疑念 2
命令から二日後。
予想外にも調査部隊が帰還した。その早さに驚きつつも、理由を知ると納得した。碧砂国の国境を出たところで、龍華国から情報を持って戻って来た現地調査員に調査部隊が行き会ったのだ。
連絡手段が機能しない状態ではなかったことが分かって、シンシャを始め多くの者達が安堵した。
「さて。お前達が得た情報を教えてくれ。何が分かった?」
シンシャが問いかけると、現地の調査員が口を開いた。
「碧砂国の龍の巫女が代替わりしました。新しい巫女は天女の如き美しさで、素晴らしい力を持っていると都中で称賛されております」
シンシャは聞きながら頷いた。外見や能力については知らないが、代替わりについては蓮瑛や隊商の者達から聞いている。
彼の言うことには、前任の巫女・蓮瑛の能力は非常に低く、雨ばかり降らせていたということだった。彼女が16歳の誕生日を迎えてからは更に酷くなって、毎日雨ばかりが続いたのだとか。ほとほと困り果てていたところへ神託が下り、新しい巫女が迎えられた。
「前任の巫女は神を裏切り、貶めた罰として国外に追放されたと国中に触書が出ております」
「何だと!追放先だというのか、我が国を!」
憤慨するランフォンを制し、シンシャは続きを促す。
「また、こちらは民までは下りてきてはいない情報ですが、新しい巫女である香蘭は立丞相の娘という話です」
「立丞相?」
立丞相――立雲天、龍華国の中でも名高い一族・立家の当主の名前である。
その名は国内外に知れ渡り、その権威は頂点に達している。丞相とは龍華国の最高行政官であり、皇帝の最も信頼のおける助言者であった。彼の判断と行動は国家の命運に直結し、国の安寧と発展に多大な影響を与える人物である。
これ以上はまだ調査中であるとのことで、新たな情報が寄せられるまでの間、報告は一旦終了となった。
シンシャは調査員達をよくよく労うと側近であるランフォンだけを残し、後は退室させた。
「一気に話がキナ臭くなったな」
「まだ確認すべきことは多いですが、まさか立丞相の娘が新しい巫女とは思いませんでした。この就任も何か裏がある可能性も考えられます」
ランフォンの返答にシンシャは頷く。しばしの沈黙が続いた後、シンシャは静かに口を開いた。
「蓮瑛殿についてだが、私は彼女が未だに力を持っているだろうと考えている。その力を使って、我が国の砂漠化を食い止めようと思っている」
ランフォンは少し驚いた表情を見せたが、神の力にも似た風の力を思えば、すぐにシンシャの言葉を理解することは出来た。
「砂漠化を?」
「そうだ。たとえ蓮瑛殿の力が水を降らせることに特化していたとしても、それを利用する方法はいくらでもある。水源を確保し、水路を整備すれば、砂漠の拡大を食い止める一助となるだろう。洪水や災害についての懸念もあるが、その一方で我が国を豊かにする好機ともいえる」
シンシャの言葉は熱意に溢れていた。彼は自分の国を愛し、その国土を守りたいと心から願っていた。
「ただし、大事なことを忘れてはならない。蓮瑛殿の同意なくして、どんな計画も始まることはないということを」
熱い思いを語り終えると、シンシャは深呼吸をしてゆっくりと拳を開いた。
「私は龍華国のように、彼女に無体を強いるつもりはない」
彼は冷静な表情を取り戻し、周囲の空気も一段と静寂に包まれたのだった。
シンシャが殊更に蓮瑛の意志を尊重しようとする理由は、王宮で蓮瑛を診察した医師の報告が発端であった。
「蓮瑛様は、長期に渡る毒物の摂取が疑われます。また、栄養失調が進行しており、体力が著しく低下しております」
蓮瑛を報告の内容にシンシャは眉をひそめ、深く考え込んだ。
長旅の疲れかと思った部分もあるが、密着した時の体の薄さ、抱き上げた時の軽さなど、彼女の不調を感じ取れる部分があったことを思い出す。
「一体誰が……」
龍の巫女は最も尊重される存在のはずだ。にも関わらず、易々と毒物を口にさせるとは一体どういうことなのかシンシャには理解が出来なかった。
「蓮瑛様の世話を任されているメイリンの話によれば、随分と過酷な生活強いられていたようです。力が発現するように朝から晩まで過酷な修行を続け、潔斎の為に食事を抜くこともしばしばあったようです。巫女を解任されてからは日の当たらぬ部屋に移され、食事は一日一回の軟禁生活だったと……」
「何と惨いことを……」
シンシャの表情は一層険しいものとなり、怒りの炎がその瞳に燃え上がった。ランフォンや側近達も同様の感情が心に渦巻いている。
「そのような非道な扱い、断じて許すことは出来ない。私は彼女の意思に反るすことはしたくはない」
シンシャの言葉には強い決意が込められていた。彼は龍華国に対して一層の強い不信感を抱きながらも、蓮瑛を守ると心に誓ったのであった。




