episode.12 #慣れた魔獣師と殺す騎士
朝というにはまだ暗く、夜と言うには薄明るい
そんな朝と夜の狭間、ドンッと響く地揺れでエルザは目を覚ました。
地震…?
そんな思考と共に別の可能性も脳裏に浮かんで、エルザは布団を出た。
外の様子を確認しようと窓を覆うカーテンを捲り、エルザの嫌な予想が的中している事を知る。
急いで外に出る準備をして、1階に降りると、ユーキが外に向かって必死に威嚇をしていた。
野生の勘だろう。魔獣は見えない場所で何かが起こっているのを感じ取る事が多々ある。
アルノルトが同じ空間にいる気配がない。既に外に出ている?
エルザは保護区の設立に借り出されているのでその件に関してはアルノルトに従わなければないが、有事の際は独断行動が許されている。
と、村長に最初に聞かされた。
ユーキをここに残して行くこととアルノルトがどこにいるか分からないのが気がかりではあるが、そんな事を言っていられない。
エルザは勢いよく外に飛び出し、街を目指す。
黒煙が空高く登っている。この知らせが村に届くまでどれくらいだろう。
それまで自分1人にどこまでできるだろう。
最悪を頭に置きながら走っていると、ミキが頭上を追い越し少し先で地上に降りた。
我が相棒ながらなんて優秀なんだと、仮面の内側で少し笑みが溢れた。
被害は街の中心地から少し外れた街の入り口付近。と言っても街は街だ。人は多い。
魔獣の姿が見えない。既に逃げたのだろうか。
また戻ってくる可能性は十分にある。まずは火災から人々を避難させるのが先か。
頭の中で優先事項を決めてその場に赴くと、地上を馬に乗った騎士団兵が既に誘導を始めていた。
初動が早い。
エルザは騎士団とはあまり仲が良いとは言えないので彼らの動きを読みつつ単独で行動する。
こんな事になっては魔獣に恐怖心を感じるのは当たり前で、怪我で動けない人々を無理矢理にでもミキに乗せて安全な場所まで移動させるも、感謝の言葉などない。
いつもの事だ、気にしてはいられなかった。
『助けてくれ!中にまだ妻がいる!』
「…………」
魔獣師であるエルザを恐れる事なく縋り付いてきた1人の男は既に火の手が上がっている家を指さした。
エルザは仮面の奥でぐっと奥歯を噛み、引きずるようにして男を引っ張った。
男は恐らく足の骨が折れている。
『待ってくれ!!妻が!まだ生きてる!』
抵抗する大男を抱えるのは、エルザには出来そうに無く、なんとか引きずってミキに近づいて服を咥えさせた。
助けられる人から助けて行かなければ、誰も助けられないのだ。
『待って!!おい!!嫌だ!おいっ!!!』
「いくよ」
喚く男を無視してエルザとミキは飛び立つ。
『何で!!まだ生きてたんだぞ!!どうして助けてくれなかったんだ!!』
多くの怪我人が避難してきている場所に移動させても、男はエルザに怒鳴りつけていた。
骨が折れていて良かった。
男が立ち上がれるような状態なら、絶対に殴られていただろう。
『おい!聞いてるのか!?何で俺だけ助けたんだ!彼女が居なかったら俺は…生きてる意味なんか………』
「離して」
よくある事だ。
『偽善者!!人殺し!!!俺の事も、見捨ててくれれば良かったのに!!!死んだ方がマシだったのに!!』
大丈夫。これくらい言われる覚悟は出来ている。
気にしていては、魔獣師など務まらない。
強く強く歯を食いしばるエルザの背後から、ジャシっと音を立てて誰かが隣に立った。
「なら、死んでしまいな」
その手には銃が握られ、銃口は男に向いていた。
冷たい声音とオーラ、そして銃口から覗く【死】に男は息を呑むように黙りこくった。
「アル、ノルト…様」
男に銃口を向けるのは騎士団兵と同じ隊服に身を包んだアルノルトだった。
王子ともあろう人がまさか現場に出ているとは思わず、エルザはその姿が幻覚かと疑った。
しかし考えてみれば、2年前にこの街で大きな被害が出た時もアルノルトはその場に居た。
何者なんだ…この人………。
エルザの声はアルノルトに届いたのか、それとも届かなかったのか。アルノルトはただ真っ直ぐに男を見ていた。
「僕が殺してあげるから、お前は死ぬと良い」
『ひっ………!』
死んだ方が良かったと言った男だが、恐怖に怯えていた。
殺してあげると言われて、はいお願いしますと言うやつの方がおかしいのだから当然だ。
『ま、待ってくれ…!騎士が人を殺すわけがっ…』
「僕は本気だよ。救ってもらった命の重みも分からないような人間は見ていて腹が立つ。君が望んだんだよ?死んだ方がマシだって」
アルノルトのこんなに冷たい所を見たのは初めてだった。
口調も表情も穏やかなのに、人を恐怖させるには十分すぎる。
怒ってる………。
『わ、悪かった!こ…混乱、していたんだ…』
男の声は震えていた。
エルザはふと空を見上げた。仲間が駆けつけたようだ。
行かなくては。
男の対処はアルノルトに任せる事にしよう。多分放っておいても殺す事はないだろう。
無言のまま男の前から立ち去ろうとすると、アルノルトがエルザの手を引いた。
「どうか、無事で…」
「…………はい」
その声色は聞き慣れた普段のものと変わり無かった。




