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11:演奏者の受難



11:演奏者の受難



鍵盤に指を滑らし、音色を奏でる。

夏の大祭での演奏を任されたマリアは、今まで演奏した中で比較的長い曲を演奏することになっていた。



「……エルメリア組曲」


静かで、水面を思い起こさせるような繊細な音がその白い指によってうみだされてゆく。

その美しく澄んだ水色の瞳は伏し目がちに鍵盤を見つめ、ブロンドの髪は光にあたり、きらりきらりと輝いていた。


その光景を見れば、きっと人々は深い深い息を吐かずにはいれないだろう。

まるで、女神がこの世に舞い降りたと表現する者も多い。



静かな曲調の時は、周りを深い深い所へ落とし込むように。

明るい曲調の時は、すべてのものを輝きの世界へ誘うように。



彼女の生み出す音の世界は、多くの人を虜にする。



マリアは、エルメリア組曲の2曲目を演奏し始める。

このエルメリア組曲は遥か昔、この大陸で世界を救うために消えていった幻の女神のために書かれたものだとういう。




「……愛の夢、か」


テノールの澄んだ、聞きなれた声が室内に響いた。

マリアは目線だけを上げ、指は華麗に動かし続ける。


「うん……、昔よりずっと澄んだ音色だけど…、マリアの音だ」


静かに演奏を終え、指を離しても尚残る余韻を断ち切るようにマリアは口を開いた。


「ルーイ、どうして…ここに?」


その言葉に、マリアと同じスカイブルーの瞳とブロンドの短髪を風になびかせた青年は何かを含んだ笑みをみせ、ゆっくりとマリアの頭を撫でた。


「姉さんが、心配だったからに決まっているだろう?」

「………」

「あの日、王子に連れ去られてから一度も帰れてないだろ。母さんも、心配している」


するりと、その掌がマリアの頬を滑る。


幻聴が聞こえているようだった。

ピアノの静かな音が、耳の内部に残るような、静かで、甘く、歪むような、そんな、感覚―――――


後頭部にまわされた大きな掌によって額と額が触れ合い、温度がじんわりと伝わった。

弟のルーイとこのようなことをしたのは、何時ぶりだろかという考えがめぐる。


ずっと昔、雷が怖いからと言って泣いていた私を、年下ながらに励ましてくれた弟。

いつからか、私が泣いているときにこうしてくれた。


目を閉じて、そしてゆっくりと開いて、顔を寄せる弟のスカイブルーの瞳を見つめる。


「ルーイ…私、泣いてないよ…」

「泣いてる」

「どこ、が?」

「ここ」


すっと指さされたのは、心臓。


マリアの瞳がぐらりと揺れた。


「ちがう、私は…」

「姉さんは、不器用だから」

「っ……」


ルーイの唇がマリアの首筋をついばむように触れる。


「ルーイ?」

「姉さん、僕はね―――――」


カタリ、と物音がしたかと思えば目の前には燃えるような赤い髪の青年。

優雅な立ち振る舞いで、二人のもとへ足を進めたかと思うと、マリアの腕をするりととってルーイの前から姿を隠すように自らの胸の中へ誘った。


「近親相姦は、推奨しないな…カインズ殿」


凛とした声が室内に響く。


ルーイは口端を上げると、ゆっくりとした動作でその場に跪く。


「ご機嫌麗しゅう、皇太子殿下」


「建前はいい……何の要件できた」


「姉を、連れ戻しに」


その言葉に、マリアは一瞬びくりと身体を揺らす。

この弟は一体何を言っているのだろうか。

私は、さらわれた記憶もないし、嫌だったことも一度もない。ちょっぴり疲れた時もあるけれど、でもそれは仕方がないこと。


「る、ルーイ!私は、そんなっ」

「姉さんは黙って」


にっこりとほほ笑むその顔は絶世の美男子というべきか。

王子にも負けないほどの笑みをたたえ、ルーイは床についていた膝をゆっくりと離し立ち上がる。


「……そうか、そこまでして姉を連れ帰りたいと?」

「はい。姉は我がカインズ家の唯一の華。それに、姉の演奏は王族のかたの目に余るでしょう。この世には姉より優れた演奏者はもっといますから」

