19.かわいそうな山賊の話
剛剣のロッグ。その名はヴルミナ周辺に広く知られる存在である。ただし悪名だが。
彼は元々、ある国の騎士団の一員であった。
武を重んじるその国のお国柄と、ロッグの好戦的な性格と戦いの才能、そして大きな身体はとても相性が良かった。
ロッグは騎士団随一の強者として名を馳せた。粗野で乱暴なところもあったが、それすらも「強者である」という事実の前では美点とされた。
しかし、彼の天下は長く続かなかった。
女神の国の台頭である。
ロッグのいた国は、女神の国の拡大に戦という形で抗った。
そして、あっさりと敗北した。
別に珍しい話では無い。精強とされた騎士団が女神の国に敗れるのはよくあることだった。
国を失ったロッグは、部下と共にヴルミナの街周辺まで落ち延びた。
傭兵として生きるか、どこかの国や街へ士官でもするか、部下達と今後について話し合った。
そして彼らが出した結論が、山賊であった。
端的に言って、彼も、彼の部下達も、騎士を名乗っているのが不思議なくらいのクズ野郎の集まりだったのである。
ロッグ達は山奥の小さな村を占拠し、その住民のふりをしつつ、たまに山賊となって商人の馬車を襲った。ヴルミナは大きな街だ、商人は沢山くる。山賊も多い。実入りは良かった。
持ち帰る利益は村に還元され、最初は怯えていた村人達も山賊の村という現実を受け入れ始めていた。慣れとは恐ろしいものである。
好きなだけ暴れ、脅し、奪う。儲けた金で美味いものを食い、攫った女を楽しむ。
堅苦しい騎士なんぞよりも、よほど自分に向いている。
剛健のロッグの名前はヴルミナの街に悪名として広まってしまったが、街の兵士達も自分を怖れているのか手を出してこない。万が一攻めてこられても、要塞のように周囲を固めた村がある。
ロッグは二度目の天下を謳歌していた。
その日までは。
「おかしらぁぁぁ! 大変だあぁぁ!」
その日は非番だった。部下達に山賊家業を任せ、自分は村でゆっくりする。働き過ぎを嫌うロッグにとって大事な休養の日。
昼過ぎまで惰眠を貪るという至福の時間を邪魔されたロッグは不機嫌を隠さない。家に飛び込んで来た部下の胸ぐらを掴み上げる。
部下の身体が宙に浮かんだ。剛剣の異名は伊達ではない。
「俺の睡眠を邪魔するだけの理由だけなんだろうな。あぁん?」
「も、勿論です。仕事にいった部隊が、ヴルミナの兵士に逆襲されました!」
「なんだとぉ!」
「ぐぇっ!」
部下を床に放り捨てて、部屋の一角に向かう。そこにあるのは刃渡り二メートル近い巨大な剣。ロッグの代名詞である剛剣だ。戦場を血しぶきの嵐に変える相棒である。
剣を手に取り、ロッグは問いかける。
「……状況は?」
眠気などみじんも感じさせない、戦場の顔だった。
「はっ。仕事部隊はほぼ壊滅。唯一逃げ延びた者がボロボロになって村に駆け込んで来ました。ひっ!」
部下の顔が恐怖に引きつった。当然だ、剛剣が自分の顔の真横に突き込まれたのだから。一歩間違えれば首から上が吹き飛ぶところである。
「馬鹿野郎! それは泳がされたんだ! 防御を整えろ! すぐに兵士共が攻めてくるぞ!」
怒りの叫びと共に、ロッグが家の外に出たその時だった。
聞いたことの無い爆音と共に、男の野太い叫び声が聞こえた。
「ヒャッハアアアアアアア!」
防衛も考えて、ロッグが普段使っている家は、村の入り口がよく見える位置にある。
金と時間をかけて頑丈に作り上げた村の門。木製だが、分厚く重い。簡単な破壊槌くらいならしばらく耐えられる代物だ。
「モヒカン・ブレイクゥッ!!」
その自慢の村門が、一撃で景気よく吹き飛ばされた。
「武器を持ってる奴は門に向かえ! ……おい、念のため、女どもを連れてこい」
「へい。わかりやしたっ」
部下に素早く指示を出し、自身は最前線に向かう。
「チッ、噂は本当だったか……」
一ヶ月と少し前あたりから、ヴルミナで山賊狩りの部隊が編成されたという噂があった。そこかしこで暴れているという話だが、もう自分のところに来るとは……。
思索を巡らせているとロッグは村門前に到着した。周りには武器を持った部下が三人ほど到着している。
「お、おかしらっ!」
「慌てるんじゃねぇ! この感じ、敵は一人だ。おおかた、金で雇われた傭兵が先走ったんだろ」
言いながら剛剣を構え、土煙を見据える。この向こうに、一撃で門を破壊した手練れがいる。ドドドドドという爆発音のような、不思議な音が連続して聞こえるのがその証拠だ。
敵は魔法の装備で武装している。そう判断したロッグは気を引き締めた。
