05-01 夢の半ば
(ここは……何処だ……?)
その日僕は夢を見ていた。
「では、これからは共にお父様と一緒に床につけるのですね? そうなのですね?」
「ああ、そうだよ元康。もう元康は人質ではないんだ……。今度こそお父さんは元康から離れないから安心しなさい」
「それは……元康にとってとてつもなく嬉しい、夢のような話です……」
枕元に置かれ、淡く暖かな光を放つ蝋燭に照らされている六畳間の和風な寝室で、顔も知らない20台前半の若いお父さんと6歳ぐらいの女の子が一つの布団で抱き合うように寝ている姿を、僕は幽体離脱をした人のように天井から見下ろしていた。
「明日は何処に行かれるのですかお父様?」
「そうだね。元康は何処か行きたい所は有るかい?」
その質問を受けて、気弱そうな少女は言いづらそうに自分の提案を出す。
「えーと、えーと。出来れば元康は、お父様に信長お兄様とお話しをして頂きたいのです!」
まさしく鳩が豆鉄砲を受けた様な、予想外な解答に目を丸くさせている父親は切り返す。
「え? 尾張のおおうつけ【大馬鹿者】と呼ばれている彼にかい? うーん……意外だな……。何故人質にされた織田の後継ぎと会って欲しいんだい?」
「それは、信長様がーー」
「広忠様……お休みの所失礼致します……」
少女が理由を説明しようとした所で、突然廊下に繋がる襖越しに押し殺した様な男の声が聴こえてきた為に遮られてしまう。
「……無礼を許そう。して、何が有ったのだ?」
「……はっ、実は織田側の軍勢に三河を攻め取ろうとする動きがあるらしく、殿の意見を聴きたいと家臣達が集まっております」
「遂に攻めて来たか……」
「そんな、私達は刀を向けあっている場合ではないのに……!」
その突然の報告を受けた二人の親子は、それぞれ違うリアクションで危機感を顔に滲ませる中で、広忠と呼ばれたお父さんは大きな袋に藁の敷き詰められた布団から体を出し。
寝巻きではなく、普段着様の旅館で借りれる様な薄緑色の浴衣姿で、困惑している少女を優しくハグしつつ言葉をかける。
「娘よ。暫くはその願い事は叶える事が難しい様だ……。でも、その提案は私の心の中に納めておくから安心して欲しい」
「はい、お父様……」
「大丈夫。小競り合いが有るのは何時もの事さ……。直ぐに収まるから」
そう言って微笑む父の姿を見た少女は少し落ち着きを取り戻せた様で、軟らかな微笑みを浮かべて父を見送る。
「ありがとうございます、お父様。いってらっしゃい」
「うん。行ってくるよ、元康」
娘が元気を取り戻した事を確認した広忠さんはそう言って声を掛け合ってから、声がした襖の方へと歩いていき、襖を開けて闇が満ちる廊下へと歩いていった。
「ああ……信長お兄様……。また戦が始まってしまうのでしょうか?」
「お主、何を……?!」
そう呟く少女が溜め息を吐く前に、突然廊下から揉め会っている様なドタバタとした音と、肉を切るような音と共に低い悲鳴が聴こえてきた。
「お父様?」
思わず頭の中で浮かび上がっているのであろう最悪の事態を少女は疑う様にゆっくりと布団から出て、枕元に置かれた皿の上で灯りを灯す蝋燭を左手に持ち、父の刀を御守り代わりに右手に握り締めながら恐る恐る襖を開ける。
その後をつける様に僕も彼女の背後から後をつけてみる。そして、直ぐにその悲鳴の理由を知らされる事となる。
「お父様!!!」
蝋燭の灯りに照らされた廊下には赤い血液が流れており、その流出現を確認する為に少女が近付くとそこには胸に短刀を突き刺され、瀕死の重症を負わされている父の無惨な姿があり。
慌てて駆け寄ろうとした少女は父の側に誰かがいる気配を感じとる。
「ひっ、あ……貴方は誰ですか!!? 何故お父様にこのような……酷いことを……!!」
その叫びに対する不審者の返答は言葉ではなく、慌ただしい足音から逃走した事だけは分かった。
「お父様!!! しっかり!!!」
それを確認した少女は急いで父の元に駆け寄り、すがるように父に呼び掛け続けるがお父さんは娘を認識する事が出来ていないのか、小さく呻きながら
「ああ……神が……もし……居るならば……娘だけは……」
ただ自らを抱き寄せ泣いている娘の幸福を神に祈って死んでいった。
「お父様……? お父様!!? 嫌だよ、もう私を置いていかないで……!! お父様ぁぁぁ!!」
その残酷な悪夢の一部を見せられた僕の意識は絶望に震える少女とは違い、穏やかに悪夢から覚まされる事となる。




