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00-01 終わりであり、始まり

 午後4時30分頃と言う夕暮れには少し早いこの時刻。

 田舎でも都会でも無い様なとある町に少し寂れた木造二階建てで、各階層には横並びに5件程部屋が設けられた、六畳間の狭い風呂無しアパートが有りました。


 そんな家賃が三万五千円のお手頃アパートの一階部分の一番左端に位置する部屋の中から、目覚まし時計のけたたましい音が鳴り響き始めます。


「ふわぁ……少しは眠れたかな……」


 その騒音が鳴り響いている部屋の中で、布が擦れるような音と共に青年男性がぼそりとつぶやく声が、開けっぱなしになっている台所の小窓から漏れ聞こえて来ます。


 青年が暮らしている家の出入口である木製の引き戸を横に開けると、そこには石で出来た玄関と四足ほどの靴があり。

 玄関から室内に続く繋ぎ目の部分に、下に靴箱位の高さの物なら仕舞える木製の板が目に入る、昔懐かしの長屋に似た様な内装をしており。


 続けて板を踏み越えて入場して来た来場者を歓迎するのは、正面に続く緑一色の絨毯(じゅうたん)が敷かれた、人が二人並んで通れる程の幅と、長さ1メートル半程の廊下。


 そしてその先には、この家の生活スペースであるであろう8畳間の和室が広がっていて、普段は部屋と廊下との間を区切る為にある、木製のスモークガラスが上部にはめ込まれた横開き式の引き戸が、現在は開けられていると言った状態です。


 そんなまだ畳の香る和室の真ん中に置かれているのは、透明のガラスで出来た四脚のミニテーブルであり、その上では未だに家の主人を起こそうとして暴れている目覚まし時計が置かれており。

 玄関と台所が一体となっている引き戸の外側から、頭をシャンプーの泡だらけにしたままの状態で赤いボクサーパンツ1丁の青年が部屋へと入って来ます。


「はいはい、わかりましたよーっと……」


 そう言いながら青年は鳴り響く時計を止めて、再び陽気に鼻歌を鳴らしながら頭に乗ったシャンプーの泡を落とすために台所の流し場に歩いていく。


「ふーん、ふーん、ふふーん。うし、これでよしっと!」


 濡れた頭をバスタオルで拭き取り、さっぱりした様子でこの風呂無しアパートにおける【入浴】を終えた貧乏ぐらしの男の名は豊口亮太(とよぐちりょうた)と言い。

 今年の春から一人暮らしをするためにこの部屋に住んでいる若い家の主であり、彼は5時半から出勤する予定の夜勤のコンビニバイトに向かう用意をしている、一見すると何処にでもいる様な25才のフリーターであった。


 一つ、彼が他の人と変わっているとすれば、彼が高校時代からバイトを始めて25才になるまでに彼が働いた職場が必ずといって繁盛(はんじょう)している事と。

 彼は自分の必要としている以上のお金を蓄える事はせず、職場の発展の為に給料を使用する程に働く事と職場が純粋に好きな、変わり者である事等であろうか。


(今日は川辺さんが休みだから、雑誌類の陳列とビニール巻きは俺がやらないとな……。あとは……)


 そんな変わり者である彼の脳内では、今日の仕事の段取りがシュミレーションされているが、身体の方は濡れた頭に続いて、身体もバスタオルでしっかりと拭き終えており。


 台所の壁に張られたマグネットが裏についているB4サイズの鏡を見ながら、少し赤みがかったショートヘアーの髪の毛をワックスで軽く固めて、彼の何時もの髪型である揺らぐ火の様に整え。

 着替えには英語が書かれた無難な白いシャツと青いジーンズに着替えた亮太は財布に、手のひらサイズのスマホ、家の鍵に中型バイクの鍵をそれぞれポケットに入れ。

 何時もの出勤するためのセットが揃えられた事を確認してから、我が家を後にする。



 ーーーーーーーー◇ーーーーーーーーーー



 夕方の帰宅ラッシュに巻き込まれる訳でも無く、無事に駅前の駐輪所にバイクを預け終えた亮太は通いなれた改札口の近くに店を構えているコンビニへと入っていく。


 軽快な音楽と共に開く自動ドアを通り抜けると、そこには平日の夕方と言う事もあり仕事帰りの男性や、買い食いに立ち寄る学生さん達が大勢来店しており。その忙しそうな光景を確認した亮太は頭を仕事モードに切り替えて行く。



(我ながら、中々に店が忙しい良い時に来れたものだ)と感じた亮太は、お客さんがずらりと並び、二つのレジで慌ただしくレジ打ちに終われる中年のおじさん店長と最近入った若いアルバイトの女の子に急ぎ気味に挨拶を交わす。