そして、土煙が風に流され、徐々に敵の姿が明らかになった。
「ひィッ。ト、トサカ頭の戦士……」
敵の正体を見て、部下達があからさまに怯えて狼狽した。
「噂の奴か……」
トサカ頭の戦士。筋骨隆々とした大男で、爆音で駆ける魔法の馬を操り、山賊を狩るという戦士だ。その頭部は燃え盛る炎のような赤いトサカの髪型をしているという。
単なる噂話だと思っていたが、本当に存在したらしい。今、目の前にそれがいた。
「……おもしれぇじゃねぇか」
強者との戦いはロッグの楽しみの一つ。自然と笑みが零れた。
対してトサカ頭の戦士はつまらなそうにロッグを一瞥してから言った。
「そこそこ強いみたいだが。単なるクズ野郎だな……。剛剣のロッグ、お前はやり過ぎた。ヴルミナの街は賞金を出す条件について『生死を問わず』と言ってるぜ」
トサカ頭の戦士は乗り物から降り、斧を手にして言う。敵地に一人だというのに、全く緊張した様子がない。
それに若干、不気味なものを感じながらも、ロッグは応じた。
「傭兵風情が。ちょっと有名になったくらいで調子に乗ってんじゃねぇよ! 野郎共、ぶっ殺すぞ!」
ロッグの叫びを合図に、攻撃が始まった。
最初に放たれたのは矢だ。門が破られた時に、村の各所に素早く配置された弓兵による狙撃である。
正面から堂々と突っ込んでくるバカは無数の矢を受けて終わりだ。
剛剣を振るうまでもない、とロッグがにやけた顔をした時だった。
「ぬおおおおおおおお!」
トサカ頭の戦士が、目にもとまらぬ速さで斧を振り回した。
驚くべき事に、飛来する矢の全てが、斧にはじき飛ばされる。
「ひぃぃい! 化け物だぁっ!」
「慌てるんじゃねぇ! 苦し紛れだあんなもん!」
怯える部下を叱咤して、ロッグ自身は斬り込んでいく。矢の雨の効果は薄いかも知れないが、剣で斬り込む隙は十分に生じている。
巨体に似合わぬ素早さで踏み込んだロッグは、自慢の剛剣を大上段から振り下ろした。
矢を受けるのに必死なトサカ頭の戦士にこれを受ける余裕は無い。
そのはずだった。
「なんだと……っ」
「どうした? 自慢の剛剣とやらは随分軽いんだな」
トサカ頭の戦士は、右手一本で持った斧でロッグの渾身の一撃を受け止めていた。
しかも、空いた左手は飛来した矢を見事につかみ取っている。
「て、てめぇ……何もんだっ」
返答は拳の一撃でなされた。
矢を捨てた左拳が、ロッグの顔に突き刺さった。
「ぐおおおおっ」
顔面がひしゃげたかと思う衝撃に、思わず剛剣を落とし、その場にうずくまる。
「俺の名前はモヒー・カーンだ。別に憶える必要はねぇぞ」
名乗りを聞いた瞬間、ロッグは本能的に後ろに飛び退いた。武器を拾う余裕すらなかった。こいつは化物だ。
「矢だ! 矢で動きを止めろ! それと、女を連れてこい! おい、トサカ頭! てめぇがいかに化け物じみた強さでも、こっちには人質がいるんだぞ! 攫ってきた女だ!」
追い込まれた状況を理解しつつも、何とか勝ち誇ろうとするロッグ。
しかし、彼の待望した人質はいつまでたっても現れなかった。
その代わり、聞き覚えの無い女の声がした。
「その人質というのは、こちらの女性達ですわね」
振り返ると。そこには妙に露出度の高い格好をした魔法使いと、光神の神殿騎士がいた。共に、胸は豊満であった。
「なんだ……お前ら……」
「ふふ、魔法の力でこっそり潜入したんですの」
「門を破る少し前の話だ。弓兵もあらかた始末させてもらった」
理不尽だった。
ほんの少し前まで、山賊として二度目の人生の天下が来たと思っていたのに。
一瞬で台無しだ。何もかもが。それも、何が起きたのかよくわからないような負け方で。
「ふざけんな……。ふざけんじゃねぇぞ……。俺はまだ負けてねぇ……。殺してやる。殺してやるぞ……」
鼻血を吹き出しながら、怒りで目を血走らせて目の前の敵を睨みつける。
我を失う程の怒りを見せるロッグの前に、放り投げられるものがあった。
剛剣だ。ロッグの相棒、これさえあれば恐いものは無い……。
その武器を寄越したのはトサカ頭の戦士だった。
「殺し合いをしたいなら、剣を取りな。投降するなら殺しはしねぇ」
トサカ頭の戦士。モヒー・カーンは斧を構え、言い放った。
その余裕ある態度が、ロッグの怒りに油を注ぐ結果となった。
「死ねぇぇぇぇ!」
剣を取り怒りのまま振りかぶるロッグ。
対して、冷静な目つきのモヒー・カーンは静かに斧を構える。
そして、叫んだ。
「汚物は消毒だあああああああ!」
その日、剛剣のロッグを頭領とする山賊団が消滅した。