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勝利の丘

 想像通り、鉄砲の効果は薄かった。

 敵軍は魔術師を前面に出し、鉄砲に完全に備えていた。

 円形状の防壁を張り巡らし、弾をはじいている。


 また盾なども傾斜を付けることにより、弾をそらすことにし、その威力を限りなく逃していた。


「やはり対策されつつあるな」


 苦々しく言い放つ。


 圧倒的な優位性を手にした将が、時代とともにそれが通用しなくなる歯がゆさを味わってしまう。


 前世でも、最初は猛威を振るったゼロ戦という戦闘機があったが、大戦終盤ではただの張りぼてに成り下がっていた。そんな気分だ。


「それは言いすぎかな。やはりこの中世めいた世界で鉄砲は最強の武器だ」


 《遠視》の魔法で見れば、防御壁を張れなかった部隊の兵はやはり甚大な被害を覆っているし、敵軍は鉄砲の第二射、第三射を恐れ、容易に動けないでいた。


 セフィーロもその姿を見ていたのだろう。

 こう言った。


「ふむ、どうやら敵軍も鉄砲の開発に成功した、というのはデマのようじゃな」


「だといいのですがね。それよりもエ・ルドレはこの膠着状態をみてほくそ笑んでいるでしょう。敵軍としては、鉄砲を無力化できればこの上ない。魔力は霊薬を与えれば回復しますし、時間が経てば元に戻ります。しかし、火薬と弾は消耗品だ」


「敵将は、こちらの弾薬が尽きるのを狙っているのか?」


「その可能性は高いです」


「ならば敵の思惑に乗る必要はあるまい。我が第7軍団か、第5軍団。もしくはアリステアの白薔薇騎士団。どちらでもいい。迂回させて側面を突くべきだろう」


「ええ、もちろん、そのつもりですよ。すでにアリステア殿には連絡済みです」


「さすがは手が早いの」


 セフィーロはそう賛辞を送るが、その賛辞もすぐに苦渋に満ちた言葉に変わる。

 ジロンが報告してくる。


「アリステア殿の白薔薇騎士団の側面攻撃が失敗しました。どうやら敵軍はこのことを予期して伏兵をしのばせていたようです」


 落胆よりも先に、やっぱりな、という言葉が浮かんだ。ついでアリステアの身が気になった。

 尋ねる。

 ジロンはアリステアから言づかったであろう言葉をそのまま伝える。


「なんとか、現世に留まっています。小官はアイク殿がこの世界に安寧をもたらすまでしぶとく生き残る所存でございます、だそうです」


「それは良かった」


 そう返すと、俺は今度はウルクに出撃を命じた。

 それ聞いてセフィーロは尋ねてくる。


「いいのか。きゃつの部隊は魔王軍の要だぞ」


「だから投入するんですよ」


 第5軍団長ウルクは単眼鬼、サイクロプスの団長だ。その配下には多くの巨人やトロールなどがおり、大型の魔族や魔物の宝庫である。


 機動力は全軍団中最も鈍足だが、その分、その破壊力は全軍団の中でも屈指であった。


「この際、ウルク殿には後方からのんきに督戦してもらうつもりはない」


 俺がそう言い切ると、ジロンが手配した伝令が戦場駆け抜ける。


 一方、今現在、マンティコアのクシャナが指揮する第7軍団にも遊んで貰うつもりはなかった。


 正面から突撃し、真っ二つに割れるだろう敵軍の片方を包囲殲滅すべく、迂回して側面を突いて貰う。


「また側面か。先ほど右回りが失敗したから、今度は左にするか?」


「こういう考えもありますよ。右回りの伏兵はもうでてきた。だからまた右を攻撃する」


「二重に伏兵がいるかもしれないぞ」


「そのときは黙ってまた撤兵すればいい」


 俺がそう言うとセフィーロはぽかんと口を開ける。

 どうやら俺の作戦は大胆にして不敵のようだ。


「実際、それくらい思い切りの良い方がいい。今、戦線は膠着しています。このままでも負けないいくさはできるでしょうが。俺がしたいのは負けないいくさではない。勝つためのいくさです」


