episode.27 #機嫌
お昼を少し過ぎて、目が覚めたエルザは少々不機嫌だった。
いや、機嫌の悪さで言えば色んなことが積もり積もって少々では済まないのだが、今この時のこの状況が少々不満である。
エルザが目覚めてアルノルトに放った一言目は「お腹空きました」だった。
色気のかけらも無い。
それから小一時間が経ってエルザの目の前には食事が用意されたのだが、何が不満かと言うとこの食事である。
「お粥………」
お肉が食べたいとお願いしていたはずなのに。
「何?1人で食べられない?ああ、利き手を怪我しているもんね。ほら、貸して」
左手に持っていたスプーンを奪うとアルノルトは一口分のお粥を掬って差し出してきた。
「……?」
「口を開けて?食べさせてあげるよ」
「えっ!?い、いりませんよ!痛っ」
アルノルトの考えにやっと気づいたエルザは慌てた拍子に無意識に右手に力が入ってしまって、傷口がズキっと痛む。
アルノルトはその様子を見て一瞬だけ怪訝そうな表情を見せたが、次の瞬間には元に戻っていた。
「全然食べなかったのは食べれなかったからなんだよね?気づかなくてごめんね」
違う。
アルノルトも違うと分かっていてそうしているのだから本当に性格が悪いと思う。
「アル様は………性格悪いですよね」
「?良くはないと思うよ」
ほら、自覚があるじゃないか。
「魚でもお粥でも無く、お肉が食べたいって言ったのに…。」
「魚は言われたけどお粥が嫌だとは言われてないよ」
「……………」
言ってないな。言ってないけど普通分かるじゃん。
肉を食べたい人間がお粥食べたい訳ないじゃん。
エルザがムッとしていると何を言いたいか分かったようで、アルノルトは「ははは」と軽く笑った。
「夕飯は君の希望を叶えるよ。起きていきなりステーキは体が驚いちゃうでしょ?君は随分体力を消耗しているから」
「……………夕飯…約束ですよ」
駄々をこねるなんて子供のようだ。昨日から我儘ばかり言って幼児化している自覚はあるがそれもこれも疲労と普段エルザを甘やかしてきたアルノルトのせいだ。
それに、結構頑張ったんだから、こんな時くらい甘えてご褒美をもらったってバチは当たらないはず。
そんなエルザをアルノルトは微笑ましく思った。
「良いよ、約束するから今はこれを少しでもお腹に入れて。」
「…1人で食べれます」
エルザの言葉にアルノルトは微笑みだけを返してきた。
はい、と差し出されているおかゆの乗ったスプーンを奪おうとするとひょいと避けられる。
最終的にエルザが諦めて不服そうに口を開けたのを見て、アルノルトは満足げに笑うとお粥を食べさせた。
食べ終えた食器をアルノルトが片付けている間に、エルザはベットから抜け出した。
何食わぬ顔で外に出て行こうとするエルザを見てアルノルトが言葉を失ったのは言うまでもない。
「ちょ、どこ行くの!まだ寝てないと」
「…?風邪じゃないので、寝ても寝なくても治りは一緒です」
「そ、それはそうかもしれないけど…どこに行くの?」
「散歩です」
それだけ言うとエルザは1人で外に出たのだが、数秒後にアルノルトが慌てて追いかけて来た。
「1人は危ないよ、怪我をしているんだし。本当は休んでいて欲しいけど、考えてみれば君が大人しく寝ているはずもない」
「…」
まあ、その通りではある。現にこうして意味もなく出歩いている。
「アル様は、エラルド様がなぜあんな事をしたのか、聞いたのですか?」
「………ああ、聞いたよ」
「では、その理由を教えていただけませんか」
「え?君は聞いていないの?」
「はい」
「でも君は、兄さんの事をぶったって言わなかった?理由を聞いたからじゃ…?」
「理由を聞く前に手が出ちゃいました」
あまり悪びれる様子のないエルザにアルノルトはまたしても言葉を失った。
理由を聞く前に手が出た、なんて、まるで喧嘩っ早い輩の言い訳で、淑女の言葉では無い。
もっとも、エルザに淑やかさを求める方が間違っているが。
アルノルトがこれまで関わって来た女性は、もちろん様々な教育をしっかり受けた妃候補のお嬢様達ばかりだったが、エルザはお嬢様なんて言葉とは程遠い所にいる。
女の子なのに強く逞しく、野生的で、遠慮が無い。
エルザは元より妃なんてものにちっとも興味が無いので、自分を良く見せようと言う気遣いが無い。
それもまた、他者とは違い、エルザの魅力でもあると思う。
アルノルトは、ふんっと鼻で笑った後に口を開いた。
「兄さんは昔から頭は良かったけど力は弱かった。父上は兄さんの才を1番に発揮できるところに送り出したんだけど、兄さんは自分が使い物にならないから王宮を追い出されたと思ったみたい。僕がここに残っているし、そう思うのも無理はないと思うけど」
「………それが、なぜあんなことになるんですか」
「父上が魔獣の保護区を設立しようとしてる話しはもちろん兄さんも知っていたから。自分が魔獣とまともに対峙出来ればここに戻って来れると思ったみたい」
「そうですか」
エルザはそれきり、この事を言及する事は無かった。
アルノルトはエルザの最後の言葉から、怒りも呆れも何の感情も受け取ることが出来なかった。




