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6マイクロ

「さて七橋くん、我々も知り合って数ヶ月。そろそろアダ名などで呼び合う頃じゃないか」


 PCを触っていた神坂先輩は突然俺にそう声をかけてきた。


「アダ名ですか」


 いつもの様に唐突に提案をしてきた先輩に対し、いつものようにマンガを読んでいた俺は栞を挟んでそっと閉じ、先輩に向き直った。


「そう、アダ名だ。親しくなった者同士は他の人とは違った呼び方などするのが普通ではないのか。故に我々もそろそろアダ名で呼び合う時期が来たのではと思った次第なのだよ」


 アダ名か。まあ、自然発生的につけられる事が多い気がするが、親しくなってきたら意図的につけたりすることもあるか。


「七橋くんは普段他の親しい友人等にはなんと呼ばれているんだ?」

「俺ですか。えーっと、『七橋』とか『千歳』とかですかね」


 普通だな。あんまり考えたことは無かったが、変わった感じで呼ばれたことは無いな。

 他の人はどうなんだろう。人生に1回位は変な呼ばれ方をしたりするものなのだろうか。


「そのままじゃないか。全然アダ名じゃない!」


 俺の回答に不満気な神坂先輩は腕を組み語気を強め言い放った。


「まあ、特に変わったことしてたって事もないですから普通になっちゃいますね。残念ながら」


「…うーむ、しかたない。じゃあ、とりあえず英語にでもしてみるか」

「えっと、英語ですか。佐藤を『シュガー』鈴木を…『ベルウッド』ってするみたいにですか?」

「そう。つまり、七橋くんだと『七橋千歳』だから『セブンブリッジ』か『ミレニアム』だな」

「えーっと、普段呼ぶにはちょっと長くないですか」


 そして、なんだか恥ずかしい。


「しょうがない。セブンブリッジを少し略して『センブリ』でどうだ」

「なんか苦そうで、2つの意味で罰ゲームな感じがします」


 センブリ自体の味とその名前で呼ばれる事とで、だ。


「ふむ、難しいな…。では七橋君は何と呼ばれたいかね」


 神坂先輩は顎に親指を当て、少し困った表情をしつつそう聞いてきた。


「え。いや、今まで通り『七橋君』でいいんですけど。普通、自分のアダ名を自分で決めるって何か痛くないですか?まあ、呼んでもらう名称次第な気もしますけど」

「ふむ」

「てか、もし仮に俺が『チンコブラブラマン』みたいな女性が言うには恥ずかしい呼び名でお願いしますって言ったら先輩達が困るんじゃないですか?」

「承知した。今日から君は『チンコブラブラマン』だ」


 しまった。神坂先輩はそんな事を気にするような人では無かった。この人は多くの人で賑わう街中とかでも『おーい、チンコブラブラマーン!こっちだこっちー!ブラブラするのはチンコだけにしておけよー!』とか言う人だ。恐ろしい。


「すいません。私が悪かったです勘弁して下さい」


 俺は素早く神坂先輩の前に赴き、土下座をして許しを請うた。


「はっは。仕方ないな、許してやろう。さあ、面を上げたまえ」


 無事に許された俺はそっと顔を上げた。すると、神坂先輩は俺をより見下せるようにするた為か、椅子から立ち上がりふんぞり返っていた。

 そして、位置的にスカートの中が見えそうになっていて、自然に視線がそちらに向いてしまった。


「あ、こら。今、スカートの中を覗こうとしただろう。いかん、いかんな七橋君。反省が足りん」


 珍しく少しだけ照れくさそうにした神坂先輩はスカートを軽く押さえ、また椅子に座り直した。


「すいません、つい目の前にあったもので…。でも大丈夫です。見えてないですから。実は見えてたのに気を効かせてバレバレの嘘をついてるとかでもなく、本当に見えてません。」


