05-27 激震!! 三河一向一揆⑨
娘である守綱を故郷に帰し、自らは山の中腹に留まる事を決めた父・高網が様子がおかしい【一向衆】の者達にその身柄を捕獲されてしまっていたその頃、無事下山する事に成功した守綱はそのままの足で実家がある集落の元へと向かっていました。
(早く……! 少しでも早く帰って村の皆にもこの事を伝えないと!)
彼女が山から抜け出して先ず目の前に飛び込んで来た物は夕陽に照らされて鮮やかな茜色に染まる連なる山々と、まだ川の水が淹れられておらず、今は乾燥した土とそこに立てられた幾つかのカカシが目に入って来る様な広大な田畑でした。
そしてその田畑の間に挟まれる形で、三人の人間が横に並んでも通れる程の幅があり、途切れずに何処までも続いている様な砂利道を守綱は無我夢中でひた走っていました。
先程から警告を促す様により強く鳴り始めている胸騒ぎからなんとか意識を逸らすかの様に心の中でそう叫ぶ彼女でしたが、無我夢中で険しい山道を下って来た事もあり。
彼女の体には木の枝が当る事で手足や頬についた切り傷だけに留まらず、足の裏以外を守ることが出来ないわらじを履いてい為に足や指もボロボロになってしまっていた。
(うっ……もう少し、もう少しだけ我慢してね……!)
そんな現状を理解していながらやせ我慢を貫く事に決めた彼女は、八件程のからぶき屋根の家が50m間隔で横に並んでいる集落の左から二番目にある実家に辿り着くや否や、下に石の土台が据えられた横開きの木製の引き戸を開けて息も絶え絶えに帰宅します。
「はあ……はあ……はあ……」
「お姉ちゃん?! どうしたのその傷?!」
すると床が土で覆われている家の玄関から見て直ぐ右側に設置されている調理場の二つの釜戸の火を保つ為に、350㎜ペットボトル程の大きさに切った竹の中身をくり貫いて作った、釜戸の火に息を吹き淹れる道具を片手にしゃがみこんでいた守綱の五歳年下の弟、【渡辺政綱】はボロボロになって帰ってきた姉の姿を見て仰天します。
「いったい何があったのですか、お姉ちゃん?! まさか猪や熊が現れたとか?!」
そう言って政綱は慌てながらも出入口から外に出て、家の左隣に設置されているドラム缶程の小さな井戸の上に駆け寄り、井戸の上に置かれている丸い木の蓋を頭が入る程度に横に退かします。
「待ってて! 直ぐに姉さんの怪我してる部分を水で洗うから!!」
「ありがとう、政綱……」
そこから水を組み上げる為の手段として長い縄が取り付けられていて、蓋の底に重りが付けられている木製の水桶を政綱は慣れた動きで投げ入れて水を組み上げます。
そしてその冷たい水で泥と血で汚れている守綱の足を政綱は洗い落とし、何度か洗濯してボロボロになった着物をタオルとしてリサイクルしたらしき布を濡らして、守綱の体や傷口についている泥を洗い落として行きます。
「政綱、良く聴いて……。岡崎城に大勢の【浄土真宗】の方達が集まっていて……岡崎城の方から大勢の人達の……悲鳴が聴こえて来たの……」
「それって……まさか……」
思わぬ話とその事が意味する事に気がついた政綱が目を見開き、冷や汗を流し始めた所で守綱が逃げてきた岡崎城がある山の方から大きな爆発音が付近一帯に轟き、数秒程遅れて爆発の衝撃波が家と二人の鼓膜を揺らします。
「うわわわ?!!」
「な、何が起こったの……?!」
疲れで重くなった体を無理矢理起こそうとしている姉の姿を見た幼い政綱に肩を貸してもらい、外に連れ出して貰った政綱が先程まで自分と父がいた山の方へと視線を向けると、そこには赤い炎が混じった巨大な黒煙が立ち昇っていました。
「…………」
「…………」
今まで経験した事の無い出来事に遭遇した二人は言葉を忘れて、ただただ呆然と白い霧に覆われている山々の中から沸き上がる黒煙を眺めていたのですが、政綱はあることに気がつきます。
「……姉さん、お父さんは? 確か今日はお父さんと一緒に山菜採りに行ったんだよね?」
「……あ。そうだよ、あそこにはお父様が……」
その言葉を聴いて現実に引き戻された守綱の思考は電源を入れられたコンピューターの様に稼働し始め、いま白い霧と黒い煙りに覆われている場所は先程まで自分も父と共にいた場所てある事を悟ってしまい、目を見開いたまま力無く地面にへたれ込んでしまいます。
