第五十九話:底辺
孤児院に帰ってからも、頭は真っ白だった。
判定で言われた一言。
「他者の気持ちの変化に鈍い」
という言葉が深く刺さっている。
思い返せば、昔から俺は口を開けば人を怒らせてばかりだった。
主張主義は上から目線で偉そうで。
他者の意見は聞くが実行できず。
失敗しては理屈っぽい言い訳を並べ。
怒る人の気持ちに答えず反発して。
他者のアドバイスはその本質を理解できず。
振り返ってみれば俺は一人ぼっち。
俺に親しくしてくれる人はいない。
愛されるにも理由がいる。
愛されるには理由がある。
『みんな違ってみんないい』
その言葉はまやかしだ。
虚言で大嘘だ。
そのままの自分を愛してくれる人などいない。
ありのままの自分は愛されない。
いつだって愛される人は人を持ち上げるために努力する人だ。決して失敗をせず、一つも失言をせず、真心から人の気持ちを汲み、持ち上げる才能のある人間こそ『生きていて素晴らしい』『生きる価値のある』『死ぬと惜しまれる』人間なのだ。
そこまで分かっていながら、俺は他者の気持ちを察し、実行や発言に移すことができなかった。
むしろ失言や失敗を繰り返す毎日。
ただ、その失言や失敗は重複していない。
だから俺は失敗を繰り返していない。
だが、人を怒らせた失言に一つとして同じ言葉はない。
きっと俺はある種の病気で、ある種の障害なのかもしれない。他者の気持ちが分からないわけではない。他者の気持ちに答える方法が分からないのだ。失言や失敗に対して怒られたとして、どうして怒られたのかは分かる。何がいけなかったかも薄ら分かる。昔は反発ばかりだったけど、過ちを認め、プライドを捨ててすぐに謝罪することもできるようになった。
その後の関係の修復は全く分からない。
何故失言や失敗を繰り返すのか。
本当に悪いと思っていないからだ。
それでも『ありのままの自分を認めてくれる人がいる』と、見捨てられることはないと心のどこかで思っているからだ。
失言を繰り返すならいっそ喋れなくなりたいと、罰当たりな願いを何度思ったことか。
失言と失敗を繰り返し、親しくしてくれた人を傷付け続ける俺は生きる価値も意味もないと、死にたいと何度願ったことか。
その末路が『読み書きできないのに達者な口は残り』『死なない身体になった』とは傑作だ。
……。
「おい!どうしたファロイド!自習時間はとっくに終わってるぞ!早く部屋に入れよ!」
バルザの声で我に帰る。
孤児院に帰ってからの記憶がない。
風呂も夕食も、まるで記憶にない。
気がつけば自習時間を終え廊下に一人。
何を自習していたのかも覚えていない。
ノートには自分に下された評価が書いてある。
「ファロイド?どうした?」
そうだ。今は記憶を整理している場合じゃない。
部屋に戻って寝支度を整えないと。
すぐ机のノートを片付けて部屋に入り着替える。
布団はソゥが出してくれていた。
お前は本当に優しいな…。
消灯前の瞑想の時間は『無』だった。
頭は真っ白のまま。
真っ暗な未来について考えも浮かばない。
ダメージは大きいな…。
消灯時間。布団に入っても眠気はない。
まるで心臓が空っぽになったようだ。
鼓動を感じない。
このまま死んでしまいたい…。
「ファロイドくん、大丈夫?」
ソゥが声をかけてくれた。
何一つ大丈夫ではない。
「ああ、大丈夫。ありがとう。」
「そっか…。何か辛いことがあったら言ってね?」
本当にこいつは優しいな。
でもあんまりウジウジしてると怒られそうだ。
「心配されなくともめっちゃ言うわ!おやすみ!とりあえず明日朝起きれなそうだから頼むわ!」
渾身の元気を出して言った。
先生に静かにしろと怒られた。
少し笑いが起きる。
それを聞いて、少し落ち着いた。
立ち止まってる暇はない。
憂いている場合じゃない。
俺には使命がある。
俺を受け入れてくれたこの国に貢献するという使命が。
貢献するために文武に励まなければならない。
誰かに受け入れてもらうのは二の次だ。
明日から頑張ろう……。
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「ファロイドくん、ファロイドくん、起きて!朝だよ!」
「ソゥ……?」
見渡すともう皆起きて着替え、布団を畳んでいる。
中身30近いオッサンが寝坊して6歳児に起こされる。
昨日見た光景だ。
明日から頑張ろうというのはフラグかも知れない。
今日も最悪な夜明けだ。鐘の音がうるさい。
今日は雨か…。
「ファロイドくん、何やってるの!急いで!」
最早プライドなんてない。
寝呆け眼でとりあえずシーツをはがし布団を畳む。パジャマを脱いで歯を磨く。そして皆揃って先生に挨拶。
「おはようございます。」
「またお前らがドベか。しっかりしろよ!」
先生からの激励。
もはやプライドなんてない。
「皆ごめんよ…。朝弱いみたい…。」
平謝りではない。心からの謝罪だ。
でもどうしてこんな朝が弱くなった?
