episode.32 #悪夢
「っ!?……はあっ…」
……………。
悪夢から目が覚めたエルザは息を整えながら暫く呆然としていた。
「…はぁ、これで何度目だっけ」
視界にはその視野に収まりきらないほどの夕焼けの空が広がっている。……ここは、外か。
ふんわりとした羽毛に体が包まれている。少し休むつもりが、ミキの温もりで眠ってしまっていたらしい。
「はあー………」
エルザは最近、眠る事に少し抵抗を感じていた。
怪我の具合は随分良くなったと言うのに全く疲労が抜けないのは、近頃同じ悪夢ばかり見ているからだろう。
自分のせいで、アルノルトが死んでしまう
そんな夢だ。
状況は様々だが、そのどれもアルノルトがエルザを庇い命を落とす。
エルザは、アルノルトが先に死ぬ事を考えた事が無かった。自分の方が先に逝くのだと当たり前に思っていた。
アルノルトにも課せられた使命がある。考えてみればアルノルトとエルザの本当の出会いはエルザがアルノルトを助けたあの夜だ。
あの日、エルザがアルノルトを見つけるのがあと数分遅かったら、彼の命は無かったかもしれない。
アルノルトがそういう危険な場所に赴く可能性は十分にあるのだとなぜ今まで考えなかったのか。
………無意識に考えないようにしていたのだろうか。
「まさか正夢だなんて言わないでよ…」
独り言を呟くと、ミキがもぞもぞと動いた。
「おーい!終わったぞー、帰ろうぜー」
ミキが動いたのはマルクスとドゥードゥーの気配を感じ取ったかららしい。
「俺、あと1週間ちょいで帰るからな」
「え?」
帰りの道中でマルクスは唐突に切り出した。
「えじゃねえよ。俺だっていつまでもお前の子守りはしてらんねーの!」
「……どっちが子守だ」
「俺は忙しいからな。父ちゃんと爺ちゃんも心配だし。ホント、出来が良いと何でも頼られて困るぜ。」
「……………そう。頑張って」
「あとお前らのイチャイチャは見るに堪えない」
そうですかい。別にイチャイチャなんてしていない。
エルザは答えるのが面倒になって無視した。
「昼間にぼんやりするほど寝かせてもらってねーのか?ボスもやるなぁ」
「何の話?」
「はっはっはっ!とぼけても無駄だぜ。男女が寝ないでする事と言ったら一つしかねえだろ!」
「………」
このマセガキ。
「ヨハンが知ったら怒り狂って乗り込んできそうじゃね?」
「そういうのじゃないから。寝室も別々なの知ってるでしょ。ちょっと悪い夢みたりして夜に何回も起きちゃうから眠いだけ」
「ははぁ〜ん?まっ、そう言う事にしといてやるー」
「そう言う事でしかないんだって」
呆れながらも帰ってきたエルザ達が家の扉を開けると、そこには既にアルノルトの姿があった。
先に帰っているのは珍しいな。
「おかえり」
「ただいま帰ったっすボス!」
軍隊の真似事か、ビシッと敬礼をしてみせるマルクスの横を仮面を外しながらすり抜け、エルザも軽く会釈だけはした。
その様子を、アルノルトが見逃すはずもなく……。
「んぶぅっ!?」
真剣な面持ちでエルザの前に立つと、頬に手を添えて半無理矢理に上を向かされた。
「顔色が良くないね。調子悪いの?」
「…いえ、そういうわけでは」
「まだ傷は痛む?」
「…いえ、もうほとんど」
では何なんだとアルノルトは更にムッとしたが、まさか夢を見るのが怖くて眠れないなんて子供みたいで言えるはずもない。
「なんか悪夢を見るから眠れないみたいっすよ。ガキっぽ」
「なっ!」
おのれマルクス…!余計な事を言いやがって。怪我が完治したら絶対締めてやる!
「ぷぷぷ」なんて馬鹿にしながらこちらを見るマルクスに苛立ちながらもこの場はため息だけでおさめる事にした。
私は大人だからな。あんなガキの喧嘩は簡単に買わない。
「悪夢?」
「いえ、別に怖くて寝れないとかそう言うのじゃないです。勝手に体が起きてしまうだけで。夜も時間になったらベットに入っているし、今日は昼寝もしたので問題ありません」
「こうもベラベラと言葉が出てくると、逆に怪しいよ」
「………」
じゃあどうしろってんだ。
「…本当に問題ありません。」
「僕はあまり君の事を信用していないからなー。その言葉も信憑性に欠ける」
「ボスはエルザの事好きなんっすよね?好きな相手の事信じないってどうなんすか?」
エルザは顔が熱を持つのを感じて、2人の会話を止めたいのに言葉が出ない。
つい先日、未遂とは言えマルクスには教育上よろしくなさそうな場面を見られたばかりだ。
それに関して恥ずかしがっているのはエルザだけで、アルノルトは「マルクス、空気読んでよ」なんて始末だった。
いつの間にそんなに仲良くなったんだ。
そんなエルザの心境など露知らず、アルノルトは続けた。
「君の方がエルザと長い付き合いなんだからよく分かると思うんだけど?エルザの言う事を全部鵜呑みにしてたらどうなるか」
「えー………あー……」
「信じない事も愛だと思わない?」
「ずっと思ってたっすけど、ボスは好きだとか愛だとか、隠さないっすよね。聞いてる方が恥ずかしっす」
「あはは、僕は自分の気持ちに素直だからね。それに、エルザは手強いからきちんと言葉にしないとはぐらして逃げちゃうでしょ?」
「……………」
本当にもうやめて欲しい。
エルザの苦い心地を知ってか知らずか、アルノルトの愛は伝えるべき論争はしばらく続いたのだった。




