実物のサイフェイ
シンシャは周囲に蓮瑛を「砂漠化が進行する現状を打破する為に、神龍の力が色濃い龍華国から神官を呼んだ」と説明した。彼女の真の出自を隠す為に、この説明が適切であると判断したのだ。
当然この説明に疑念を抱く者もいた。龍華国側から間諜として送り込まれて来たのではないかという疑念が、一部の人々の中に存在したのだった。
しかし、蓮瑛が見すぼらしい様相でやって来たことで、疑念は薄れつつあった。彼女が高貴な出自や政略結婚の駒として送り込まれた存在ならば、それなりの体裁を整えて寄越すだろうと考えられたのだ。間諜であっても、もう少し疑われないように努めるだろうと。
結局は、蓮瑛は「龍華国からやって来た下級の女神官」という結論に至ったのであった。真実に対して、当たらずも遠からじといったところだった。
そうして厳しい視線に晒される中で、蓮瑛は神殿で一日の大半を過ごした。夜明けと共に禊を行い、星が輝く夜まで祭壇で祈りを捧げる。食事も祈りの合間に取る程度で、彼女は神龍への感謝をひたすらに伝え続けていた。
最初は人目を避ける為かと思われたのだが、蓮瑛の信心深さと我慢強さに、侍女のメイリンや使用人達も舌を巻いた。ほんの少し前まで他国の人間だった蓮瑛が、自分達の為に神龍へ祈り続けているなんて考えられなかったのだ。
当然報告を受けているシンシャも驚いた。彼女の境遇は彼女の口から語られたことで知れたのだが、それにしても自己犠牲が過ぎるのではないかと逆に心配になってしまう。
「蓮瑛。私は貴女の熱意や努力を本当に尊敬している。だが、過度に無理をしないで欲しい。貴女を心配する者の一人として言わせて欲しい」
自分達の期待が彼女に必要以上の重圧を与えているのではないかと危惧し、声を掛けたのだった。
シンシャの気遣いの言葉に対し、蓮瑛は微笑みながら頷いた。彼の優しさに支えられていることを改めて感じながらも、彼女の顔に疲れは見られない。
「ありがとうございます、陛下。ですが、本当に苦ではないんです。碧砂国の為に祈りを捧げることができて私は幸せなんです」
偽りを微塵も感じさせない言葉に内心呆れながらも、蓮瑛の心の強さと覚悟に感じ入った。やはり彼女は龍の巫女に選ばれるべくして選ばれたのだったと強く理解したのだった。
「この国を思ってくれる人間がいることを嬉しく思う。だが、心とは裏腹に知らず知らずの内に疲れというものは蓄積していくものだ。何かあれば、どんな些細なことでも相談してくれ」
蓮瑛とシンシャの会話が続く中、回廊の向こうから複数の足音が近づいてくるのが聞こえて来た。二人が振り返ると美しい女性が御付きの者を連れて、ゆったりとした歩調で近づいてくるのが見える。
「サイフェイ」
その名前に蓮瑛は顔が強張るのを感じた。シンシャは蓮瑛の動揺に気が付くことなく、隣に立った女性を紹介する。
「蓮瑛、こちらは私の父方の従姉、サイフェイだ。私と彼女は幼い頃から一緒に育った幼馴染だ。サイフェイ、こちらは龍華国の神殿からやって来た蓮瑛だ」
彼女は、まさに碧砂国の王族に相応しい容貌の持ち主であった。
色素の薄い美しい肌は、ほんのりと透明感を湛えている。その髪は明るい茶色で、陽光の下では輝いているように見えた。風に靡く髪の優雅に揺れる様は、同性でありながらも蓮瑛は見惚れてしまうほどである。
顔立ちも従弟であるシンシャに似ているが、シンシャの凛とした雰囲気に対して、サイフェイは柔和な雰囲気が滲んでいた。
「初めまして、蓮瑛様。サイフェイと申します」
紹介されたサイフェイはニコリと蓮瑛に微笑みかけた。蓮瑛はサイフェイの笑顔に対して、緊張しながらも礼儀正しく膝を折り、頭を下げる。
「初めまして、サイフェイ様。蓮瑛と申します。お会い出来て光栄です」
サイフェイは微笑みながら、蓮瑛の手を取る。蓮瑛は戸惑ったが、サイフェイの言葉に耳を傾けた。
「蓮瑛様。私達の国に来ていただいて本当にありがとうございます。碧砂国は長らく神龍の加護を失っており、貴方のような神官の力が必要でした」
彼女もまた碧砂国の未来のことを案じているからこそ、自分のような異国人に期待を掛けてくれるのだと蓮瑛は胸が熱くなる。王であるシンシャに相応しい女性だと、サイフェイを慕う者達の心を理解した。
「……温かい御言葉ありがとうございます。碧砂国の皆様のお力になれることが、何よりの喜びです。この国の為に精一杯頑張ります」
御覧いただきありがとうございました。




