第二十一話
「貴様、答えんつもりか……愚弄しおって、後悔するなよ!」
これまでに男の部下たちは全員優吾によって倒されてしまっている。彼らとて今回の暗殺に選ばれるだけあり、実力はそれなりの者ばかりだった。
それでもなお、この男が強気な態度をとるのには自らの腕に自信があるためだった。
彼は獣人国で暗殺部隊の一員で、依頼ごとに色々な権力者に雇われていた。その報酬が高額であるため、誰でもかれでも雇えるというものではなかったが、彼の実力は誰もが認めるものだった。
そして、今回もリーネリア暗殺の依頼を受けてここまでやってきている。数々のターゲットを漏らすことなく次々に殺している彼にとって、目の前のにこにこと穏やかに笑っている優吾を殺すことなど造作のないことだと考えていた。
「ふむ、部下がいいようにやられているのにそれでも俺を倒せるというのは、いやいや勇気があるというのか無謀というのか……いやもしかしたら、馬鹿なのかもしれないね」
優吾はあえて男を煽るような口調で、煽るような言葉を選んでいた。
「っ……貴様あ!」
プライドを傷つけられてキレた男は苛立ちに叫んだのと同時に優吾へと向かって走り出す。その一歩はまさに神速とも呼べるような動きで、この動きについてこれたものは今までいなかった。
「くらえ!」
一撃で決めるつもりで男は両手に持つ短剣のうち、一本を優吾の顔に突き出す。
「――甘いよ。俺が体術ができないとでも判断したのかい?」
ゆったりとした雰囲気を崩さないままの優吾は右手で相手の左手を掴んでいた。
「それくらいは!」
この対応は読んでおり、男は反対の手に持った短剣で突き刺そうとする。
「それも、甘い」
まるで暴れる子供をあやすようにあっさりと優吾はその手も素早くつかんでいた。
「……くそっ!」
二つの手を塞がれた男は飛び上がり、優吾の腹を蹴る――いや両手が掴まれた状態では踏みつけるといった表現が正しく映る光景だった。
男は自らの足で一日走り続けることもあり、脚力にも自信があった。そして、その踏みつけは優吾の腹に直撃していた。
「優吾さん!」
いつの間にか家から出てきていたリーネリアが結界の中で思わず悲鳴のような声をあげていた。
「大丈夫、効いてないから」
優吾の顔はリーネリアから見えない位置だったが、その声の調子から恐らく笑っているのではないかと思われた。
「ぐっ、貴様腹に何か仕込んでいるのか!?」
全く攻撃が効いていない様子の優吾を見た男が見当違いの指摘をするため、思わず優吾はくっくっくとこみ上げるように笑ってしまう。
「自分の攻撃が効かなかったからといって、その指摘はどうなんだい? 俺がただ硬いだけだよ」
ぽんぽんとお腹を軽く叩いて穏やかにそう言う優吾は身体強化で自身の防御力をあげていた。それも相手が鎧でも着こんでいるのではないかと疑うほどのレベルで。
「――さて、俺の番だよね」
「……なに?」
なんの順番のことを言っているのか男は理解できないでいたが、唐突に優吾が男の左手を放したところで何を意味する言葉であるかきづいてしまう。
「なっ! は、放せ!」
咄嗟に身をよじって優吾から逃げ出そうとするが、彼につかまれていた男の腕の骨にはヒビが入っている。鍛えられた精神力のおかげでなんとか痛みをこらえていただけだ。
だが優吾に握られただけで、強固なはずの自らの骨にヒビを入れられてしまったことで自身では気付いていなかったがひたりひたりと迫る恐怖に怯え始めていた。
「ダメだよ」
その力でめいいっぱいに握られた右の拳が目にもとまらぬ速さで男へと迫っていく。
「……ひいっ!」
これまで数々の死線を越えてきた男だったが、圧倒的な力の前に身を竦ませるほど恐怖心を抱いていた。
「くらええええええ!」
