢を正した。
「レイ、あんたあの男と組んでコンテストに出るんだってね。」
「ああ、うん。ユーリが脅してきて仕方なく。」
「え、大丈夫なのそれ!?」
「ああ、うん。まあ、納得したから大丈夫。それで?」
ヨカは腕を組んで言った。
「あの男を敵対視している養成科二年の男がいるのよ。そいつは私の腐れ縁でね。そのユーリって男を倒したいから、私にコンテストに出ろって言ってきたのよ。」
「え!そうなの!?じゃあヨカも出場するんだ!」
レイが嬉しそうにそう言うと、ヨカはレイの片方の頬をぐいっと引っ張って伸ばした。
「にょー!?」
「呑気な顔しちゃって!そうよ、私も出るの!はあ、そのせいでこの三日間も全部潰れて、あの栗頭男にやいのやいの言われて、もう最悪よ!」
レイは自分の頬からヨカの手を引き剥がすと、その手を軽く叩いてから言った。
「もう!頬を引っ張らないで!あ、でもそうするとヨカは私のライバルになるってことだよね?ふふふ、負けないわよ?」
ヨカはそこでようやく笑みを見せると、ゆっくりとその豊かな髪をかき上げた。美しい顔立ちがはっきりと見え、レイとハナはつい見惚れてしまう。
「へえ、お手並み拝見ね。私もやるからには全力を尽くすわよ?そうだわ!私が勝ったら、あんたにミラベル菓子店のケーキ、奢ってもらおうかしら?」
「えー?じゃあ私が勝ったらヨカに服を選んで欲しいな!」
「あら、いいわよ。」
そうして二人は一つの机越しに互いの顔を見合わせると、握手を交わして頷いた。
「あらら。じゃあ私は二人とも負けたらメイリーン堂の焼き菓子を二人に奢ってもらおーっと!」
二人の戦いに便乗したハナは、楽しそうにそう宣言しながら自分の席へと戻っていった。
【アベニウス暦六三九年、緑の月、五日】
前日の夜も遅くまで魔法珠の調整を行っていたレイは、寝不足の頭で学校に向かっていた。ちなみに登校初日に落ちそうになった道の穴はすっかり塞がれている。
「眠い…眠い…」
ふらふらしながら歩いているのが自分でもわかるが、眠気には勝てない。半開きの目をしょぼつかせながら前へ進んでいくと、突然温かい壁のようなものにぶつかって声を上げた。
「うわあっ!?」
「おお!あんたがレイ?へえ、あいつが選んだ女にしては、随分と普通な感じなんだな!」
「…はあ?」
ぶつかったのはどちらからかわからないが、挨拶もなく突然失礼なことを言ってくる人に機嫌の良い顔を見せる必要はないだろう。レイは眉を顰めて眠い目を無理やり開くと、目の前の壁をじっと見つめた。
「あの、どちら様で?」
背の高いその男性は、片方の口角を上げてこちらをニヤニヤと見ている。ツンツンと四方八方に伸びた茶色く短い髪の毛がまるで栗を包む棘のように見えて、レイはついでに「ああ、栗が食べたい」と呟く。
「栗って言うな!…まあいいや。とにかく俺はジーク。ヨカ・ラースの…まあ、兄貴みたいなもんだな。で、ユーリ・エデンの好敵手ってところだ!」
「はあそうですかではさようなら」
ああ馬鹿らしいと思いながら壁の横を通り抜けようとすると、再びその壁男が前に立ち塞がった。
「待て待て待て!今話しかけたばかりだろ!?」
「いや昨日もそのユーリにこき使われて眠いんですよ養成科の先輩しかもユーリの知り合いになんて用はありませんから面倒ですしこれで失礼しまっす」
「……息継ぎなしでよくそんなに喋れるな。」
レイはそこでスウ、と大きく息を吸うと、全力でその息を吐き出して言った。
「はあああああ。あの、用件があるなら早めにお願いします。」
レイの半開きの目に恐れをなしたのか、ジークは一歩下がってから軽く頷いた。