「おはようございます、店長! うめちゃん!! 直ぐに着替えて応援に入りますね!」

「おおっ!! 丁度良いところに来てくれたね亮太くん!!」

「良かったー……亮太先輩が来てくれたなら何とかなりそう!」



 そんな安堵する二人の声を耳に入れつつ、亮太は急いでバックヤードに置かれている自分用のロッカーから取り出した制服に着替え、タイムカードを切ってからまだ仕事に完全には慣れきっていない後輩のレジ打ちを半分手伝いに向かう。


「店長、うめちゃんのレジ打ちのヘルプに回りますね!」

「おう! 頼んだよ!」

「ひい~、お願いします先輩!! お客様が途切れなくて困っていたんです!」

「こらこら、悲鳴を吐くのは店員として立っている内は禁止だぞうめちゃん?」


 そんなやり取りをしつつ、亮太達がてきぱきとお客さんを捌いて行く作業を二時間程こなした所でやっと客足が落ち着いて来たため、3人はやっと一息つく事が出来た。


「ひや~なんとか乗りきりましたね~。やっぱりあれだけの人が一度に来ると私じゃ捌ききれないですよ~」


「そうかい? 最初の時と比べると別人と言えるぐらい良い動きが出来るようになったじゃないか」


「ありがとうございます店長……。でも酷いですよね亮太さん、こんなに仕事が忙しいなら面接の時に最初から言ってくれたら良かったのに~」


 わざとらしく目を閉じて、辛そうに溜め息を吐く彼女に亮太は少し苦笑いしながら、ふてくされる彼女を励ます。


「何事も経験だよ、うめちゃん? それに、大変な仕事と分かっていても諦めずにうめちゃんがこの仕事を続けてくれているお陰で、大勢の人が助かっているんだよ?」


「本当ですか?」


 その言葉を聴いて、犬ならばピンッと尻尾と耳を立てていそうな何かを期待する表情で、彼女は亮太の次の言葉に期待する。


「勿論。俺を含めて大勢の人がうめちゃんに感謝していると思うよ?」


「えへへ~、亮太さんに感謝されてしまいました! どうしましょ~店長~」


「はいはい、じゃあお客さんが少ないうちに他の仕事を終わらせてしまおうか」


「あー、そんな冷たい対応するんですね店長!! 良いですよ、良いですよ!! 私、もう店長が白髪染め手伝って欲しいって言ってきても知りませんから!! ふん!」


「え?! ちょっとそれは困るよ、うめちゃん~」


「店長、俺の知らない間になにやってるんですか……」


 そんな仲が良いから出来る軽いやり取りを楽しみながら聴いていた亮太であったが、彼の背後に位置していたガラス製の自動ドアが、突然轟音と共に亮太達が居る店の内側へと弾け飛ぶ。


「な、何事かねっ!?」

「きゃあぁぁぁ!!?」

「二人とも!! 逃げ……」


 それに加え、亮太目掛けて飛び散って飛んできた物はガラス片だけでなく、出入口付近に置かれていたATMまでもが、まるで闘牛の様に正面から物凄い勢いで吹き飛んで来る。


「がっ?!!」


 亮太が気付いた時には彼の身体はATMに弾き飛ばされ、店内の中で宙に投げ出されており。

 突然の出来事にただ小さく悲鳴をあげて、ただただ二メートル程後方に吹き飛ばされるしか無かった亮太はそのままスナック菓子が陳列されている商品棚の一つに叩きつけられた事により、四列程の商品棚が衝撃でドミノ倒しにしてしまいはしたが。

 少しだけ衝撃を殺す事には成功したのだが……。


「あぁぁぁぁぁぁ……!!!」


 全身の至るところに突き刺さる大量のガラス片や、300キロ近い重量を持つATMの激突を受けて吹き飛ばされ、まるで全身が引きちぎられる様な激痛故に、後ろに倒れてしまった陳列棚の上で大の字になったまま悶え苦しむ亮太。


「ぐぅぅ、あぁぁぁぁ……!!?」


 何度か意識を手放しそうになりながら、亮太は何とか上半身を起こし、お店の出入口を吹き飛ばした原因を確認する。


(中型トラックが……店に突っ込んで来たのか……!!)


 全身を打撲し、吹き飛ばされてきたATMに巻き込まれた時に折れて、あらぬ方向に曲がってしまっている右足の激痛にも襲われながら。

 亮太は店の入口を破壊した原因でろう衝撃でフロントガラスが割れ、バンパーを歪ませたコンテナ付の中型トラックを視線に捉える。


 そのトラックを運転して来たのであろう、くすんだネズミ色の雨ガッパで全身を覆い、フードを深く被っている小柄で不審な人物が、衝撃でフレームが歪みガタガタになった運転席の扉を無理矢理に蹴破り、ドアを吹き飛ばしつつも降りてくる様子が目に入る。


(そんな……あんな子供が何で……!?)


