第23話 せな修行回
―――なーんか企んでる顔してるんだよなぁ、この人。
フラウさんの向かい、見慣れた隊長机の前に腰を下ろしながらオレは内心で小さくため息をついた。
居候の身だし、逆らうつもりなんて最初から無いけどね。
嫌なことをさせてこないのはもうわかってる。
けどフラウさんがこの笑みをする時は、身構えておいた方がいい。
「オレに何かお願い事? 配達の用事ってあったっけ?」
素直に聞いてみた。
「それよりせなくんの元気は戻ったかな? 落ち込んでいたようだが」
心配してくれる。
この世界の人は怒るという感情をどこかに置き忘れてきたのか?
「ありがと、もう平気だよ。でもやっぱりみんなの役に立ちたいって気持ちは変わらないかな」
「そうか。今後は危険の少ない魔物なら一緒に戦ってもいいかもしれない」
その言葉に身を乗り出す。
「いいの!? オレね、ちょっと試したいことがあるんだ!」
「あぁ、構わないよ。こちらも助けてもらっているしね。今から言う頼み事もその延長さ」
弾んだ声を出したオレとは対照的にフラウさんはどこまでも穏やかだ。
「頼み事ってオレじゃないとダメな用事なの?」
ふと思いついて尋ねると、フラウさんは肩をすくめる。
「いや、単純な話だよ。他の魔女たちは皆学校に行っている、だから君にしか頼めないというだけだ」
―――それに、と。
フラウさんの口元がゆっくりと吊り上がる。
あ、これオレが絶対にピンチになるやつだ。
「せなくんには人と話す練習をしてもらおうか」
さらりと告げられた一言。
とんでもない課題が軽い調子で投げ渡された。
「ななな……なんでそんなことを?」
思わず声が上ずる。
聞いたところで課題が無くなるわけでもないのに。
「今後は人前に出ることも増えるだろうからね。苦労して街中で配信ができるようにしたのも、そのためだ」
それとも、と続ける。
「せなくんは、このままぼっちでいるつもりかい?」
不敵な笑みでフラウさんがオレを見た。
「できらぁ!」
即答していた。
だーれがぼっちだ、誰が!
◇◇◇◇◇◇
「うぅ……お腹痛い」
人と喋れるとか啖呵切ったの誰だよ、ここに連れてこい!
オレはある店の前でお腹を抑えながら今にも蹲りそうになっていた。
とはいえ人通りのある場所でそれをやると完全に不審者なので必死に踏みとどまっている。
ぽかぽかした日差しに、風が銀髪をさらりと揺らす。
やけに気持ちいい。
……このままオレをどこかへ吹き飛ばしてくれ。
フラウさんからは、
「魔女たちの武器に使う部品を買ってきてくれないか」
と伝えられているだけだ。
遠くからざわめきが聞こえてきた。
街の人がこっちに気付いて様子を伺っているらしい。
オレの様子に不穏な空気を感じ取ったのか、遠巻きに見るだけで話しかけてこない。
みんな優しすぎない?
このまま店の前で固まっているのはさすがに迷惑だ。
覚悟を決めろ!
「えーい、ままよ!」
オレは目をぎゅっと閉じ、そのまま店の中へ飛び込んだ。
◇◇◇◇◇◇
「いらっしゃいませー!」
明るい声が店内に響いた。
レジの前では綺麗なお姉さんが満面の笑みでオレを見ている。
「ぁ、ぁぅ」
胸の前で手をぎゅっと握る。
しかし口を開いても、まともな言葉がひとつも出てこない。
いきなり詰んだ。
「こんにちは、せなちゃん」
固まっているオレなど気にもせずお姉さんは明るく話しかけてくれる。
どうやらオレのことは知っているようだ。
「やっぱりこうして目の前でお話するのは難しいかなー」
顎に手を当てて、うーんと悩み始めた。
オレが話せば解決するのに……。
なんだか申し訳ない気持ちになってきた。
「そうだ! せなちゃん、配信でお話ししましょうよ!」
名案を思いついたとばかりに、お姉さんがぽんっと手を叩いた。
―――配信?