「姉さん?! まさかあそこにまだお父さんがいると言うの?!」
「お父様は……岡崎城で不審な動きをしている人達を見張る為に残り……。私には村の皆に避難を呼び掛ける様にと言われてあの山の中に一人残られたの……」
「何だって?!! だったら速く村の皆にもこの事を伝えないと!!」
「その必要はない!」
慌てて玄関から出ようとした政綱を呼び止める大人の男性の声がしたので、二人は玄関の向こう側にいるであろう声の主を確認する為に視線を移します。
「誰ですか!」
勇ましい声を挙げて尋ねる政綱が見た者は鎧一式を身に纏い、自らが跨がっている移動用の子馬を用いて二人が居る家の玄関に向けてゆっくりとした足取りで近付いて来ている男を視認する。
「私は夏目吉信なつめよしのぶ。今回、教祖であられる空誓様からの名を受けて岡崎城周辺で暮らす信徒達の指揮を任された者である!!」
そう言い切った【夏目吉信なつめよしのぶ】と名乗る男の言葉が真実であると言う事を伝える様に、彼の後方には【浄土真宗】と言う言葉が書かれたのぼりを背負った、彼女達も良く知る近所の人達も含め、100人を超える大勢の人々がそれぞれに長槍や弓を複雑な表情で持っています。
その予想だにしない現状を見た守綱は慌てて皆に伺います。
「皆さんは岡崎城で今起こっている事はご存知なのですか?! 今、岡崎城からは不自然な霧が大量発生していて、その霧に飲まれた城下町から沢山の悲鳴が聴こえて来たのを私は見聞きしました!! 下手をすれば私達の命すらも危ぶむ様な事態が起こっているのかも知れないのですよ!!」
明らかにおかしな理由で武装蜂起したであろう仲間達に対して説明する為に、慌てて玄関から飛び出した守綱は声を挙げて自分自身が見た以上事態を伝えます。
するとその話が初耳で有ったらしい信徒達の顔は一応に驚きの表情へと変わり、互いに話し合ったり、黒煙と濃い霧が立ち込めている岡崎城を確認して声を挙げて周りに注意を促し始めます。
「何だって?! そんな話は聴いていないぞ!?」
「俺達はただ、織田家と南蛮人に媚を売り始めてしまった姫様を止めに来ただけなんだ!!」
「ほ、本当だ……!! 皆、城がある方向を見てみろよ!! 大変な事になっているぞ!!」
やがてその騒ぎは民衆の全体へと広がり。彼等を先導役である夏目は、既に歳が40代である事と研ぎ澄まされた刃の様な貫禄をもっているが由縁に出来る渇を戸惑う民衆に入れる。
「静まれッ!! 静まらんか皆のものッ!! 娘、名はなんと申す?」
「はい!! 父、渡辺高網の娘で、守綱と申します!!」
「そうか。では守綱よ! 御主が見た事を信じ、これより岡崎城へと向かおうとしていた我々はこの村で岡崎城の様子を伺う事とするが、良いかな?」
その問い掛けに対して守綱は顔を横に振り、提案を出します。
「いえ、夏目様!! 僭越ながら少しでもこの場から離れるべきかと存じます!! あの霧は只の霧では有りません!!」
「うむ……。そうは言ってもな……」
「おい!! もうここから見える程に霧が近付いて来ているぞ!!」
そう言って二人が話し合っている間にも、立ちはだかっていた黒煙の前で立ち往生していたらしき霧が、まるで黒煙を真ん中から突き破る様に、川が流れて来る程の速度で守綱達が今いる村の方へと迫りつつあり。
その山と村の中間地点に当たる山の山頂に備えられた、木製の三階建て程の高さがある見張り台を霧が見張り員の悲鳴と共に飲み込んで行く光景を皆は見てしまいます。
「……ッ!! 皆、急ぎ畑の土を深く掘るんだ!! 開けた穴の中に身を隠す事でやり過ごすぞ!!!」
「へ、へい!!」
その絶望的な光景を見て戦慄を感じた夏目は安全を確保する為の指示を出し、住民達は慌てて指示された通りにまだ水が満たされていない乾いた畑の土を手持ちの桑くわ等の農機具や、素手で掘り起こして行きます。
「は、速く! 少しでも深く掘るんだ!!」
「もう直ぐそこまで来ているぞ!!」
「ひいいい!! 堪忍してつかぁさい!! 堪忍してつかぁさい!!!」
そんな彼等の奮闘を嘲笑うかの様に、岡崎城から流れ込んでくる濃い霧は既に城と村との間にあった半数以上の山々を飲み込んでおり。
残すところ後一つ程の小山を乗り越えれば村まで数分もしない内に辿り着ける距離まで来ていました。