 そう言って俺は立ち上がり、膝の辺りを軽く手で払って元居た席に座り直した。


「と、言うか、神坂先輩は履いてないんですか?よく女子が履いてるとか言う『見えても良い下着』とかそういうのは」


 俺の入手したネットからの情報だと、女の子は不測の事態に備えてスカートの中が見えてしまっても大丈夫な物を履いているらしい。

 まあ、実際には見たことが無いので本当のところは分からないのだが。


「あー、ああいうのは逆に何か落ち着かないから履いてないな。なので、私が履いているのは『見えてはいけない下着』ってやつだな。はっはっは」


 まじかよ、やべえな。見えてはいけないって、一体どんなすげえ下着を履いてるんだ。オラ、ムラムラしてきたぞ!


「普通だぞ。普通」


 心を読まれた。


「と、話が逸れたな。なんの話だったか、そうそう七橋君の今後のアダ名が『チンコボキボキマン』に決まった所だったな」


 ひぃ!痛そう!俺は思わず、椅子に座ったまま股間を抑えて後ずさる。


「と、言うことで花倉と知留奈もそれでよろしくな」


 神坂先輩は満面の笑みで二人に向かってそう言った。

 え、もしかして本当にこのアダ名になっちゃうの?というか、名前変わってるし。


「何いってんの。そんな名前で呼べるわけないじゃない。そんな呼ぶ方も呼ばれる方も得をしないような名前…」

「流石に私もそれはちょっと恥ずかしいかな~。もっと普通のがいいかも…」


 二人は、そう言って俺の新しいアダ名を却下した。

 ありがとう、こんなアダ名付けられて、部員だけじゃなくクラス中に広まりでもしようものなら、将来、同窓会に参加できなくなるところだった。恐ろしや恐ろしや。


「そうか。なら仕方ないな。では、二人は七橋君にはどのようなアダ名が良いと思う?」

「え、そうだな~。たしかに苗字は親しみが足りない感じがするから、下の名前で呼べばいいんじゃないかな~」

「そうね。知留奈の言うように『千歳君』でいいんじゃない。苗字よりは若干距離も近い気もするしね」


「うむ。そうだな、そうするか。では、今後はそれでよろしくな『チト君』」

「よろしくね、『千歳君』」

「『ちーちゃん』よろしくね~」


 3人共バラバラじゃねえか。


 しかも、知留奈からの呼び方は何だか可愛らしい感じになってるし。

 ただ、唯一そのまま呼んでくれた伊野先輩には優しさと同時にどこか距離を感じるという少し複雑な気持ちになった。


「はい…、分かりました。否定してロクでも無いアダ名を付けられるのも嫌なので、今後はそれでよろしくお願いします。」


 あれもダメこれもダメとか言い続けて『チンコボキボキマン』に戻ってしまったら大変だ。チンコだけじゃなくて心もボキボキに折れてしまう。うむ、いま俺うまいこと思った。口には出さないけど。


「じゃあ、今度はみなさんのアダ名を決める番ですね。どんな風に呼んでいきましょうか」

「そうだな。気軽に神坂様でもいいぞ」

「それ、最初に会った時にも聞きました。全然気軽じゃないです」

「そうか。私の故郷では気軽にそう呼ばれているのだがな、はっはっは」


 やべえな。周りの人に『様』付されてるなんてどんだけすげえ人なんだよ先輩は…!


