20話 未来にはない存在
「お前はまたサボってんのか!!!」
ゴツンッ!!
レオルドの頭に鈍い衝撃が走った。
「っっってぇ……!」
目を覚ますと、そこには腕を組んだカイゼル団長が立っている。最近のレオルドはミリルの素振りの時間にも会いに来ていた。
近くではミリルが少し心配そうな顔をして見ている。キュウもカイゼルに驚き、ミリルの肩へと飛び移っていた。
「遠征先について大事な会議があるって言っただろ。公爵も来るんだ、早く戻るぞ」
チッ、と露骨な舌打ちをするレオルド。
「仕方ねぇな」
立ち去りかけたところで、ふと思い出したように振り返った。
「そいやミリル。お前にお願いがある」
「何でしょう?」
レオルドはキュウを指差した。
「そいつ、しばらく預かっててくれ」
「キュー?」
首を傾げるキュウ。
ゴツンッ!!
再びカイゼルの拳骨が飛んだ。
「いっっってぇ!?」
「お前!! お嬢様に何お願いしてんだ!!」
騒がしい二人を見ながら、ミリルは少し唖然としつつも答える。
「……私は構いませんけど」
「キュ!」
その言葉を聞いた瞬間、キュウは嬉しそうにミリルへ擦り寄った。
小さな身体を懸命に押し付けてくる姿が可愛らしく、ミリルの頬も自然と緩む。
「詳しいことはジェラルさんに聞いてくれ! じゃあな!」
それだけ言い残し、レオルドはカイゼルに引きずられるように去っていった。
その日の夕方。
ミリルはキュウを肩に乗せ、ジェラルを訪ねて執事室へ向かった。
トントントンッ
「ジェラルはいるかしら」
扉を叩くと、すぐにジェラルが姿を見せる。
「ミリル様。いかがされましたか?」
「この子を面倒見て欲しいと、レオルド副騎士団長からお預かりしたのですが、詳しくはジェラルに聞いてくれと言われまして」
「なるほど。そういうことでしたか」
ジェラルは穏やかに微笑んだ。
「立ち話もなんです。どうぞ中へ」
執事室の中は、相変わらず綺麗に整理整頓されていた。書類は寸分の乱れもなく並び、本棚にも埃一つない。
ミリルがソファへ腰掛けると、ジェラルは慣れた手つきで紅茶の準備を始めた。
「キュウ様は、以前から時折お預かりしていたのですが…私含めどうもレオルド様以外にはあまり懐かれなくて」
簡単な菓子を皿へ盛り付け、テーブルへ置く。
「そのように誰かにくっついているお姿は、私も初めて見ました」
キュウはミリルの膝の上で落ち着いていた。
「私達がお預かりしている間、とても寂しそうにしておりましたので、レオルド様もミリル様なら安心だとお考えになったのでしょう」
紅茶が静かに注がれていく。
「そうなのですね」
「後ほど、お部屋へキュウ様のお泊まり道具もお持ちしますね」
ジェラルはキュウへ微笑みかけるが、キュウは、ぷいっと顔を逸らした。
その様子に、ミリルは思わず小さく笑う。
「ありがとうございます」
するとジェラルは引き出しを開け、何かを取り出した。
「こちらもどうぞ」
それは、鉄のような光沢を放つ腕輪だった。
「キュウ様の天敵は猫ですので、もし猫に遭遇した際はこちらを身につけていただければ、多少の猫避けになります」
「……これって」
その瞬間。
ミリルの脳裏に、ぼんやりとした未来の記憶が蘇った。
具合の悪そうな猫を抱え、ジェラルへ相談している自分。
『生憎、私にはペットがおりますので、お預かりはできませんが…すぐに獣医へ見せ、他の従者の部屋で預かりましょう』
あの時。
ジェラルの腕には、まさに同じ腕輪がついていた。
「ジェラルも、ペットを飼っているのですか?」
「いえ。執事長の身ですので、自ら飼うことはございません。お預かりすることはありますが」
その答えを聞き、ミリルの表情がわずかに曇る。
「……レオルド副騎士団長は、本日からどちらへ遠征に?」
「申し訳ございません。旦那様の許可なく派遣先をお伝えすることはできない決まりなのです」
ジェラルは静かに頭を下げた。
ミリルの胸には、小さな違和感が残っていた。
未来の記憶の中で、カイゼルの姿は見た。
行事のなかで他の騎士団の姿も見かけたことがある。
けれど、レオルドだけがいない。
(……未来でジェラルが飼っていたペットって、もしかしてキュー師匠?)
嫌な予感が、じわりと胸の奥へ広がっていく。
記憶は曖昧だ。
けれど、十四歳の誕生日の日。
自分は猫と庭園にいた。
屋敷は妙に騒がしく、父が慌てた様子で外へ出ていくのを見かけている。その数日後、バルグ村付近へ派遣された騎士団が全滅したという噂も耳にしていた。
「では、レオルド副騎士団長はいつまで遠征なのでしょうか? 私の訓練はどうなるのかと思いまして」
「二週間ほどの予定です。訓練は残った騎士へ引き継いでいるはずですよ」
「…騎士団長も今回一緒にいかれるのでしょうか?」
「カイゼル様は明日からもこちらにおりますが…」
「そうですか…」
十四歳の誕生日まで、あと十日。
もしかしたら…
不安が、静かに頭をよぎっていた。




