第3話 天才錬金術師、1005年ぶりに錬金術を使う
古代の錬金術師アルカディアが1000年後の世界に転生して早5年が経った。
2歳での錬金術は母リーゼに禁止され、約3年間アルカディアは悶々とした日々を送っていた。
リーゼはブライトもドン引きするほどの過保護で、ブライトがアルカディアに錬金術を見せようとした時も必死になって止めた。
――まだ早いと。
これにはさすがにアルカディアも疑問を持った。なぜここまで、リーゼは錬金術を忌避するのか。
アルカディアの知る限りリーゼは自身でも錬金術を使わない。
何か理由があるはずと考えたアルカディアは父ブライトに尋ねた。ブライトは初め躊躇う様子を見せたが、アルカディアに話してくれた。
「母さん方のじいじとばあばがいないのは分かるよな?」
「うん」
リーゼ方の祖父と祖母がいないのはアルカディアも薄々勘付いていた。
ブライトもその事に触れることがないので、アルカディアも避けていた。病気で亡くなっているのではないか、と勝手に推測もしていた。
――だが、
「……実は、母さんの両親はすでに亡くなってる。――それも、病気なんかじゃなくて錬金術に関わって死んだんだ。10年前だったか……俺と同じく錬金術師兵団所属だった義父のロルフは【黒腕】の二つ名を持つほどの錬金術師だったが、ある時を境に錬金術に憑りつかれた。錬金術に関して人体はタブーだ。人体錬成や人体を媒体に使うことは禁忌とされている。……それなのに、ロルフは自身の妻を錬金術の媒体として錬成した。後にそれが発覚してロルフは【神敵】認定され、死んだ。そんなことがあって、リーゼは錬金術をよく思っていない。俺が錬金術師兵団に入ろうとした時も涙を流して止められたよ。まあ色々あって許してもらえたけど。そんなところだ、どうだ納得したか?」
「うん、……でも僕はやっぱり錬金術を使いたい」
「そうか、なら……父さんも一肌脱ぐとしよう」
ブライトの言葉通り、親子の熱心な説得もありリーゼは認めた。
そして今、家の小さな庭にアルカディアはいた。リーゼは少し離れたところのベンチに腰掛けている。
「よし!!(やっと錬金術を使える……ッ、苦節1005年禁断症状が出ながらも耐えた甲斐があった。さーて、何を錬成しようか)」
無邪気に笑い、はしゃぐアルカディアを見てリーゼを微笑みを見せていた。
(3年前と比べて錬素の量も増えた……行使できずに気を失うことはないだろうけど……まずは練習がてら初歩的なことからやるか)
アルカディアは左の手のひらを地面に置き、錬素を流し込む。
止まることのない川の流れのようにスゥッと円が描かれ、続けて構築式も刻まれていく。
("土から鉄へ……先端は鋭く、持ち手は丸く平らに――")
円の中にアルカディアのイメージした通りの構築式が刻まれていき、適度な隙間を開けつつ全体をは等しく覆うようにしていく。
やがて完成した錬成陣の中央に空いた右の手のひらを置く。
(おおおお……この感じだ、全身が湧き立つ……)
やがて錬成陣から出てきたのは、一本の釘だった。鈍く光る釘は鉄でできていた。
周囲をよく見ると、とある地面の部分が少しだけ凹んでいた。
――等価交換の法則である。
地面の少しの土が鉄に錬成され変化したのだ。
何を錬成するにしても、この法則は無視できない。
10グラムの釘を錬成したいならば、媒体となる何かを10グラム用意しなくてはならない。
アルカディアは錬成した釘を手に持つと、リーゼの下へ駆け寄る。
「母上、釘が錬成できました」
「あら、凄いじゃない。……アルちゃんは本当に錬金術が好きなのね」
「うん、大好きだよ」
「これなら、アルちゃんも錬金術師になるために……」
「――ん?」
「ああ、何でもないわ。それにしても、アルちゃんの錬成陣は随分ぎっしりと構築式があるわね。あんまり見たことないけど」
リーゼのとある言葉に、アルカディアは疑問を抱く。彼の知る錬成陣には大きな余白などはなく、7、8割以上は構築式で埋まっている。
7、8割でぎっしりと言うなら、この時代の錬成陣はどのようなものなのか疑問を持つのは当たり前だろう。
(まあ、1000年も経ってるんだから古代とまんま同じなんてことはないと思っていたが……どうやら錬成陣に違いがありそうだな)
アルカディアは何となくあたりをつけると、次なる錬成を行うべく思考をとばす。
(鉄の釘を媒体に……金剛石でも錬成してみるか。今の身体なら何とか出来るだろう)
アルカディアは簡単そうにそう言うが、金剛石となると、中々の難易度になる。
そもそも、錬成する対象の名称を知っているだけでは構築式はできない。
名称はもちろんのこと、特性や構造などを理解してそれを構築式に落とし込むことが重要である。
知ったかの構築式でも対象を錬成出来るが、何よりも質が悪くなる。
金剛石で言うとその硬度に定評があるが、質が悪くなれば硬度そのものが落ちる。
錬金術において、"理解する"というのは大事なことなのだ。
相応の実力を持つ錬金術師というのは、頭でしっかりとした理解がある。
その点、アルカディアの理解は当に5歳のレベルを超えている。
アルカディアは慎重に錬成陣の円へ構築式を刻んでいく。
(構築式は、"鉄から金剛石へ……規則正しく、結晶を構造し……より硬く硬く……形状変化は、なし")
先程よりも一回り大きな錬成陣が淡く光りだし、鉄の釘は美しい金剛石へと錬成された。
一気に身体から力が抜ける感覚を覚えるアルカディアだったが、耐えた。
我ながら見事な結果にアルカディアはほくほく顔だ。
テンションが上がったアルカディアは金剛石を手に取ると、再びリーゼの下へ。
「母上!! 見てください、金剛石ですっ」
「…………」
「は、母上……?」
リーゼの眉がピクピク動いていることに気付いたアルカディアだったが、無言の理由は分からない。
(え、もしかして言葉にならないほど嬉しいのか?)
的外れな予想のアルカディアとは反対に、リーゼは失神しそうになるのを我慢し吠えた。
その叫びの威勢は野犬の如く、だかしかし美しい女性の声であったことに変わりはない。
――結果として、アルカディアは約三ヶ月もの間錬金術を禁止され、リーゼが見繕ってきた家庭教師による勉強をさせられることになった。
帰宅した父ブライトは哀れな表情を向けてはくるが、決してリーゼに取り合うことはしなかった。
(……くそぅ、父上に威厳があれば……ッ)
アルカディアは涙を呑み、勉強に明け暮れたのだった。