「まあ、あれだ私の呼び方は七橋く…違う。チト君の好きに呼んでくれていいぞ」


 神坂先輩はまだ言い慣れてないせいか俺の名前を途中で言い直した。

 しかし、うーむ。そうだな、なんと呼べばいいんだろう。伊野先輩は『登里奈』だし、知留奈は『お姉ちゃん』だからな。変えて呼ぼうにも他の人の呼び方をそのまま使うってことが出来ない。


「難しいですね…。神坂先輩はクラスの人たちには何と呼ばれているんですか?」

「まあ、基本的には『神坂さん』だな」


 普通だ。


「そうですね…。じゃあ、神坂先輩の名前を英語にしてみましょうか。えっと、神坂だから、ゴッド…ゴッド…」


 坂って英語で何だ?そんなの習ったっけ。ええと、坂…、坂…。長崎は坂が多い…。関係ないな。


「…ゴッドシャメンですかね」

「チト君、斜面は日本語だ。スロープだ、スロープ」

「あ、そうか。スロープ!じゃあ、ゴッド…ビネガーロープ…?」

「なぜ、さらに訳そうとする。スロープは酢とロープではないぞ」

「すいません。そうですね、スロープ、スロープ………相撲部?ゴッド相撲部ですか…?」

「相撲部は日本語だな。そして語感が似ているだけでなんの関係も無い」

「ああ!すいません、スロープでしたね、そうスロープスロープ…酢こん」


「はい終了!話が進まないわ!」


 このくだらない話やりとりに我慢できなくなった伊野先輩のツッコミが唸りを上げた。

 ありがとう、止めてくれて。


「じゃあ、普通に登里奈先輩にしておきます」

「わかった。それでよろしくな」

「あっさり!早い!そして普通!」


 伊野先輩は素早くツッコんで来た。今日も伊野先輩のお陰でに会話がまとまる。この人には感謝しか無いな。


「じゃあ、次は花倉をどう呼ぶかだな。まずは、伊野花倉を英語に…」

「そのやりとりはいらないわ。時間の無駄」


 そして、予定調和の流れを予定調和に潰される。


「まあ、あれよ。無理に変なアダ名をつけずに、普通に『花倉』と名前で呼んでくれればいいわ」

「そうですか。伊野先輩…じゃなくて、花倉先輩はちょっと変わった感じで呼んあげたかったのですが、残念です」

「そんな気遣いいらないわよ」

「じゃあ、最後に知留奈だな。しかしすでに、七橋く…チト君は『知留奈』と名前で呼んでるな。あれか、二人は付き合ってるのか」

「いや、付き合ってません。ただ単に、苗字で呼ぶと登里奈先輩と同じ苗字だから分かりにくくなるなと思って名前で呼んでただけです」

「うんうん、そんなわけないよ~。もし、名前で呼んでるだけで付き合ってるって言うなら、お姉ちゃんたちも、今さっきからちーちゃんと付き合ってる事になるよ~」

「なに…、そうだったのか。3股とはチト君、きみはとんでもない男だな」

「酷いわね。千歳君、最低よ」


 なんもしてないのにえらいいわれようだ。


「じゃあどうしよっか~。私、知留奈だから『ちーちゃん』にする?あ、そしたら、呼び方お揃いだよ!」


 お互いを同じ呼び名で呼び合うってどんな間柄だよ。そんなんにしたら、周りも混乱するだろ。


「いえ、今まで通り『知留奈』と呼ばさせてください」

「はーい、了解したよー。ふふっ」

「うむ、これで全員の呼び方が決まったか。えらく普通な感じにはなったが、今までよりちょっと距離が縮まった気がするな。良かったよかった」

「そうね。あとは、登里奈が千歳君の呼び方に早く慣れるだけね」

「いや、まあ。はっはっは」

「よろしくね、ちーちゃん」


 確かに登里奈先輩の言うように、ただ呼び方を変えただけなのに今までより距離が縮まった気がする。

 まあ、知留奈への呼び方は変わってないんだけど、それでも今までと呼んだ時の意識が違うせいか、同じ呼び方でも少し親しくなったような感じがしないでもない。なんとなく。


「皆様、今後もどうぞよろしくお願いします」


 俺はそう言いながら立ち上がり、冗談気味にかしこまった感じでペコリと皆にお辞儀をする。


 そして、顔を上げると俺を見つめていた3人の笑みが、気のせいかいつもより少し柔らかく感じた。

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