「お、おお。まあ、その、俺の実力を今回のコンテストで見せつけてやるから覚悟しておけよと言いたかっただけだ。悪かったな、眠そうなところに声をかけて。」
「ああ、いえ。寝てると危ないのでちょうどよかったです。あ、ヨカ、おはよう。」
「おはよう。ねえちょっと、何やってるのよジーク!?」
するとそこに急いで駆けつけてきたのは青ざめた顔をしたヨカだった。
「おお、ヨカ!いや、今こいつを見つけたからせっかくだしと思って挨拶を…」
「挨拶って…あんたねえ、突然見知らぬ男が声をかけてきたらびっくりするし怖いでしょ?こう見えてうら若き女の子なのよ!?」
「こう見えて……?」
「こんな半目の息継ぎなしで喋る女、こっちの方が怖いぞ!」
「あのぅ、ちょっとお二人さん、私に失礼では?」
それからも二人は道の真ん中で言い合いを続けようとしたため、レイは二人の耳を引っ張って先へ進む。
「いたたた!ちょっと、レイ!?」
「うわっ、何すんだ!」
「朝っぱらから道の真ん中で言い合いはやめてくださいー。はい、いいからとにかく学校に行きますよー。」
「……」
「……」
こうして三人はあーだこーだと揉めながら騒がしく学校に向かっていった。
【アベニウス暦六三九年、緑の月、六日】
翌日。日差しの強さに目を細めて登校中、再びレイの行手を阻む養成科の人間が現れた。
「ねえ、もしかして、あなたがレイ・ベルマン?」
「……」
レイは軽く会釈をすると眩しい時の顔のまま目の前の女性を素通りして歩いていく。だが彼女はレイをそのまま逃してはくれなかった。
「ちょっと待ちなさいよ!私は養成科の二年生なのよ!?」
レイは立ち止まって振り返ると、くるくると巻いた焦茶色の髪を見てから人差し指を軽く上げて言った。
「その髪を巻いている魔法珠道具、うちの父が熱源部分を開発したんです。どうです?熱の調整が抜群でしょう?」
「そうなのよ!前に使っていたやつはすぐに熱くならないし熱くなったら今度はなかなか温度が下がらないしで困ってたのよねえ…ってそうじゃなくて!」
「ああ、使用者の生の声は父が一番喜ぶんですよ。メモしてと」
そう言いながら実際にポケットからメモ帳を取り出すと、顔を真っ赤にしたその女性がそれを奪い取った。
「あ、ちょっと!」
「だから話を聞きなさいよ!わ、私は養成科二年のエミリア・シェルマンよ。あなた、私のユーリとペアを組んでいる生意気な一年生ね?ユーリはあなたみたいな鈍臭い田舎者に付き纏われたら迷惑なの。私が別の生成科の男性を推薦するから、あなたは彼から離れなさい!」
レイはこの感じ懐かしいなあ、と思いながらバッグの中に手を入れた。
「あ、あったあった!」
そうしてまだ何かを大きな声で主張し続けているエミリアに近付き、その手に今取り出したものを握らせる。ついでに先ほど奪われたメモ帳もさっと取り返しておく。
「はい、どうぞ。」
「ああ、どうも。…って何よこれ!?」
エミリアがその手を開くと、そこには綺麗な黄色の魔法珠が乗っていた。レイは笑顔で説明する。
「それは拡声機能付き魔法珠です!結構いい感じに声が響きますから安心して使ってください。私今日早く行かなきゃいけないんで、ここで立ち止まって話を聞いていられないんですよ。それがあれば離れても声がよく聞こえますから。では、失礼しまーす。」
「はあ!?あなた、え、あっ、嘘!?もう発動してる!?」
レイは軽く会釈をしてその場を離れると、無意識に魔力を流したせいで全ての声が大きくなってしまったエミリアの叫び声を聞きながら、急いで学校に向かっていった。




