龍の巫女
砂漠の果てより東にある龍華国の巫女・蓮瑛は空を仰ぎ、神龍に力を求める祈りを捧げていた。
神殿の外から雨音が聞こえる。帝都の空には晴れ間が見えず、一日中小雨が降り続けていた。
この雨は、蓮瑛が16歳の誕生日を迎えた日から続いている。一月以上も厚い雲が空を覆い、降りしきる小雨が街角を湿らせていく。風も弱く、暗く曇った空が続く為、人々は晴れ間を懐かしみ、心がどんよりと重くなる。
雨は帝都だけでなく、国中がこの有様であった。
蓮瑛の祈りが静かに消え入り、しかし、空に向けられた願いは叶わぬままだった。それを見ていた神官長は厳粛な面持ちのまま近づき、重々しく溜息を吐いた。
「やはり貴女の祈りには神威を感じることはない」
その一言で周囲の神官達の冷たい視線が蓮瑛を貫く。
龍の巫女――それは龍華国を守護する神龍に選ばれた特別な存在。
巫女は天候を操る力を持っており、雨や晴れ、風の吹き具合にさえ影響を与えると言われている。
歴代の龍の巫女達は神龍の加護を受けながら、天候を調和させ、農作物を豊かに育て、豊穣をもたらしてきた。巫女の存在は龍華国の運命を左右する存在と見なされ、その力が国の繁栄や災厄から守るものとして畏敬の念を抱かれて来たのだった。
二年前に新たな神託が下り、蓮瑛は龍の巫女として皇宮に迎えられた。周囲の期待と希望に胸を膨らませながら、彼女は龍華国の守護者としての使命を背負って、皇宮にやって来たのだった。
しかし、選ばれたはずの巫女でありながら、蓮瑛は力を使うことが出来なかった。
彼女は懸命に力をこめるものの、天候を操ることは出来なかった。彼女の力によって晴れが続くこともなく、雨や風も思うように変化しないのだった。
何とか力を発揮できる方法を模索しながらも、全く効果が出ずに二年が過ぎた。
制御が出来ない苦しみの中で、蓮瑛は皇宮に来てから体調が優れないことに気づいていた。
神龍に選ばれた時から、彼女の体は日増しに重く感じられ、倦怠感に襲われるようになったのだ。
最初は気のせいかと思っていたが、体調不良は次第に深刻さを増していく。神殿に祈りを捧げる日々の中で、彼女の体は常にだるく、力を欠くようになっていた。
最初は親身に対応してくれた者達も、休んでも薬を飲んでも改善しない蓮瑛に疑惑を抱くようになっていた。
そしていつしか蓮瑛の無力さを厳しく咎められるようになった。彼女の体調不良に対しても、無能の体に神龍の加護は重過ぎるせいだと苛立つ者もいた。
<『龍の巫女』のくせに、何の役にも立たないじゃないか>
<どうしてあんな無能が巫女に選ばれたのかしら?>
<龍の巫女は幸運をもたらすんだろう?何でこの雨が止まないんだ!!>
<千里万里を見通すと言われた神龍の眼も、ついに曇ったのかもしれないな>
何度も何度も同じような嫌味を耳にした。それぞれの言葉が、彼女の心に小さな傷を積み重ねていった。
それでも蓮瑛は諦めなかった。自分は龍の巫女として選ばれたのだと信じ、二年間祈りを捧げ続けて来た。日々の努力や失敗、周囲からの疑念や非難にも負けず、彼女の心にはひとしずくの希望が灯り続けて来た。
しかしながら、その強い意志も、とうとう限界に達しつつあった。