一瞬きょとんとしたあと、
「……あっ!」
意味を理解したオレは、慌ててドローンを飛ばした。
「おーい! みんな見てるかー? せなだぞー!」
音もなく宙に浮かぶドローンへ向かってオレは手を振る。
後ろではお姉さんも楽しそうに手を振っていた。
:そろそろ唐突なのはやめにせんか?
:どこなのよここはww
:横浜市中区の〇車道通り近くのショップじゃない?
:え、これだけで答えられるのこわっ
「今日はフラウさんのお使いで買い物に来てるんだ!」
腰に手を当ててドヤ顔を決める。
「いらっしゃい、せなちゃん。イヤリングがかわいいわねー。今日は何を買いに来たのかな?」
お姉さんがくすっと笑いながら聞いてくる。
「えへへ、いいだろこれ。あ、えっとね、これ!」
オレはポケットをごそごそと探り、折りたたんだ紙を取り出してそっとお姉さんに渡した。
:いやお前誰としゃべってんの?
:おい、こいつもしかして…
:おねーさんと話せないから配信を仲介している…?
:まじかよ、まじかよ
:そうはならんやろ
:なっとるやろがい!!
お姉さんは受け取った紙をゆっくりと広げる。
目で内容を追いながら、ふと顔を上げた。
「ねぇせなちゃん。せっかくだし、少しだけお話しない? このままカメラ越しでね?」
:ナイスパスお姉さん
:せな修行回か
:スーパーせなになるんか
:これ以上強くなってどうする
:コミュ力はゼロだからな
オレをほったらかして好き勝手話しているリスナーたち。
けど仕方がないからそれに乗ってやるよ!
「わかった、何話す? 話題ちょーだい!」
:おんぶにだっこすぎて草
:お前ね
:お姉さんもさすがに苦笑してもうてるやんか
「そうねぇ。あ、そうだ学校は行かないの?」
顎に指を当て、お姉さんが首をかしげる。
仕草のひとつひとつがどれもかわいらしい。
「学校は行かないかな。魔物が来たら、すぐ動けないと困るからさ」
:意外とまともな理由だった
:せなのことだから人と話すのが怖いとか言いそう
:友達はいいぞ
:スマホの連絡先が家族だけでも生きていけるぞ?
:↑草
「ところでせなちゃんって、生前のお友達っていないのかしら。ご家族の方は残念だったそうだけど」
その言葉にオレは少しだけ考え込む。
言われてみれば不思議な話だ。
魔物として生まれてから雫以外に『オレを知っている』という人間に会ったことがない。
お姉さんも、触れていい話題かどうか迷っているのだろう。
探るような目でこちらを見ている。
オレはわざと軽い調子で口を開いた。
「オレ記憶ないからさ。今度、雫に尋問しとくよ。よく考えたらあいつには聞きたいことが山ほどある」
ぱしん、と拳を手のひらに打ちつける。
よし今度あいつを捕まえて吐かせよう。
:本人のいないところで痛い目を見ることが決定した雫ちゃん
:それなんて理不尽?
:その尋問俺も受けられますか?
:ばか、雫ちゃんの尋問配信が待っとるやろが
:変態どもはちょっと黙ってて
お姉さんはチャットを覗き込み、次の瞬間『やばっ』という顔をした。
「このままだと雫ちゃんが危なさそう。ちょっと品物取ってくるわね」
言うが早いか、足早にバックヤードへ消えていく。
オレはドローンに向かって首をかしげた。
「なぁおまえら、拷問器具って魔力で作れると思う?」
その後無事に品物を受け取ったオレは、意気揚々とフラウ号へ帰路についた。
―――――今日はパーフェクトコミュニケーションだったな!




