第9話 女の子が部屋で会議をするようです
コンコン
「雫、入ってもいいかしら?」
私はスカイ号にある雫の部屋の扉をノックしながら尋ねた。
スカイ号というのはフラウ隊長の戦艦の名前。
他の隊員は名前のセンスが無いって呆れてたけど、私は分かりやすくてとても良いと思ってる。
「赤里先輩ですかぁ? いいですよー」
私が尋ねてから返答があるまで少し時間がかかった。
あのせなっていう魔物の女の子に接触するための準備をすると言っていた。
だから私の訪問に気付くのが遅れたのだろう。
「入るわね」
念のためもう一度断りを入れながら扉を開け、部屋の中へ入る。
「ごめんなさい先輩、これからの準備で今、荷物の整理してて」
やはり雫は部屋の中を慌ただしく動き回って片付けをしている様子だった。
「いいの、急に訪ねてきてごめんなさい」
「あ、迷惑だなんて思ってないですからね! 先輩なら大歓迎ですよー!」
そう言いながら雫は足を止め、私を見てから両手を左右に振った。
「何の準備……って聞くまでもないわよね、あの子の事でしょう?」
「そうですねぇ」
腕を組むように左手で右肘を支え、右手を顎に当てた雫がつぶやく。
「実は準備と言っても特にすることは無いんですよね」
「どういうこと?」
「一時的にこの部屋を拠点にするために実家から荷物を持ってくるだけでいいんです。先輩に会うまでは行動範囲が広くなるスカイ号のほうがやりやすいですからねー」
感情が乏しいというほどではないけど淡々と話す雫は、以前フラウ隊長と一緒に話した時のような感情で突っ走る様子は何一つ感じない。
この子って普段は冷静で頭の回転がはやいんだけど、すぐ暴走気味になるのよね。
「何も策を考えてないってこと?」
思ったことをそのまま尋ねた。
「うーん、考えてないというか必要ないんですよね。とにかく私が魔物とどれだけエンカウントできるか、それが大事なんですよ」
雫はあっさりと言い切った。
「魔物がいるところにあの子が来るからってことね」
私の言葉に、雫は『その通りです』と言わんばかりに頷く。
「ですねー。そこでしか話すチャンスはないでしょうからね」
言い終えたところで、雫がはっとしたようにこちらを見る。
「あぁ! ごめんなさい先輩を立たせたままで。ちょっと狭いですけどこっちへ座ってください」
「ありがとう、でも気にしないでね」
雫はぱたぱたと床の荷物を端へ押しやると、クッションを持ってきて私の前に置いた。
そのまま、色違いのクッションをもう一つ抱えて向かいに座る。
自然と視線が合う距離だ。
「本当にあの子を人間側に招き入れるの? フラウ隊長も似たような気持ちのようだったけど、動画でイノシシ型を倒した彼女の魔力量をあなたも見たでしょう? あれは私たち個人の魔力を軽く凌駕してるわ。危険よ、危険過ぎる」
俯き気味に早口でまくし立ててしまう。
慌てて顔を上げると目の前にはにっこりと笑った雫の顔があった。
「? どうしたの?」
私は首をかしげる。
「いえー、先輩ってまじめだなーって思いまして」
「だって誰もあの子のことを疑ってないじゃない、さすがにその判断に対しては私だけでも疑問を持つべきだと思うわ」
そう言うと、雫は面白そうに目を細める。
「先輩は慎重にならなきゃならないと……あ、違うか」
少し考えるように顎に指を当ててから続けた。
「誰も疑わないなら、自分だけでも疑いを持ち続けなきゃって考えてるんですよね?」
「……」
私は答えず視線をそらす。
「図星ですねー」
ほんとうにこの子は鋭い、対峙していると頭の中を覗き込まれている感覚になる。
なんでこの頭の良さを戦いで使わないのかしら。
雫は魔物と戦うといつも感情的になってしまい、今みたいに冷静に相手の思考を読もうとしない。
魔物との戦いのセンスに関してなら、私は雫に負けないだろう。
「先輩?」
考え込んでいた私の顔を覗き込むように雫が様子を伺ってきた。
「雫の言う通り図星よ、痛いところを突かれてびっくりしちゃったの」
降参とばかりに両手をあげた。
「だからといって雫が積極的に介入する必要はあるのかしら? 魔防課の人や、一般の人に任せても良いとは思わない?」
「魔防課に関しては隊長が睨みを利かせてますよね、せな先輩に関わるなって。それから一般人ですがさすがに説得力に欠けるでしょうね、目の前の人が無害でも飛び込んだ先が自分を殺す魔女で溢れているかもしれないと疑うでしょうから」
それに、と真剣な顔をした雫は話を続ける。
「金城先輩が九州出張でこちらにいない今がチャンスなんですよ。あの人の場合『うるせえ! 一緒に行こうですわぁ!』とか言ってしまって、ビビったせな先輩はすぐ逃げちゃうでしょうし。警戒心を上げてしまいそうです」
「……そうかもしれないわね」
雫の完璧すぎる声真似に、脳内で金城先輩が勝手に再生された。
似すぎじゃない?
思わず苦笑する。
「でしょう? なので一般の人には申し訳ないんですけど、魔物には出てきて欲しいんですよね」
雫は困ったように笑いながら肩をすくめた。
「魔物をおびき寄せるために魔物が必要というのもおかしな話ね」
「まじめな先輩に話す内容ではないとわかってるんですけど」
少し申し訳なさそうな顔だった。
「構わないわ」
私は首を振った。
「魔物が出ても私たちが全力で守ればいい、そうでしょう?」
一瞬きょとんとした雫だったが、
「やっぱり先輩は優しいですね」
雫が微笑みながら言う。
優しいのは雫の方よ。
そう心の中で返しながら、私はふと別の疑問を口にした。
「ところであの子、雫の他に知り合いはいないのかしら?」
その瞬間、雫がぴくっと反応した。
「……あー」
視線が泳ぐ。
その様子を見る限り、何か知っている顔だ。
「いるかもしれませんね。けど前にも言った通り、私より小さくなってますから気付いてないのかもしれませんよー」
それより、と雫がぽんと手を叩く。
「先輩、この後お茶しに行きませんか? お出かけしたいですー!」
ぱっと顔を輝かせる雫に私は思わず笑みを返す。
「あら、いいわね」
屈託なく笑うその顔を見ていると、さっきまでの疑問がどうでもよくなってくる。
気がつけば私は、雫の頭へ手を伸ばしていた。
「えへへー、先輩に撫でられるのって心地いいですねー」
甘えるような声でそう言われ思わず頬が緩む。
「ふふっ、ありがとう」
雫は少しだけ表情を引き締め、まっすぐ私を見た。
「私、絶対せな先輩と話して、そしてお礼を言いますよ。助けてくれてありがとうって」
頭を撫でられながら語る彼女の瞳には決意があった。
けれど、どこか寂しそうにも見える雫の顔を見ていると、ずっと疑問に思っていたことを結局私は口にすることができなかった。
―――――あなたと、あなたが「せな先輩」と呼ぶあの魔物の間にいったい何があったの? と。