「むむう、たしかに」


「このままジリジリ消耗戦に持ち込まれるのが一番困る。魔王軍の数は限られますが、人間の数は遙かに多い。今のところ、諸王同盟の中心はファルス、イスマス、ローザリアの残党ですが、西方には他にもたくさん国がある。それにもしもこのままいくさ自体が膠着すれば、北方にある大国が参戦してくるかもしれない。かの大国は諸王同盟を飲み込み、そのまま魔王軍を駆逐してくるかもしれない」


「アイクよ、お前はそこまで考えてこの戦に挑んでいるのか?」


 セフィーロは感心してそう言うが、それは買いかぶりすぎだ。

 そこまで深慮遠謀に基づいて行動しているわけではない。


「ただ、味方の被害はできるだけ少なくしたいだけですよ。魔王軍が数的不利なのは、今に始まったことではないですからね」


 俺がそう言うと、第7軍団の側面攻撃が成功したようだ。

 同時にウルクの正面突破も成功した。


 ウルクは前面に展開していた敵の魔術師部隊をその威圧感で散会させると、そのまま敵陣を切り裂いた。


 無論、魔術師たちも反撃したが、巨人たちは多少の魔法でもものともしないタフネスさを持っていた。


 最高のタイミングでウルクは敵陣を切り出し、最高のタイミングでクシャナが側面攻撃に成功したのだ。


 戦術の教科書に載ってもいい最高の用兵だったが、敵も最高のタイミングで切り札を使ってきた。


 ファルス王国は、伝統的に武官の国であるが、魔術も発達していた。魔法剣士も大量に保有しており、その実力は西方屈指と呼ばれている。


 エ・ルドレの赤竜騎士団が武の象徴ならば、ファルスの魔の象徴は、魔法剣士隊であった。


 彼らは、自身に《透明》(インビジブル) の魔法をかけると、そのまま俺たちの後方に回り込んでいたようだ。


 そこには予備兵力として投入時期を見計らっていた2000の部隊がいた。

 彼らは次々と討ち取られていく。


 《透明》の魔法は術者が攻撃動作に入った瞬間、解除されるが、後ろに回り込むだけならば、何の問題もなくその機能を果たす。


 そして軍隊というやつは、側面の攻撃にはもちろん、後背の攻撃にもとても弱かった。


 みるみるうちに数をへ選らしていく我が軍。

 その狼狽は他の部隊にも波及した。


「後方側面攻撃はお前の専売特許ではない、ということじゃの」


 魔王軍の劣勢を見てセフィーロは吐き捨てるが、たしかに俺も唾を吐き出したい気持ちになった。


 全体としてみればまだまだ魔王軍が優勢であるが、敵軍後方を取られた以上、余裕をかましてはいられなかった。


「このまま、補給線を遮られれば、食料も弾薬も入ってこなくなる。そうなれば必ず我が軍は負けるだろう」


「古来より、飢えた軍隊が勝ったためしがないからな」


 セフィーロは苦虫を噛み潰したような顔をする。


 前回、彼女はエ・ルドレと対峙したとき、彼の策略にはまり、アレスタの町を包囲された。そのとき、補給を絶たれて酷い目にあったことを思い出したのだろう。


「敵軍はそのまま補給路を断つだろうか?」


 セフィーロの質問に俺は答える。じっくり、時間をかけ、ゆっくりと。

 祖父に習った軍略、それに今までの経験、それと勘を頼りに導き出された答えは、「ノー」であった。


「根拠はあるのか?」


「根拠はないですが、俺がエ・ルドレならばこのまま攻撃します。理由は二つ。エ・ルドレはついこの前まで蟄居させられていた男です。ここで画期的な軍事的な勝利を挙げないと即座にそのまままた幽閉させられる、という可能性もある」


「つまり、補給路を断って長期戦に持ち込んだ方が有利、と分かっていても、それができない事情が敵将にあるわけか」


「ええ、悲しいかな。こうすれば勝てる、と分かっていても、彼は冒険せざるを得ない」


「なるほど、道理だ。しかし、このままその冒険とやらを成功させる義理はなかろう。魔法剣士隊はどうする?」


「エルフのアネモネ、それに余剰の部隊を増援に送ります。それでは倒せないでしょうが、時間さえ稼げればいい」


「時間を稼いでどうする?」


「その間、ドワーフ率いる砲兵部隊に、あの丘を占拠して貰います」


 俺は西方にある丘を指さした。


 あの丘は、最初から激戦地になると予想され、会戦序盤から両軍の取り合いが続いていた。


 古来、兵は高所を尊ぶ、ということわざもある。それくらい高所を抑えるのは重要なのだ。


 あの場所を抑えれば、諸王同盟ならば投石機やバリスタを撃ち込み放題になるし、それでなくても小山という地形は守るに易く、攻めるに難しい。また、高所から戦場を見渡せるのは有利だった。


