episode.39 #懸念
保護区の実用化に向けた動きが佳境に入り始めた。
エルザの故郷の村からは日替わりで魔獣師のヘルプが入ると同時に、隣国からとりあえず1名、魔獣師が派遣されてくる事になったとアルノルトから報告を受けた。
「何も無ければ明日到着する予定だから」
「そうですか、分かりました」
「それから、素人の新規雇用も予定してる」
「素人………」
素人にほとんど野生の魔獣を扱えるか?無理だろ。
そもそも果たしてやりたいと手を挙げるものがいるだろうか…。
「素人雇用は彼らの餌の準備とそれに付随する仕事がメインになるから、魔獣との直接的な関わりは無いと思う。でも一応、保護区関連での雇用になるから君にも伝えておこうと思って」
「そうですか」
流石に素人に魔獣の相手をさせるわけが無いか。
エルザは完全に仕事モードのアルノルトを仮面越しにじっと眺めていた。
家にいる時とまるで雰囲気が違うな。騎士兵の部下も同席しているからだろうか。
ふとアルノルトが手元の資料から顔を上げたので、エルザは何故か咄嗟に視線を外した。
まさか……まさかまさか…。
見惚れていた…?
い、いやいや…まさか。
「何か意見のある者は?」
アルノルトの発言もそっちのけでエルザは自分の世界に入り込み、思考を巡らせていた。
そうとは知らないアルノルトは意見も質問も出なかったので、集まっていた騎士兵を解散させた。
尚もエルザの思考は続いている。
アルノルトは綺麗な顔立ちをしていると思う。出会った時からそう思っていたし、侍女たちの反応からも間違ってはいないだろう。
あと口調も基本的に穏やかなわりに声はしっかり男性の物で、時より掠れがかかると余計に魅力が増す。
「………エルザ?」
「うぇっ…!?」
しまった、と口を閉ざしてももう遅い。もう少し可愛らしい声が出ないものかと我ながら思う。
「聞いていなかったの?もう」
「す、すみません…少し、考え事をしていて」
「………何か気がかりでもあった?君の意見は凄く重要だからね。些細なことでも教えて欲しい」
「いえ、あの…個人的な事なので…大丈夫です」
「…そう?なら良いけど。それよりも問題なのは新しく隣国から来る魔獣師だよ。」
アルノルトは「はぁぁぁー」と盛大なため息を吐くと、机に項垂れた。
部下がいなくなった途端にこれだ。やはりさっきのは部下の前だから格好つけていたんだな。
それはそうと、問題とは何だろうかとエルザはアルノルトに視線を向けた。
「?」
「若い男が来るんだ。君と歳も近いし、職業柄、意気投合するんじゃないかと思って…」
何だそんなことかとエルザは安心した。
問題なんて言うから、何か訳ありのヤバい人が来るのかとちょっとビビって損した。
「どうですかね。話が合えば良いんですけど」
エルザはあまり社交的とは言えない、と自分では思っている。
ヨハンやマルクスと違って余計なことをベラベラ喋る事は無いし、かと言って相手の話しを聞き出すのが得意というわけでも無い。
エルザ個人としてはヨハンやマルクスのように勝手に喋り倒してくれるような人だったら楽だな、とは思う。
チラリと視線の端に写したアルノルトは、顔を顰めていた。
「話しが合えばいいの?」
「…?はい。仕事仲間ですから」
何を言うんだ当たり前じゃないか。
エルザが首を傾げているとアルノルトはまたしても大きくため息を吐いた。
「……なんですか?」
「分からない?」
……………。
分からないな。
少し考える間、そして考えても答えは出ず沈黙していると、アルノルトは徐に口を開いた。
「君を取られるんじゃないかと思って、心配してるんだ」
「っ………」
あ、甘い……。
そんな心配は必要無いとは思う。自分で言うのもなんだが、こんな女を好きになるような人がホイホイいては堪らない。
いるはずがない。
アルノルトが珍しい物好きな人間というだけで。
「そ、その心配は…必要ないと思いますけど……」
「どうして?」
「どうって……」
そう言われるとどう言えばいいのか分からなくて困る。
「君は小柄だし可愛い顔をしているし、その割に漢気があって野生的で目が離せないところがあるから」
「………」
褒めてる…のか?
「一般的に漢気があって野生的な女性は、そんなに人気は無いかと」
その自覚があるから、なぜこれまでアルノルトにここまで言い寄られた挙句、今もこうして嫉妬めいた目でじろりと見られているのかが分からないのだ。
マルクスには昔、『お前みたいなやつ、お金貰っても嫌だ』と言われて、告ってもないのに振られた事がある。
何が言いたいかと言うと、とにかくアルノルトの心配は不要なものだと言いたいのだ。
だが全く伝わっていないようで、会議室に誰もいなくなったのを良い事に、アルノルトはエルザの仮面をそっと外した。
人差し指で頬から唇に向けてスッと一筋、撫でるように触れる。
「例えば君の顔に大きな傷でもあれば、男は誰も見向きもしないかな?」
「………」
いや、怖い。
エルザは真顔のままアルノルトを見つめていたが、クイッと顎を少し持ち上げられたかと思うと、次の瞬間には唇が触れていた。
触れるだけの短いキスの後、アルノルトは淫乱に笑って言った。
「冗談だよ」




