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11話 断罪の始まり


ミリルは魔術訓練を終え、仮眠を取っていた。



──コンコンコンッ!!


「お嬢様!! 大変です!!」



慌ただしいノック音に、ミリルは飛び起きた。


「あれ……私、寝過ごしたかしら」



扉の向こうから、侍女の焦った声が飛んでくる。


「シアン第一王子殿下が急遽ご来訪されました!!」



「…………え?」



一瞬、思考が止まる。


背筋に氷を流し込まれたような感覚が走った。



シアン・アステリオ第一王子。


未来で、自分を断罪した男。


嫌な予感しかしない。




◇ ◇ ◇



応接室へ入った瞬間。



ミリルの足が、一瞬止まった。



空色の髪に、海を思わせる蒼い瞳の少年が、静かに壁の絵画を眺めていた。



(この人が、未来の私の初恋相手なのよね……)



足音でミリルの存在に気づいたのか、少年はこちらへ歩み寄り、優雅に頭を下げる。



「初めまして。シアン・アステリオと申します。ミリル嬢、本日はお会いできて嬉しいです」



頭を上げたシアンは、完璧すぎる笑みを浮かべていた。


ぞわり、と背筋が粟立つ。


作られた笑顔だ。


子供らしい無邪気さなど、欠片もない。



(お会いできて嬉しいって……お父様がいない隙に勝手に来ておいて…こちらは嬉しくないわよ)



言葉と態度の噛み合わなさが、未来の傲慢な婚約者の姿と重なり、ミリルは内心苛立っていた。



しかし。



「ミリル・レシリアと申します。こちらこそ、お会いできて光栄です、シアン殿下」



ミリルもまた、完璧な笑顔を返した。



礼儀を欠く行為と知りながらも、決して頭は下げない。


シアンは柔らかく微笑む。



「急な訪問で申し訳ない。本当はミリル嬢の十二歳のお披露目パーティーで挨拶する予定だったんだ。でも君は体調を崩して欠席していて、それから半年以上も療養中だと父から聞いて……」



シアンは不意にミリルへ手を伸ばし、


その両手を包み込むように握った。



「心配になってしまってね」



ぞわっ。


本心とは思えない憂いを宿した瞳に、鳥肌が立つ。


ミリルは反射的に手を振り払い、「立ち話もなんですから」と応接室のソファへ着席を促した。



父は王家へ、“娘は身体が弱い”と報告しているらしい。


(だから未来の私は、学園入学まで人前へ出なかったのね)


貴族なのに魔力のない“呪いのお姫様”を見られるのが、恥だったのだろう。



侍女たちが、お茶の準備を進めていく。



王子付きの侍女が、毒見のためティーカップへ手を伸ばした。





──その瞬間。




脳裏に、焼けつくような記憶が蘇る。


床へ崩れ落ちる侍女。

紫色に変色した唇。


騒然とする応接室。



ティーポットから毒が検出され、『レシリア公爵家が第一王子を毒殺しようとした』と王家から疑いをかけられる。


執事のジェラルは犯人として自首し、そのまま処刑された。



犯人が執事だとしても、本来なら公爵家にも監督責任を問う処分が下るはずだった。


爵位の降格、あるいは返上。


それほどの大事件だ。



だが、王家は何故かレシリア公爵家を罰しなかった。事の重大さに反して事件は不自然なほど早く幕引きとなった。


それどころか。


毒殺未遂のあった家の娘であるはずのミリルは、そのまま第一王子の婚約者となったのだ。


当時のミリルは、“王家の温情”だと思っていた。



数年後。


父とカイゼル騎士団長が言い争っている場面を、ミリルは偶然目にした。



「私たちはもう限界です……! 睡眠も取れず、休みもない! 家族に会う時間すらありません!」



左腕を失った騎士は、苦しげに声を震わせる。



「そのうえ派遣先は魔獣の多い僻地ばかり……! 出兵命令も多すぎる! 一箇所に十名ほどしか送れず、死者も増え続けています!」



騎士は唇を噛み締め、絞り出すように続けた。



「退職者も後を絶ちません……! このままでは、レシリア家から騎士がいなくなってしまいます……!」



「……申し訳ない」



父の顔は見えなかった。


だが、強く握り締められた拳だけは、今も鮮明に覚えている。



その時、ミリルは悟った。


レシリア公爵家は許されたのではない。


ゆっくりと殺されていたのだ。




(なんで……こんな大事なことを忘れていたのよ……!)



十八歳まで生きたミリルの記憶は、決して万能ではない。

古い記憶ほど曖昧で、霞がかかったように抜け落ちている。



毒殺未遂と断罪。


あまりにも、自分が処刑された時と似ている。


これが、ただの偶然とは思えなかった。




まずい。



どうすれば…



ここで止めなければ、何も変えられない。


ミリルは唇を強く噛み締めた。

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