 その姿は亮太よりも背が低く、フードの影に隠れていても解るほどに真っ赤に血走らせた目と細い体型であり。

 軽い身のこなしで運転席から降り立つ不審者。そしてその右手に握られ、ゆらゆらと揺らされている更なる【凶器】を見て、亮太は全身が冷えきって行くのを感じた。


(あれは、サバイバルナイフじゃないか??!)


 そう、不審者が大切そうに持ってきた凶器は良く通り魔事件等で扱われる様な、刃渡り40㎝程の頑丈で、良く研がれて光輝くサバイバルナイフであった。

 それにより亮太は、この不審者が誤っててこの店にトラックを突っ込ませたのではなく、計画的に自分達が働くコンビニを襲撃する為にやって来たのだと言う事を初めて理解させられる。


(だとすれば……まずい……!!)


 焦る亮太を尻目に、餌場へと降り立った小さな襲撃者はその目を血走らせ、口元を歪ませたイカれた表情のまま、彼の一番近くのレジで頭から血を流して倒れている店長へと狙いをつける。


「あは……あははは……!! 私が……私が……貴方を殺せば……みんな、みんなうまく行くんだよ!!?」


 トラックを見事に運転して見せた小柄な襲撃者のその不気味な声は、意外にも声変わりをする前の少女の様な中性的な声であり。

 そんな鬼気迫る様子の彼は、最悪な事に出入口の側にあるカウンターの中で倒れている店長目掛けて、サバイバルナイフを左手に飛び掛かろうとする仕草を見せる。


「だからーー」

「ああああぁっ……!! 止めろぉぉぉ!!!」

 

 コンビニの出入口近くで倒れている店長がいる場所、そして衝撃で吹き飛ばされ店の奥側まで押し込まれている位置状況を見て、瀕死(ひんし)の身体である自分が今から頑張って駆け寄っても間に合わないことは流石に亮太にも解っている。


 だから亮太は、運良く手元に転がっていた、てのひらサイズに砕けたコンクリートの固まりを全身の力を振り絞って、激痛に歯を食い縛りながわも通り魔の頭目掛けて投げつけた。


「んっ……」


 本来ならば掛け声を掛けた時点で気づかれてしまい、投石を避けられてしまうのが落ちなのだが。

 亮太の掛け声により投擲に気づいていた筈の通り魔は、何故か亮太を見つめたままの状態で、投げられた石を左目に直撃させ、あと一歩踏み込めば店長の喉元に届くか届かないかの瀬戸際の位置で刃物と供に静止した。


 その一瞬の静寂の後、通り魔は石を左目にめり込ませたままゆっくりと亮太へと向き直る。


「ねえ……。お兄さんが……今、私をイジメたの?」

「はあはあ……!」


 フードで顔を良く見ることが出来ないが、左目にめり込んでいた少し血のついた拳程の石が、力なくガラスの散らばった地面に落ちた次の瞬間、身を恐怖で動けなくさせてしまう程の強烈な殺気が突然亮太を襲った。


「う……あっ……!!」


 思わず激痛すら忘れ、声にならない声をあげる亮太は見てしまった。

 血が出てしまう程の勢いで自分の左目に石がめり込んだにも関わらず、通り魔の彼が痛がる処か、遊び相手を見つけた子供の様な無邪気な笑顔をフードの中に隠していたのである。


「もし、そうじゃないなら……。そうだなぁ……」

「あ……ああ……!!」


 亮太が微笑みながらじりじりと此方との距離を詰めつつある相手が、人生において絶対に関わっては行けない相手であったことを自覚する頃には遅すぎた。


「じゃあまずはお兄さんと遊ぼうかな!!!」

「あーー」


 一瞬とも言える刹那の時ーー


「ねえ、」

「あぐぁーー」


 狂喜の化身と言える人間の皮を被った常軌を逸した物がーー


「お兄さんの心臓は」

「やめーー」


 気付けば床に倒れている亮太の目の前に立っていてーー


「……どんな味がするんだろぅねぇ? あ……あはは……あはははは!!!」

「ーーーー」


 途端に亮太の身体に馬乗りになる形で、襲撃者にのし掛かかられていた感覚が波が退くように消えていくと共に、一気に上半身だけが熱くなる。


 何故そうなってしまったか理由は解っている。

 自分は猛獣の尻尾を踏んでしまい捕食される草食動物が如く切り刻まれ、補食されようとしているのだと。


 亮太が最後に目と耳にした物は赤く染まった視界と、トンネルの中にいる様に反響して聴こえて来た、バイトの後輩であるうめちゃんの悲鳴。


 そして、乾いた数発の銃声であった。

・段落の始めに空白をあける事が出来る機能を見つけたので、修正しています。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 家賃が3万5千円?2万7000円?いきなり気になってしまった・・・
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