優吾は大きな声を上げながら、右手に雷の魔力を集めていた。そして、男の目前で手をぱっと開くと手刀をつくり、首元を軽く叩く。触れた場所からバチバチと小さな雷が発生し、スタンガンの要領で男を気絶させる。
「ぐあああああああ!」
突然訪れた雷撃に驚いた男は恐怖から叫び声をあげ、ぐったりとして気絶した。
「ふう、本気で殴って死んでもらっても困るからね。まだ色々と話を聞きたいし」
優吾は手を放して、男をその場に横たわらせる。
「優吾さん! 大丈夫ですか!?」
最後の男が倒れたため、結界が解除され、飛び出すようにリーネリアが優吾のもとへと駆け寄ってきた。
「あぁ、少し服が汚れたくらいかな。腹を靴のまま蹴るなんて酷いよね……これちゃんと綺麗になるかな?」
心配しているリーネリアをよそに、困ったような表情で優吾は服の汚れが落ちるかどうかを心配しているため、彼女は呆れてしまっていた。
「はぁ……それでこの人たちはどうしましょうか? 殺してはいないんですよね?」
優吾の攻撃に殺気がなく、攻撃自体も殺傷能力があるように見えなかったため、リーネリアが確認してくる。
「もちろん、むやみに殺しても仕方ないし、何より彼には色々と話してもらいたいからね」
優吾の近くでうつぶせに寝ていたリーダー格の男を土の魔術で転がし、仰向けにする。
「――そんな!? まさか、この人たちはキルレイン!?」
「キルレイン?」
驚くリーネリアに優吾がオウム返しで聞き返す。倒れた男から目を離さずに頷いたリーネリアの表情は神妙なものだった。
「はい、伝説ともいえる暗殺集団です。まさか、こんな人たちを投入するほどに私のことを殺したいなんて……」
静かに暮らしていただけのリーネリア。しかし、その存在自体が疎まれていることにギリッと歯をかみしめていた。
「とりあえず、こいつを縛り上げるのに縄か何かあるかな?」
話を変えるため、そして状況を動かすために優吾は彼女へと質問をする。
「あ、はい! わかりました、すぐに見てきますね」
ハッとしたようにぱっと顔を上げて返事をしたリーネリアは走って家に戻って行った。
「ふう、こいつだけじゃなくリーネリアからも色々と話を聞かないとだね。……やれやれ、思っていたよりも根深い問題のようだ」
そこらに倒れている男たちが着ている服の胸の部分には同じマークが刺繍されている。それは優吾の記憶の中にもあるものだった。
しばらく待っているとリーネリアは一束の縄を持って戻って来る。
「はあはあ……あの、一つしか、なかったんですけどっ」
倒れている男たちの数を考えると、明らかに足りなかったが優吾は安心させるようににこっと笑い、彼女に礼を言う。
「いや、それで大丈夫。ありがとう」
そして、転がっているリーダー格の男だけをしゅるしゅると手際よく縛り上げていく。
「他の人はどうしましょうか?」
その質問を受けて優吾は、キョロキョロと周囲を見て、目当てをつけた開けた場所へと移動する。
「このへんでいいかな。あいつらは簡易的だけどこれに入れておこうか……"土の牢獄"」
優吾が魔術名を口にすると、瞬く間に目の前に土でできた牢獄ができあがる。
「ふ、ふえええ!」
口元に手を当てたリーネリアはこれまでにない声を出して驚いていた。
「こ、こんなものまで作れるんですか!?」
優吾の力の一端を知っているとはいえ、ここまで常識外れの力を持っているとは思ってもおらず目をパチパチさせて驚いていた。
確かめるようにリーネリアは触れてみるが、土の牢獄は土で作ったとは思えないほど頑丈なものだった。
「まあ、これくらいはね。さて、あとはこいつらをここに放りこまないと」
優吾は近場にいた男から順番に襟首を適当につかみ、土でできた牢屋に次々と放り込んでいった。
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