疑念 1
オアシスから蓮瑛を連れ帰り、彼女を侍女達に託したシンシャは、龍の巫女の情報収集の為に部隊を組織した。
蓮瑛と隊商の隊長や他の商人達も嘘を言っているようには思えなかったが、にわかに信じられない部分もあって、確認せずにはいられなかった。
「龍華国の情報を早く手に入れたい。馬を換えて急げと伝えておけ」
王都のオアシスから龍華国の都まで、およそ二百里ほど。通常、馬での旅でも半月ほどの旅程が必要だが、宿場ごとに馬を乗り換えればもう少し短縮できるだろう。
「一月前の定期連絡では、確かに新しい巫女が現れたというような噂があるとの報告はありましたが……」
シンシャの指示を各部署に手配したランフォンが呟く。
碧砂国は龍華国の都の一角に交易の拠点を構えている。
通常の業務は本国の商品を市場で販売することなのだが、商売の一環で得た情報を本国に持ち込むことも行っている。取引によって得られる噂話や市場の動向などを中心に報告されていた。
前回の報告では、龍の巫女が代替わりするかもしれないという噂があることをシンシャとランフォンは把握していた。
しかし、本当に驢馬の荷車で旅をしてきたという証言が正しいのであれば、一ヶ月半以上前には都を発っていなければ碧砂国には辿り着けない。
王であるシンシャは蓮瑛を受け入れたが、彼女の存在はランフォンとしては半信半疑であった。
ランフォンの中の蓮瑛への不信の念を見抜いていたのかシンシャが呟く。
「龍華国側が、わざと情報を止めていたのかもしれないな」
「は……?」
「蓮瑛殿の出発と同時に親書を持つ使者が出発していれば、遅くとも半月前には私の下に届いていたはずだ。同じ頃に民へ触れ書きが出ていれば、同胞から緊急連絡が入っただろう。そうすれば、少なくとも彼女の荷車が壊れる前に迎えに行くことは出来た」
親書には花嫁一行の情報も到着日についても言及がなかった為にシンシャ達は迎えに行ったのだ。
龍華国の最重要人物であるはずの龍の巫女に何かあれば、二国の関係に今以上に亀裂が広がるのは必至。警備体制が分からぬ以上、急いで一行と合流する必要があったのだ。
結果として、荷車が壊れたものの蓮瑛は碧砂国の隊商に保護され、シンシャ達と出会うことが出来た。だが、ちゃんと連絡が届いていたのなら、もっと早くに迎えに行けたはずだ。そもそも、きちんとした旅の装備を整えてやれば蓮瑛は遭難や盗賊からの襲撃などという危険は最小限に抑えられたものだ。
「まさか、龍華国は我が国と戦をするつもりで……」
龍の巫女という貴人の仇を取ると言う大義を得て攻め込む口実にする気かと、にわかに気色ばんだランフォンだったが、シンシャは首を横に振った。
「有り得ない話ではないだろう。だが、我が国を押さえたところで、その統治が難しいことはあちらもよくよく理解しているはずだ」
龍華国が碧砂国を侵略するメリットは限りなく薄かった。
碧砂国は国土の大半を砂漠に覆われ、厳しい自然条件に耐える民がいてこそ成立する土地だ。西方との交易拠点が唯一の魅力だろうが、それだけで侵略の価値があるとは言い難かった。
砂漠は豊富な資源も無く、定住するには困難が伴う。龍華国の人々は比較的豊かな土地で暮らし、砂漠の過酷さを知らない者が多い。戦争による疲労も予想され、国力の消耗は不可避だ。交易拠点を手に入れたとしても、その運営には碧砂国の民の協力が不可欠であり、侵略は敵意を招き、交易にも支障をきたす可能性がある。
結論として、やはり龍華国による侵略は現実的ではないと言わざるを得なかった。