第4話 天才錬金術師、街へ出る
暖かな春の日、雲一つない晴天の下、アルカディアは一人で賑わう大通りを歩いていた。
端には所狭しと露店や店が並び、行列ができている店舗もある。
(……ほえぇぇ、これは活気のある街だな。ここの地区以外もこんな感じなのかな)
アルカディアが住む地区は【金剛石】地区だ。この他にも7つ地区があり、広大な王都シェルフォリアを埋めている。
王都は巨大な城郭都市で、周囲を堅固な城壁が囲み鉄壁の守りを可能にしている。
また、王都の中央には【自由開放地区】があり宗教や地区に関係なく多種多様な人々がいる。
錬金術師を育てる複数の学院があるのも、【自由開放地区】の特徴だ。
今は平然としているアルカディアもこの国、サンドバル王国の国内状況を知って驚いた。
王家を中心とした中央集権国家ではあるが、実際はその下にいる【八家】と呼ばれる八の家々が裏で権力争いを繰り広げている。
これだけならまだしも、さらにその八家それぞれが独自の宗教を持っていて、崇める神が違うことから要らぬ争いを避けるため明確に地区を作り、住む場所を分けている。
これだけ聞くと、アルカディアもその宗教の信徒になるのか、と思われるがそうでもない。
ブライト達のような平民でも信徒である者と信徒でない者がいる。
たまたまその地区に住んでいるだけ、という家も結構ある。
基本的に各宗教の信徒達は自分達の宗教地区以外へ行くことはない。自由に出入りも出来るが、わざわざ他の神を崇める地区へ行く必要などないのだ。
そんなこともあってか、国を揺るがすほどの宗教衝突は起こっていない。
起こればそれこそ王都は大混乱、国の存亡に関わってくる。
ちなみに、王家は各宗教に一切関わることはなく、公平中立な立場を保ち続けている。
未だ【金剛石】地区から出たことがないアルカディアにとって、この地区だけが街みたいなものだ。
あれから一年が経ち、6歳になったアルカディアはやっと一人で出歩くことを許された。
多くの条件は付いているが、リーゼを説得するのは大変だった。
(……いつもは母上がいて、行動に制限がかかってたからな。自由に羽を伸ばせるのは気持ちいいことだな)
アルカディアはそんなことを思いながら適当な露店で焼き串を買い、ぶらぶらと散策する。
すると、少し開けた円状の広間にちょっとした人だかりが出来ていた。
(何だろう? 面白そうなことかな)
刺激を求めて、隙間を縫いながら前方へ抜けたアルカディアはがっかりした。
行われていたのは、子供向けの錬金術の見せ物だった。よく見るとアルカディアと同じくらいかそれ以下の子供くらいしか見当たらない。
後方にいたのは、その子供達の親だった。
きびすを返してもと来た道へ戻ろうとしたアルカディアだったが、見せ物をしている男が描いた錬成陣を見て足を止めた。
――"錬成陣が薄い"
これが、アルカディアが率直に思った感想だった。
そして、一つの答えに辿り着く。
(そうか、古代と現代の錬成陣の明確な違いは……その厚さだったのか。錬成陣の円の中に刻む構築式が短ければその分錬成陣が薄くなる、現代はそれが主流――いや、当たり前として認知されている。そして、その理由にも納得がいった。古代では錬金術を"戦い"の場に使われることがほとんどなかったが、今は違う。戦い方そのものに錬金術が外せなくなっているんだ。その場合、大事になるのは錬金術を発動する"速度"だ。戦いの最中に悠長に錬成陣を描き、構築式を刻んで発動する隙なんかないからな。少しでも速度を速めるために錬成陣が薄くなっていった……)
アルカディアの長年のモヤモヤが解けた瞬間だった。
錬金術の質を落としてでも、速度を重視した結果こうなった。
「ああー、スッキリした」
アルカディアはそう口にすると、満足そうな顔でその場を去った。
◇◇◇
時刻は正午を回り、午後14時に差し掛かろうとしていた。
(まだこんな時間だけど、早く帰らないと母上に何て言われるか……帰るか)
鬼の形相をしたリーゼの顔を思い浮かべたアルカディアは大人しく帰宅することにした。
(時間はまだたくさんあるし、じっくり見ていくことにしよう)
人混みが少ないところを見極めながら歩くアルカディアのもとに突如、複数人の叫び声が届いた。
「キャアアアア!!」
「錬金術泥棒だッ、誰が捕まえてくれ――!!」
――錬金術泥棒とは何ぞや、とアルカディアは突っ込みたくなったが、錬金術で泥棒とはけしからん、という感情が優先し彼は後ろへ振り向く。
道行く人を蹴飛ばし、強引に道を開いて来るフードを被った男が迫る。
気付いた人々は端に避けており、通りの中央には錬金術泥棒と6歳のアルカディアだけという異様な状態が出来上がった。
錬金術泥棒の男は退く気配のないアルカディアを見て、怒声を張り上げる。
「んのガキッ、殺されたくなかったらそこどけやぁッ!!」
「……6歳の子供に何て言葉を吐くんだ。――けしからん」
アルカディアは嘆息すると、ポケットから革製の手袋を取り出し着ける。手の甲の部分には、縮小された錬成陣が刻まれている。
アルカディアお手製の、手合わせ錬金用の手袋だ。万が一に備えて作っておいたものだ。
錬成陣にある構築式にはこうある――
――"土から鋼鉄へ……形状は四角、範囲は4メートル×4メートル"だ。
手袋をした両の手のひらを合わせると、パンッと音がする。
慣れた手つきで足下の地面へ手のひらを置くと、バジジジと雷がほと走り薄紫色の錬成陣が浮かび上がる。
するとすぐに前方の地面が抉れ鋼鉄に錬成された4メートル四方の壁がアルカディアを守るべく立ち塞がる。
対して錬金術泥棒は一瞬顔を歪ませるが、自らも嵌めておいた手袋で錬金を行い、短剣を出現させる。そのまま勢いを殺すことなく突進してくる。
(……貫けるものなら貫いてみろ)
アルカディアは自信満々にそう呟く。
「うおおおおおお」
雄叫びを上げ壁へ刃を突き立てる錬金術泥棒だったが……呆気なく刃は折れ宙を舞った。
「……はぁ?」
呆然とする錬金術泥棒だったが、騒ぎを聞きつけ追ってきていた錬金警備隊に背後から押さえつけられ身柄を拘束された。
(錬金術の質なら、負けるつもりはない)
周囲の群衆に多少目撃されてしまったアルカディアは子供の体躯を活かして逃げるように去っていった。
「……んんむ、これほどの鋼鉄を錬成するとは……よほど高名な錬金術師なのだろうな」
錬金術泥棒を取り押さえられた警備隊の一人の呟きは誰にも聞かれることなく風に乗って流された。
◇◇◇
アルカディアは細い通りを抜け違う通りへ出ようとした矢先だった。
「――おい、坊主」
野太い熊のような声がアルカディアの背後から聞こえてきた。