「っ………!」


ルーイの言葉にマリアは息を飲む。

弟の言葉は、マリアがこの城に来てからずっと思っていたことだったのだから。


ぎゅっと、マリアを抱え込むクランツの腕に力がこもる。

彼の香りがいっそう強まったと感じたと思った瞬間に、低く透き通る声がマリアの頭上で響いた。


「それでも、マリアが欲しいと言ったら?」


抱え込まれているためマリアからクランツの表情を見て取れることはできないが、ただ彼の心音がゆっくりと一定のペースで刻まれていることに不思議と安心感を覚えてしまう。


「そうですね……その時は―――――――」


かちゃり、と金属がこすれる音がわずかにした瞬間だった。


「クランツ王子、公務です。それに、カインズ殿も…勝手にいなくならないでください」


はぁ、と深いため息をつきながら青年が室内に入ってきた。


「ケイン……」

「あーあー…そんな目で見ないでください。何か言いたいんだったら、公務を終わらせてから承りますよっと」


「それとカインズ殿も、お姉さんに会いたいのもわかりますが…行くにしても私に一声かけてからにしてください。私の部下の仕事が増えますから」



「……………わかった」

「…………すみません」


黒髪の青年の言葉に、二人が頷く様子がまるで母親に叱られる幼子のようなのでマリアはクスリと笑ってしまう。


するりと、クランツの腕の中から離れ、マリアはクランツの側近である青年にあいさつをする。


「こんにちは、ケイン様」

「こんにちはマリア譲。ご機嫌麗しゅう」


パンと掌をたたく音が響き、ケインが怒涛のごとく全開スマイルで言い放つ。


「クランツ様は、今すぐ東館へ行って書類の処理」

「カインズ殿は、第四騎士団の元へ行ってください。長老が首を長くしてお待ちです」

「マリア様は、引き続きピアノの練習を」


「い、い、で、す、ね?」


「「「………はい」」」


全員が頷いたのを確認し、ケインは笑顔で扉を指さし外に待機していた人々をまねきれる。


「さぁカインズ殿。我々と共にご同行願います。貴方との手合わせを、皆が待っております」

「あぁ…はい。姉さん、また来るよ」

「あ、うん」


「王子、ささ…いきますぞ」

「わかっている。……マリア、また来るよ」

「っは、はい!」


嵐のようにマリアの部屋から人が出て行ったのち、ケインは侍女に茶を用意するようにと指示するとゆっくりとその場にある椅子に腰かけた。


「ケイン様……?」

「あなたも苦労しますね…これじゃぁ、小鳥が大きな鳥にはなる日もほど遠い、か」

「????」

「マリア様に、ひとつ質問が」

「なんでしょうか…?」


運ばれてきた紅茶をゆっくりと飲むと、黒髪の青年はゆるりと美しく笑う。


「あの、庭園を知っていますか」

「…………え?」

「ピアノが置いている庭園―――――」

「あぁ!……やっぱり、このお城の中にあったんですね!私、夢かと!」


あの不思議な女性と行った、あの美しい庭園は夢ではなかったのだ。

この世に存在していたのだ。


嬉しくて、うれしくて、マリアは笑顔で答える。


しかし、ケインは厳しい表情をして宙を見つめた。


「……その庭園のことは、忘れてください」

「っ……え?」

「あなたは、見てはいない。知らない。決して、王子から聞かれたとしても、答えないように」


その固い雰囲気に、マリアは眉をひそめた。


「ど、どうしてですか…?」


その言葉に、ケインは椅子から立ち上がると振り返りざまににっこりと笑いながら答えた。


「貴女が……生きるためです」


その表情は笑顔だが、目元はまったく笑っていない。



二人の間に、夏の風が一瞬にして駆け抜けた。





































使用BGM


「愛/の/夢」 フ/ラ/ン/ツ/・/リ/ス/ト (ピアノ曲)

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