そんな朝弱くないはずなのに…。
「まぁしょうがないな。」とリーダーのバルザ。
「しっかりしろよな新入り!」とクヴァ。
「気にしなくていいからね…?」とソゥ。
副リーダーのルザルは何処吹く風。
ジャグラーはニヤニヤしている。
はぁ~…。
腹立つわぁ~。主に自分の不甲斐なさに。
イライラをトイレ掃除で発散させる。
ありったけの高速で便座を磨いた。
いつもより綺麗になった気がする。
雨の日の朝は室内で自習の時間となる。
さすがに雨の日までランニングをすることはしない。
だが自分は自習にすらならない。
だってまだ何も学べてすらいないのだから。
勉強が出来て字も綺麗なソゥにノートを借りる。
孤児院に入ってからソゥには世話になりっ放しだ。
一見、気が弱くて臆病者、典型的ないじめられっ子気質のソゥだが、その純粋な優しさ、貸しなんて思ってもいないであろう真心からの優しさは見習わなければならない。
聞きにくい『あたりまえ』も、ソゥになら聞けるだろう。
充実した自習時間だった。
いくつかの単語は覚えられたと思う。
その後、朝御飯を食べて登校。
今日は雨。馬車には屋根はない。どうするか?
荷台の端に座った人が、荷台全体を覆える『蓙』を持って人力の屋根にするのだ。真ん中の人ほど雨に濡れないが端は悲惨だ。そして俺はこういう時に限って運悪く端っこ。
登校前にずぶ濡れになった。惨めなものである。
だが満更悪いことばかりではない。
端は景色がよく見える。
雨の日のカトラ皇国の町並みは素晴らしいものだった。
カトラ皇国の街特有の、赤や黄色の色とりどりの壁が灰色の空と靄のかかった世界に実に映える。コンクリートビルの町並みを雨の日に散歩するのは憂鬱だが、伝統的な町並みを雨の日に散歩するのは趣がある。
……。
憂鬱な気持ちは抜けない。
だが切り替えなければならない。
今日は登校二日目。
昨日とは違う。
言うなれば無能と判定され底辺からの新規スタートだ。
そして現に今の俺は無知で無能なのは事実であって。
早く追い付かなければならない。気合いは十分。
しかも今日から一人じゃない。
頼りになるバルザがいる。
物知りなルザルがいる。
爽快なクヴァがいる。
いい意味で気を抜けないジャグラーがいる。
優しいソゥがいる。
うん、頑張れる。頑張れ。負けるな。俺。
校門に付くと、他の馬車から見知った顔が降りてきた。
「ジル!!セイラ!!ピコ!!」
そう、シンクバトラで辛酸を嘗め合った家族だ。
顔を見ただけで憂鬱な気持ちが吹っ飛んだ。
たった数日会ってないだけなのに、果てしなく久々に感じた。涙が出そうになるのを渾身の気合いで堪える。
「オッス!ファロイド!!3日ぶりだな!!!」
「ファロイド~!何朝から浮かない顔してんのよ~!?」
「おはようございます。ファロイド。」
お陰で肩の力が少し抜けた。
まぁ、これくらいが丁度いいのだろう…。
バルザたち孤児院仲間にジルたちを紹介した。
3日ぶりに普通の笑顔になれた気がした。
うん、なんとか頑張れそう。
人物紹介
○ファロイド
この物語の主人公。肝心な所でいつもヘマをする。
この世界に転生したが本名は思い出せない。
年齢は外見的に6歳くらい。金髪赤目の少年。
その実、魂が腐ったクソ野郎。
人の気持ちが分からないわけではない。
○バルザ
孤児院で出会った赤毛ショートの男の子。
ラテン系のキリッとした顔立ち。子供なのに男前。
ファロイドが編入した6歳児クラスを纏める活発なリーダー。
○ルザル
茶髪ミドルヘアで東洋風の顔立ち。
キレ長のイケメン。冷静沈着な副リーダー。
○クヴァ
赤毛でボーズ。ガタイが大きい脳筋キャラ。
筋トレと三度の飯が好き。
○ジャグラー
金髪ミドル。瞳は赤い。
飄々としていて謎が多い男。
○ソゥ
金髪ショート。背が一番小さく華奢。
控えめな性格で、オドオド・ビクビクしている。
優しい。マジ天使。
○ジル
シンクバトラ王国の路地裏で出会った男の子。
責任感と正義感が強い芯がある。
今はカトラの外れで暮らしている。
7歳。一歳年上だが…?
◯セイラ
シンクバトラ王国で娼婦をしていた女の子。
赤毛ツインテールのキリッとしている。
7歳。ジルたちと暮らしている。
◯ピコ
赤毛ポニーテールのおっとりとした女の子。
セイラの双子の妹。
同じくジルたちと暮らしている。




