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追放

舞台の中心には祭壇が設けられ、皇帝や皇族、高官達が一堂に会していた。


儀式が始まると、蒼天殿は静謐な雰囲気に包まれた。神官達が厳かな装束を身にまとい祝詞を捧げる中、女性が姿を見せた。


彼女は蓮瑛とは対照的な美しさを備えていた。透き通るような白い肌に、長い黒髪が背中まで滑らかに流れている。華やかな装飾を施された衣装が、彼女の美しさを一層引き立てる。恐らく彼女が新しい巫女・香蘭なのだろう。


蓮瑛は心の中で儀式を静かに見守っていた。二年前の自分と重なる巫女姿。それを見て、蓮瑛は再び自らの無力さに苛まれる。




やがて儀式は終わりを迎える。

そして玉座の皇帝が立ち上がり、堂々とした声で新しい巫女への賛辞を述べた。


「我が国の新たな龍の巫女・香蘭よ。そなたは神龍に選ばれた特別な存在であり、天候を操る力を持つ者。そなたの力によって国は繁栄し、豊穣をもたらすだろう。朕と臣民一同、その力と美しさを讃え、心から歓迎する」


香蘭は皇帝の言葉を受けると、優雅に微笑みながら謙遜の言葉を口にする。


「皇帝陛下、臣民の皆様、ありがとうございます。この神聖な御役目を担うことは大変光栄なことと存じます。龍華国の繁栄と幸福の為、精一杯尽くすことを誓います」


一方、蓮瑛はその場にいながらも、心は別の場所にあった。皇帝が香蘭への賛辞を述べる声が遠くに聞こえているようだった。しかし、香蘭に祝福の言葉を授けた皇帝は、次に蓮瑛に対して厳しく冷たい目を向けた。


「無能な巫女、蓮瑛よ」


皇帝の声は氷のように冷たく、それは蓮瑛の背筋を凍りつかせるものだった。

一瞬にして蒼天殿の空気は重くなり、周囲の者達も固唾を飲み込んで皇帝の言葉を待っていた。彼は蓮瑛が神龍に選ばれたにも関わらず、無能で怠けていると見做す者の一人であった。


「そなたには新たな旅路が待っている」


その言葉を聞いて、蓮瑛は胸がざわめいた。


「我が国と砂漠の国との友好の証として、そなたを砂漠の王に嫁がせることを決めた」


砂漠の国は龍華国の西方にある。

その国の人々は龍華国人とは異なる容姿を持ち、明るい色素の者が多い。また度々、玻璃や翡翠のような瞳を持つ者もいて、黒髪黒目の者が多い龍華国では恐れられていた。


彼らは織物や手工芸品を始め、砂漠地帯でしか採れない希少な鉱石。また更に西方を渡ってやって来た珍しい品々を持って龍華国で商いをしているが、その商いは一部の富裕層や特定の商人達だけが手にすることが出来る高級品とされている。


そうであるから一般の臣民達にとっては言葉は通じるものの、生活様式も違う野蛮な集団という認識でしかなかった。

龍の巫女として教育は受けたとはいえ、二年前まで平民でしかなかった蓮瑛も他の龍華国人と大差ない。


「龍の巫女としての力を欠く無能の巫女よ。そなたには神龍の加護が重過ぎたのかもしれんな。無能な巫女は国に災いをもたらすだけだ」


蓮瑛の胸が激しく痛む。皇帝の言葉は彼女の心に突き刺さる。

水が豊かな龍華国に暮らす人間にとって、砂漠への輿入れは実質的な追放と同じだ。たとえ相手が一国の王であったとしても変わることはない。


「何故……?」


蓮瑛が小さな声で問いかけると、皇帝は不敵な笑みを浮かべた。


「何故か、と問うそなたの愚かさには呆れて果てて物も言えぬな。そなたは神龍に選ばれた巫女だと言うのに、その力を殆ど持たぬ無能な存在。何の役にも立たぬ、そなたを延々と留め置くことなど、我々の時間と資源を無駄にするだけだ」


皇帝の冷淡な言葉に、場違いながらも小さい笑い声が聞こえてくる。嘲笑に耐える蓮瑛の姿に気を良くした皇帝は更に続ける。


「そなたのような無能は我々には必要がない。であれば、雨しか生み出せぬ女、枯れ果てた砂の大地が相応しかろう」


何を言ったところで決定が覆ることはないのだろう。周囲を見回したところで、蓮瑛を助ける者などいない。零れそうになる涙を必死に堪え、蓮瑛は気丈にも返事をしてみせた。


「……畏まりました」


皇帝の隣には龍の巫女・香蘭が立っていて、蓮瑛を見て笑っていた。優美に微笑んでいる。香蘭の美しさと優雅な立ち振る舞いは蓮瑛の無力さと自分の劣等感を一層際立たせるように思えた。





+++++






そして次の日。

夜が明ける前に、蓮瑛は着の身着のまま砂漠の国へと嫁ぐことになった。用意された車は、老いた驢馬(ろば)が引く荷車。


皇帝は蓮瑛に何も持たせなかった。歴代の龍の巫女が御役御免となって皇宮を去る時は、その労いに封土と莫大な財宝を与えられた。立派な護衛をつけられ、臣民に見送られ、盛大な行列となるのだ。


蓮瑛にはそうした栄誉も贈り物も何もない。彼女は孤独と無力感に包まれながらも、未知の旅路に身を委ねるのだった。

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