episode.33 #心音
ドクンドクンと心臓が嫌に高鳴って意識が覚醒する。
また、か………。
窓から見える月はまだ空高くにあって、夜明けはまだ遠そうだった。
水でも飲もうかとエルザは静かに部屋を出た。
こんな夜更けにリビングに灯りがついているはずも無く、かと言って灯りをつけるのも面倒で、エルザはほぼ手探りで水を一杯だけ飲んだ。
「はぁ………」
夢で誰かが死んだ時は現実でその人に幸福が訪れる、なんて誰かから聞いた事がある気がするが、だとしたらアルノルトは今後一生幸せな事しか起こらないのではないかと思う。
どうしてこうも同じ夢ばかり見るのだろう。
アルノルトを失いたくないという深層心理か?
「……………」
だとしたら私は今後ずっと、こんな夢を見る運命なのだろうか。
今日何度目かのため息のあと、自室に戻ろうと階段を登って、ふと、アルノルトの部屋の前で歩みを止めた。
そっとドアに触れる。
そんな事をしたって、扉の向こうにいるアルノルトを感じられるはずも無いのだが、あれは夢だと分かっていても彼が生きていると確認がしたかった。
エルザは透視もテレパシーも使えないのだから、こんな事で分かるわけがないと、自嘲しながらドアに背を預けたその時だった。
「わっ…!?」
音もなくドアが開いて、エルザはバランスを崩して倒れそうになった所を、アルノルトに腕を引かれて尻餅をつかずに済んだ。
「エルザ?」
「すっ…!すみませ……」
「人の気配がしたから。どうしたの?」
エ、エスパーか!?
いやいや、そんな事を言っている場合では無いな。
とは言えこの状況はなんと説明したら良いのか……。
「よ、夜這いでは、無いので………」
馬鹿か私は。そんな事は言わなくても分かるって。
混乱して頭が働かない様子のエルザを見てアルノルトはクスクスと笑った。
「僕は歓迎するけど?」
「ち、違います!!」
「シーッ!静かに」
自分でも思ったより大きな声が出て驚いたが、アルノルトが人差し指を立ててエルザの唇に触れ、それはそれで大声で叫びそうになった。
「おいで。何もしないから」
「え…」
アルノルトが何もしないと言うのだから何もしないのだろうけど、まさか部屋に招かれるとは思わず一瞬戸惑った。
何しろ時刻は真夜中で、誰かを部屋に招くには遅すぎる時間だ。
そんな戸惑いを見抜いてか、アルノルトはグッとエルザの手を引くといとも簡単に体は室内に吸い込まれた。
「廊下で話すとマルクスを起こしちゃうかもしれないから」
そう言いながらアルノルトは部屋の明かりを付けた。
「大丈夫?また夢を見たの?」
「え、いやー………」
エルザは夢の内容をはぐらかそうかと少し考えて、そしてやめた。
「私を庇って、アル様が犠牲に……。そんな夢です」
正直に話してから、やっぱりこんな事を話しても困らせるだけだと後悔した。
俯いているエルザの頭にぽんぽんと優しいアルノルトの大きな手が乗った。
「………ごめんね」
「ゆ、夢…なので…。アル様が謝る事では…」
「君を苦しめている夢の事もそうだけど、夢に見るほど僕の事を想ってくれているなら、嬉しい、と思ってしまう事に謝ったんだよ」
「………」
「本当にあまり休めていないみたいだね」
「えっ?!うわっ…!?!?」
何を言うべきか、言葉を探っているうちにエルザはアルノルトに抱えられていた。
そしてちょっと雑に降ろされたのはベットの上。
「!?」
「目を閉じて」
「えっ…?」
「こうすれば、僕が生きてるってちゃんと分かるでしょ?」
「い、いや…でもっ………」
これは、添い寝………ですか?…ですよね?
有無を言わさず、アルノルトはエルザの顔をその身で覆った。
ちょうどアルノルトの胸のあたりに顔を埋める形になってしまって、心音が聞こえてくる。
『僕が生きてるってちゃんと分かるでしょ?』
つい数秒前のアルノルトの言葉が、エルザの脳内でもう一度再生された。
もしかして、わざと聞こえるように……?
でも、これはこれで眠れない…と言うか………。
この人たらし、本当に恐ろしいな。意識しているのは私だけか。
「何もしないよ。本当に、ただ心配なんだ。今日はここで休んで」
「………」
本当に、恐ろしい人だ。こんな時ばかりは少し掠れた甘えるような声を出す。
エルザはこの声に弱い。
アルノルトから伝わる熱も、香りも、心音も、全てが心地いい。
ものの数分でエルザは眠りの世界へと誘われた。
一方アルノルトは自分の腕の中で眠る少女を見下し、ふん、と鼻で笑った。
何もしないと言ったのは自分なのだから何かするわけにはいかないのだが、こうも簡単に寝てくれるとそれはそれで心外だったりする。
「僕が男だって、きちんと分かってるのかな、この子は」
起こさないようにぽつりと呟く。もちろん、エルザが起きる気配は無い。
「…何もしない、何もしないよ。………今日はね」
そんなアルノルトの呟きは夜の闇へと吸い込まれていった。




