第二十二話
「さて、それじゃあこいつが起きるまで少し話を聞かせてもらおうかな」
リーネリアの家に戻った優吾と彼女はテーブルを挟んで対面に座っていた。縄に縛られた男は部屋の片隅に横たわらせてある。
「はい……さすがにこの状況になって関係ないとはいえないですものね」
悲しげな雰囲気を持ったリーネリアは顔を上げると覚悟を決めた表情になった。
「私は、獣人国のとある貴族の家に生まれたんです。母はそもそもメイドをやっていたのを当主が見初めたとのことでした」
記憶を手繰り寄せるようにリーネリアは母から言い聞かされたことを思い出しながら話をしていく。
対して優吾は話を邪魔しないように相槌だけ打っていた。
「でも、母はなんといいますか、その身分が低かったため、形ばかりの第三婦人という地位にあてがわれたそうです」
メイドに熱を上げた当主のことを第一、第二婦人が快く思うはずがなく、しかし当主に反抗するわけにもいかないとなると、その矛先がリーネリアの母に向かうのは自然なことではあった。
「父は母のことを守ってくれなかったそうです。どうやら父や私の知らないところで、母は嫌がらせをされていたようでした。私のほうは先ほど訪ねてきたダイアさんが庇ってくれたのもあって、直接の被害は少なく済んでいました……今になれば気づいたことですけどね。当時は何の用事もないのに近づいてくるダイアさんのことを鬱陶しく思っていたくらいですから」
リーネリアは自分の浅はかさに苦笑していた。
「なるほど、それでリーネリアとお母さんは家を出奔してこの場所にやってきて住んでいたということか」
優吾のその言葉にリーネリアは頷いた。
「はい、それで今回ダイアさんが私を迎えに来たわけなんですが……」
俯き気味になるリーネリアがそこまで言うと、その続きは優吾が語る。
「――そのとある貴族の当主が病気にかかり長くない、もしくは亡くなったため、継承権を持っているリーネリアの存在に注目が集まったってところかな? 恐らくだけどダイアさんは君を後継者の一人として迎え入れるために、そしてこいつらは継承権を持つ君を亡き者にするためにきた」
話の途中であったにも関わらず全てを理解したような優吾の言葉に、リーネリアは今度も驚かされることとなる。
「な、なんでわかっちゃうんですか!?」
そして、思わず大声を出し立ち上がってしまった。優吾の前では隠し事をしても無駄なのではないかと思うほどぴしゃりと言い当てられたからだ。
「ま、まあちょっと落ち着いて。……ね? さっきも言ったけど、俺は三百年前に勇者のパーティの一員として生きていた。その時に色々なものを見てきたからね。これまでの感じから予想してみたんだけど、まあ予想どおりだったみたいだ」
優吾はよくある話をイメージして話していたが、それが的中したことに内心では驚いていた。
(まさか、本当に全て的中とはね)
「問題は、誰がその命令を下したかだけど……さて、そろそろ目覚める頃かな?」
ちらりと優吾は床に座らせていたリーダー格の男を見ていた。
「……う、ぅうん……」
まるで目覚めるのが事前にわかっていたかのごとく、優吾の言葉に反応するかのように男は目覚めた。
「ここ、は……っ!」
男は目を開き周囲を確認する。見覚えのない場所、そして自分が拘束されていることに気づく。
「これは! くそっ! 一体どうなってる!」
その状況に動揺した男は、縛られたままの状態で縛っている縄をなんとかほどこうと声をあげながらもぞもぞと身体を動かしていく。
「やあ、目覚めたかい?」
この声が耳に入った瞬間、男は身動きするのをやめる。自分がなぜこんな状況に陥ったのかを思い出したためだった。
「貴様、くそっ! 殺せ!」
キッと睨み付けるように優吾を見上げた男の言葉に彼は驚いた顔をする。
「いや、それはないでしょ。まずそんなことをしても俺たちにはなんの得もない。それどころか殺したあと良い気分にならない点から考えて、むしろ悪いことだらけです」
具体的な殺す方法などには触れず、ただ気分が悪いとだけ言う。
「なら、どうしろと言うのだ!」
何もかもが思い通りにいかないため、男は吐き捨てるように問いかけた。任務を失敗した時点で自分が生きていることに嫌悪感を抱いているようにさえ見える。
「そうだなあ……一つ、色々と聞きたいことがある。二つ、二度と俺たちに敵対しないでほしい。三つ、これを守ってくれるなら縄をほどいてあげるし、そのまま帰ってもらって構わないよ」
にこりと笑ってそう話す優吾に男は背筋を冷たいものが走っていた。目の前のこの男の甘い言葉を信じてはいけないと自身の勘がガンガンと警鐘を鳴らしているように感じる。
「……ユーゴさん、いいんですか?」
リーネリアは彼が有名な暗殺集団の一部隊を任されるだけの人物であるため、放置することに不安を覚えていた。
「うーん、まあ色々心配の種はあるけど……殺すの嫌じゃない?」
「まあ、そうですね」
あっさりとした優吾の答えにつられて、リーネリアも彼らに対する恐怖心が薄らいできていた。あれだけの圧倒的な力を持つ優吾が側にいて安心しているのもある。
「というわけで、お仲間も外で捕まえてあるんですけど……どうします?」
確認するように首を傾げた優吾はただ事実だけを伝えたが、男にしてみれば部下全員の命を握られていると錯覚する状況だった。
「……わかった、だが部下は全員無事に返してやってくれ」
その答えを聞いた優吾は満足そうに頷いていた。
「それじゃあ、まずは誰の命令で来たんですか?」
相変わらずの笑顔で質問をしてくるため、男には反論の余地はないと諦めていた。
「知っているかは知らんが、獣人の国は西と東で大きな派閥に分かれている。その中で、嬢ちゃんの親父さんは東の伝統派閥の中心人物だ。それに敵対する西の派閥の貴族に命令されたんだ。――嬢ちゃんを始末するようにとな」
男の目を確認するが嘘をついているような目ではなかった。
「なるほど、それぞれの派閥についての詳しい情報は?」
この問いには男も首を横に振るしかなかった。
「あくまで依頼人からもらった情報と、世間一般で噂されているようなものだけで、それ以外にめぼしい情報は持っていない」
これまた、嘘をついている様子はなかった。彼らはただリーネリアを殺害するよう命じられただけであり、余計な詮索はしなかったのだろう。
「じゃあ、最後の質問。これであなたたちを釈放したらどうするつもりですか? また、ここに襲撃に来る? それとも、別の部隊が派遣されるのでしょうか?」
優吾の最後の質問に男は力を無くしたかのようにうなだれる。
「任務を失敗したら生きて戻ることは許されない。だから、我々に残された選択肢は死以外にないのだ……」
「そんな、もったいない! せっかくつながった命なんですから、逃げて下さい……それがあなただけでなく、部下の方々の将来に繋がることですから」
任務だけが全てではないと真剣な表情で忠告する優吾に、思わず男は黙って考え込んでしまった。
だが優吾としては、こんな場所で死んでもらってはあとあと困るのは自分たちであるため、人の良い風を装い、必死に彼が死を選ぶことを止めようとしていただけだった。
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