「駄目だ!! もう間に合わねぇぞ!!」
「よし……おまえ一人を入れられるだけの穴は掘れた様だ……」
「いや!! 貴方と一緒じゃなきゃ私嫌よ!!」
「姉さん!! もう間に合わないよ……!!」
「諦めちゃだめだよ! 最後まで!!」
それぞれが後1、2分もしない内に自分達を飲み込んで行くであろう、絶望の具現化とした霧の到達を覚悟しているその最中にその大爆発は起こった。
「ぐうぉぉぉぉ!!?」
「皆、耳に手を当てて伏せろぉ!!」
その叫び声が誰のものであったかは霧の中で突然起こった雷の様な轟音と爆風によって書き消されたので確かではない。
ただその後も二十を数える程に途絶えることなく続いた爆発音と、起こったその現象の先に有った物は何時もの見慣れた明るい夕暮れに照らされた景色と。
遥か水平線の先に沈み始めている夕陽の下に独特のシルエットを被せて浮かんでいる“浮かぶ城達”の存在であった。
「おい……まさか夕陽の下に写っているあの影って……船じゃないのか?」
「そんな馬鹿な!! 陸地からでも夕陽と被って見える程の大きさを持つ船等ある筈が……」
そう言って住民達が口論をしている間にも、夕陽に写る艦船の中でも一際大きな2隻の艦船の内の前を行く船から、今までに聴いたこともない程に大きな轟音が遠く離れた陸地でも聴こえて来たと思ったその数十秒後。
風を切る音と共に未だに霧に包まれている岡崎城周辺から、まるで火山が噴火した様な爆発音と衝撃波が村全体を揺らします。
「な、何が起こっていると言うんだッ!!?」
「夏目様!! 我々を飲み込もうとしていた霧がいつの間にか晴れています!!!」
「何だと!!」
未だに地揺れと轟音が響いている状況の中で、田んぼに開けた穴の中に身を隠していた夏目が顔を外に出してみた所。
そこには目前まで迫りつつあった霧が書き消えた何時もの景色と、周囲にキラキラと光を放ちながら大量に舞う紙吹雪の様な物であった。
「……これは一体」
思わず夏目が手に取ったそれは彼の長い人生の中で見た事が無い物で、何と無くではあったが日ノ本とはまた違う国で作られた物である様な気がしたそんな時であった。
『グウォォォォ!!!』
先程岡崎城周辺で起こった大爆発にも負けない程に大きく、おぞましいその雄叫びは耳に入るだけでも身が震える程の憎悪と怒りを含んでおり。
その狂気に満ちた雄叫びは強く反響し合いながら、村全体をビリビリと言わせる程に大きく響き渡ります。
「今度は何だと言うのだッ!?」
「な、夏目様!! 岡崎城に……岡崎城に化け物がおりますッ!!!」
「あれは……私は悪い夢を見ていると言うのか」
思わず夏目が真っ青な顔になり、声を震わせる程に仰天させた存在は何なのかと言うと。
今は黒煙と炎に包まれている岡崎城に巻き付く様にして存在していて。青白く輝く肌に、タンクローリーのタンクと同じ程の太さを持つ8本からなる巨大な蛇の首を胴体部分から蟹の足の様に生やしている、まるで【ヤマタノオロチ】を連想させる様な化け物であり。
そのとてつもなく邪悪な存在を見た住民達が顔を青ざめさせている間にも、8本の頭と首を持つ巨大な大蛇は木に絡み付く様に城に絡み付いたままの体勢でその大きな口達を夕陽に向けて開けて行きます。
「あの化け物は何をするつもりなの姉さん……!?」
「分からない……でも、何か恐ろしい事が起きようとしている事は確かだと思う」
守綱の言うとおり、8つの開けられた化け物の口内が突然青白く輝き始め。一瞬眩い光を放ったと皆が感じたその数秒後、ダイヤ等を加工する際に用いられるウォーターカッターの様な超高圧の水を8つからなるその大口から放水し。
その甲高い耳鳴りの様な超高音と共に猛烈な勢いで発射たれた8本の水の線は夕陽に写る複数の艦船に次々と命中してしまいました。
「おい!? 夕陽に写っていた船が今の光で真ん中から裂けちまったみたいだぞ!!?」
田んぼに掘った穴の中から顔を出して外の様子を伺っていた農民の一人が思わず絶叫してしまった様に、ウォーターカッターによる攻撃を受けてしまった艦船はその箇所からケーキを切るように船体が両断されてしまったらしく。
