episode.44 #漢気
エルザはガチャガチャと必要な道具を鞄に詰めていた。
「悪いなエルザ。こんな日に」
「大丈夫、誰も悪く無い」
ヨハンも渋い顔をしているが、手だけはずっと動いている。
「ヨハン!俺も行く!!」
各々、出動の為の準備をしていると、やってきたのはマルクスだった。
マルクスはまだ1度も魔獣制圧に出た事がない。
「だめだ。お前は残って村を守れ」
「何でだよ!俺も行く、連れて行けよ!」
「だめだ」
マルクスにはあと1年は早いだろうと思う。現場は子供が想像するよりずっと残酷だ。
何より、マルクスには母親を亡くした時の記憶が鮮明に存在する。
それをヨハンも考慮しているのだ。
人が死ぬのを見るにはまだ早い、と。
「俺はもう子供じゃねえ!」
駄々をこねているうちは子供だと思うが、エルザは黙っていた。
ヨハンは宥めるようにマルクスに向き合う。こういう時、ヨハンは作業の途中でも全てを放り投げて相手と向き合う。
簡単そうに見えて、これが中々難しい。
「良いか、マルクス。お前はここに残って村と残っている人を守るんだ」
「守るって……ここは何も起きねぇよ」
「どうしてそう言い切れる?活発な魔獣に充てられて他の魔獣がここを襲う可能性はゼロじゃねえだろ」
「でも」
「お前はもう子供じゃねぇ。だからお前にここを任せる。よく聞けマルクス。もし万が一、俺が戻って来るまでにアイーダが死ぬような事があってみろ。その時は、お前を殺す」
「……………」
マルクスはぐっと奥歯を噛み締めた。
ヨハンの威圧に凄んだのではない。覚悟を決めたのだ。
「命に変えてもここは俺が守る」
その様子を見て、エルザは仮面の内側でふんっと笑った。
2人とも、かっこつけすぎだ。
大半の魔獣師が出発の準備を整え終え、ヨハンの合図を待っている。
ファビオとランベルトは先行して先に飛び立った。
アイーダはもちろん留守番だ。これまでヨハンと共に動く事が多かった彼女が、最も支えたいであろうヨハンを1人送り出さなければいけないと言うのは、それはそれで酷だろうな。
「死ぬなよ、ヨハン」
「はは。誰にものを言ってんだ」
その言葉を最後にヨハンとエルザ、そして残りの魔獣師は一斉に飛び立つ。
距離はあるが、煙幕がはっきり見える。火の手は上がっていないようだ。
「港だな」
エルザの独り言が誰かに届く事は無かったが、ここにいる誰もが同じ思考のはずだ。
少しして街が見えて来ると、その被害の状況が伺える。
空は穏やかなのに波は高く荒れている。
港近くの家や商店は床下あるいは床上浸水。逃げ遅れた人も多数いると予想できる。
魔獣被害は自然災害と同様、予知が難しく逃げ遅れることによっての被害が大きい。
騎士兵も動いているようだが、馬も水上では本来の力を発揮できず、動きが鈍い。
騎士団………アルノルトも来ているのだろうな。
その時ふと、見知った人の姿を見つけてエルザは高度を落とした。
エルザに合わせて数人が地上へと降り立つ。
ミキはバシャバシャと水を跳ねながら目的の人の元へと近づいてくれた。
「アレックス!」
そこにいたのはアレックスとヤンゴンだった。避難誘導を優先していたようだ。
「誰だ?」という仲間の声は無視してエルザは続けた。
「ごめん遅くなった」
「いえ、距離のわりにそんなに遅くないっす。けど現状はこの有様で」
「一人で無茶をしてたらどうしようかと、ちょっとだけ心配してた」
「俺、そんなに命知らずじゃないっす。お宅と違って」
私だってそんな無茶はしない…と思う。
ヨハンがファビオ達と合流しているはずだ。エルザもそちらに行かなくてはならない。
「私、鎮めてくるから。仲間を置いていくから好きに使って」
「え、いいんすか」
「大丈夫。他にも来てるからそっちと合流する」
端的に伝えると降り立った仲間にも目配せをしてエルザは飛び立とうとしたのだが、アレックスに声をかけられた。
「アルノルトさんも来てるっす、どこにいるかは、分かんないすけど」
「分かった」
エルザは今度こそ飛び立つ。
アルノルトの事は気がかりではある。前回のように怪我人の手当てや避難場所の指揮をとってくれていれば比較的安全なのだが、果たしてどこにいるのか。
アルノルトの無事を確認したい気持ちをぐっと堪えて、エルザはヨハン達に合流した。




