episode.28 #驚き
ぱぁぁー!とエルザは目を輝かせ、はしたなくも涎を垂らす所だった。
流石はアルノルトだ。賞賛の拍手を送りたい程だが、生憎エルザの右手は現在ほとんど機能しない飾りになっているので拍手を送る事は叶わなかった。
「こ、こんなに…!?」
「約束したからね。喜んでもらえたようで良かったよ」
「……………惚れ惚れします…!」
料理に。
テーブルに並べられた料理はエルザが希望した肉料理から、新鮮な魚介料理、デザートのケーキやフルーツ、それはもう豪華な食事が並べられた。
不便な左手を使って食べなければいけないのは、逆に良かったかもしれない。
右手が使えればがっついていたに違いない。
エルザは普段、それほど食事に気を配っている訳ではない。食べない時もザラにあるし、野菜であれば生のまま食べる事も多い。
でも流石に、こんなに綺麗に彩られた料理を前に興奮しないでいられるはずも無い。
昼にちょろっとお粥を食べただけでお腹も空いているし。
「好きなのを食べると良いよ」
「はい、ありがとうございます。いただきます」
「…」
エルザが喜んでいると言うのは先刻から十分に伝わってくるのでそれはアルノルトとしても嬉しいのだが、料理にばかり目を向け全くこっちを見ないのはあまり面白く無かった。
感謝の言葉も料理に向かって言う始末だ。
アルノルトへの感謝なのか、食材への感謝なのか、それとも料理人への感謝なのか…。
そんな事を思いながら待ち望んだ肉料理を食べるのに苦戦しているエルザからそれを奪うと小さく切り分けて戻してやった。
その間もエルザの視線は料理から離れる事は無かった。
まるで「良し」の掛け声を待つ犬。興奮した尻尾が見えそうだ。
普段はツンとしていて猫のようなのにな、とアルノルトは苦笑いを浮かべたのだが、こちらを見向きもしないエルザにそれが伝わるはずもない。
そんなエルザにアルノルトは意趣返しを思いついた。
「ねえ、エルザ?」
「はい?」
「君は今朝、僕のキスを受け入れたよね?」
ふ、と。エルザが視線をアルノルトに向けた。リスのようにモグモグと食事を頬張る口元は動きを止めないが、その瞳は真っ直ぐにアルノルトを捕らえていた。
その視線にドキッとしたのはアルノルトの方だった。
「ん!おろほひはひは」
「え?なんて?」
人語とは思えないエルザの言葉にアルノルトが眉を寄せていると、数秒後にエルザはもう一度同じ言葉を繰り返した。
「驚きました」
「嫌だった?」
「………嫌では無かったですね」
「ーーー」
ってきり、「はい、もうしないでください」なんて何の感情も含まないような口調で言われると思っていたアルノルトは心底驚いた。
「魔獣は鳴き声以外に鼻とか口とかを近づけてコミュニケーションをとったりするので、こんな感じかーと思いました。」
さらに驚いた。
獣のそれと思われていたとは………。
いや、言ってしまえば魔獣は人間に並ぶほど頭のいい動物だと言われているし、キスだってコミュニケーションと言われれば間違いでは無いのだけれど。
「…へえ?他にも何かあるの?コミュニケーションとる方法」
動揺を悟られないようにうまく返せたはずだ。エルザはアルノルトの心境などお構いなしに「うーん」と考えこんでいた。
「ベロで舐めずりまわしたりとかですかね」
「……………」
ひょいっと肉を口に含むエルザに恥じらいも何もない。
対するアルノルトは、もう少しまともな言い方は無かったのかと眉間に皺を寄せた。
「毛繕いとか、そう言う言い方は出来ないの?」
「…ああ、そうですね。そうとも言います」
わざと………では無いよな?天然だよな?
アルノルトはまさか揶揄われているのか?と苦い心地でいるのだが、エルザはそんな事露知らず。
中々食事が進んでいないアルノルトにフォークに突き刺した肉料理を差し出した。
「食べないんですか?美味しいですよ」
そこにマナーなんてものは存在しない。何しろ相手は淑女などでは無く、野生児エルザだからだ。
出会った頃に比べるとどんどんワイルドになっている気がする。どんどん遠慮が無くなっていると言うか…。
そんな事を思いながらアルノルトは差し出された料理をパクッと口に含んだ。
「美味しいでしょ?」
ふふん、とエルザは笑った。
アルノルトが用意させたものなのに、まるで自分が作ったような自慢げな顔が可笑しく、アルノルトも釣られるように笑う。
悔しい。何やら先程からエルザに翻弄されてばかりだ。
「ありがとうエルザ」
顔と顔があと数センチで触れてしまいそうなところまでぐっと近づいたアルノルトにエルザは自分の顔が熱を持つのを感じた。
あの時は、何とも思わなかったのに………。
いや、違うか。
あの時は疲れていたし急だったから驚いて、何かを思う余裕も無かっただけだ。
「感謝のキスをしようかな?」
ふわっと笑ったアルノルトの視線は既にエルザの唇を捉えていたのだが………。
「い、いいでーー痛ぁっ!!」
エルザは咄嗟に阻止しようとして、右腕を突き出し激痛が走った。
そのあとアルノルトは「僕が悪かったよ」と何度も言っていたけど、本当に悪いと思ってるのか疑わしい表情だった。