地上からも見える程、複数の攻撃を受けてしまった艦船からはモクモクと黒い煙りが立ち上っており。沈没しつつある艦船に備えられているサイレンがけたたましく鳴らされている音や、船首と船体が引き剥がされてしまった艦船のシルエットから地平線の彼方で大惨事が起こっている事が分かります。
その衝撃的な出来事の連続にただ呆然としていた人々は、見知らぬ巨大な艦船を軽く凪ぎはらって見せた8本有る大蛇の内の顔の二つが此方を舌を出し入れしながら見詰めている事に気がつきます。
「お、おい……。もしかしてあの化け物、俺達を狙っていないか……?!」
「なんですって?!」
慌てて視線を岡崎城と一体化している大蛇へと向けると、そこには地平線に浮かぶ艦船を葬った時と同じ様に大口を開けて口内を青白く輝かせ始めている大蛇の姿があり、
「みんな逃げろッ!! 身を隠す事が出来る森の方へと逃げるんだッ!!」
上から見下ろされれば丸見えになってしまう穴から続々と村を囲う様に木が連なっている森に逃げ込む人や、
「くっ!! ここは責任を取って私が囮になるしかあるまい……!!」
「お辞めください!! 危険です夏目様!!」
穴から抜け出して身を呈して走り回る事で囮となる事で、大蛇の注意を惹き付ける等の抵抗を見せ始めた所で大蛇の口から遂に太陽の日差しの様な眩い2本の光が放出された為に、彼等の視線はその水の線の行き先に釘付けにされます。
「ぎいゃぁ」
「脚が……脚があぁぁ!!!」
その水の線の内の三本が森に逃げ込もうとした10人以上の人々をシャワーで汚れを落とすように凪ぎはらい、もう1本のウォーターカッターも畑に隠れている彼等を同じ様に料理してしまおうと目の前の地面を抉りながら迫ります。
「止めろッ!! 止めてくれッ!! 彼等が何をしたと言うのだぁぁぁ!?」
囮になるべく飛び出したにも関わらず無視されてしまい、自らの頭上をウォーターカッターが越えて行く絶望の余りに喚く夏目が最悪の結末を脳裏に思い描きながら振り返ると、驚くべき事に先程自らの頭上を越えて放出され続けているウォーターカッターが“成人の男性程の大きさの光輝く小さな壁”に遮られて畑まで届いていない事に気がつきます。
「な……あ……」
驚きの余り思わず口が半開きの状態で狼狽している夏目が見たものは、つい先程村人目掛けて放出されたウォーターカッターを弾いてみせた眩い光を放っている上半身を覆うほどの大きさがある、横並びに地面に立てられた二枚の大盾であり。
その盾の持ち主らしき全身を防具に身を包んでいる、親と子供程の身長差がある二人の盾の持ち主の両足であった。
「畜生……ギリギリ間に合わなかった……!!」
「仕方ないわ。亮太の体力を回復させる為にパワーバーと牛乳を大量に摂取しないと行けなかったんだから……」
悔しげに呟く二人の後ろには逃げ遅れた渡部姉弟を含めた70人程の村人が、今目の前で何が起こったかを理解出来ていないと言った様子で目の前に突然現れたのは機動隊の防具に身を包んだ赤毛の青年が一人。
そして、戦場に似つかわしく無い、愛らしいフリフリのメイド服と紅色に光輝く両手両足の防具を身に付けた、キャラメル色のツインテールが美しい少女の背中を見つめていました。
そんな突然現れた乱入者達がやり取りを交わしている間にも、狩りの邪魔をされた大蛇が心底機嫌を損ねたのか、先程の様に2本の頭を用いて狙いを付けるのでは無く8本の頭を此方に向けており。
その大口を獲物を今度こそ仕留めようと開き始めている事に気がついた腰を抜かして動けないでいる人々は恐怖に包まれます。
「あ……あんた達!! 何処のどなたかは知らないが目の前を見てくれ!!」
「化物が本気で俺達を殺しに来ているぞ!!」
「畜生!! 折角助かったのに!! もうおしまいだ!!」
青白い顔で口々に絶望を叫ぶ村人達と対照的に、突然現れた二人の乱入者は彼等に背中を見せて盾を前に構えたまま落ち着いた声で返事を返す。
「御安心ください皆さん!! 我々はあの暴走した魔物を無力化する事が出来るだけの力と知恵を持っています!!」
「だから私達の後ろから離れないでくださいね!!」
その言葉にはその場を凌ぐ為の見栄や、自分自身に酔っている様な誇り高ぶりは感じられず。本当に岡崎城に巣くう化け物を退治する事が出来ると言う確信から生まれた自信に満ちていた。
・幾つかの文章の修正をしました。(9/9)