「たしかにあの場所を制したものがこの戦いを有利に運べるだろうが、それは敵軍もまったく同じことを考えているぞ。どうやって奪う?」


「第8軍団の戦力をすべてあちらに向けます」


「なんと!? 主力をすべて戦線から外すのか? 下手をすればそのまま全軍が瓦解する、ということもありえるぞ」


「ありえるでしょうね。だが、あの地形は必ず抑えたい。このいくさに勝つにはそれしかない」


 俺がそう言い切ると、軍師役を自認する魔女は、「ううむ……」とうなった。


「たしかに、賭けになるがあの場所を奪えるのならば奪った方がいいな。現在、敵の主力はウルクと我が軍団が抑えている。後方は攪乱されつつあるが、なんとか戦線を維持している。動くなら今しかあるまい」


 そう言うと、魔女は俺の作戦に従ってくれるようだ。

 第7軍団から引き連れてきた親衛隊、黒禍の坩堝(るつぼ)に命令を下した。

 俺も手が空いている第8軍団の部下たちに、西方の山に向かうよう命じた。

 数刻後、敵軍も同じことを考えていたのだろう。西方の丘で敵軍と激突した。

 やはり智者の考えることは同じになるらしい。


「これは賭けに失敗したかな?」


 そう思ったが、運命の神は俺に味方をしてくれた。


 やってきた敵軍の旗はファルス王国のものではなかった。どこかの傭兵団のもので正規の軍隊ではなかった。


 ならば対処のしようがいくらでもあった。


 傭兵は屈強な男たちの集まりであるが、その士気は低い。傭兵は文字通り金のために働くものたちの集団だった。


 命懸けで戦うほどお人好しではなかった。

 俺は先導するように部下に命令する。


「この一戦に、魔王軍の衰亡あり。最後の一兵に至るまで、奮闘せよ!」


 俺はそう叫び、前線に出て指揮をする。

 その横に軍師兼魔女も現れ、魔法を放っていた。


 魔王軍でも屈指の魔法使い二人が前線で戦い、禁呪魔法を放ちながら戦っているのだ。その勢いに押されない軍隊など存在しない。


 味方も俺たちが前線に立つことによって士気を向上させる。



「おお、アイク様の不死のローブが見えるぞ」

「あれはセフィーロ様の軍旗だ」



 そう口々に叫ぶと、我先にと俺たちの後ろに続いてくれた。

 そうなれば元々、士気の低い傭兵団は戦場に踏みとどまることはできない。

 どんなに大金を貰っても、金貨を抱えたままあの世に旅立つことはできないのだ。


 セフィーロが《隕石落下》の魔法を決めると、それと同時に傭兵団は後退し、西方の丘は魔王軍の占領地となった。


 それとともに俺はその丘から戦況を見る。


 前線、第7軍団と第5軍団とエ・ルドレの本体の戦いはエルドレが優勢になっていた。さすがは名将だ。陣を裂かれ、側面を突かれても、体制を立て直し、そのまま五分以上の戦いに持って行っているのだ。


 その勇猛果敢な指揮ぶりは、賞賛に値した。

 一方、後方も我が軍が不利だった。


 元々、新設され、どこの部隊にも所属していない魔王軍の遊撃部隊を中心に組織された与力部隊。敵の精兵に後背から攻撃されればどうしようもない。増援に送り込んだアネモネは奮闘しているが、数刻後には壊滅しているかもしれない。


 俺はその光景を見つめ、冷静な判断を下した。

 まずはドワーフの王に命令する。


「ギュンター殿、持ってきた大砲の数は何門ですか?」


 ギュンターは白髭の合間から即座に返す。


「10門」

「では、それを配置し、敵軍の主力に向けてください。それに敵から鹵獲したカタパルトもあるはずです。それも敵軍に向けてください」


「承知」


 とギュンターは準備を始める。


「攻城戦でもないのに、大砲を使うのか?」


 セフィーロはそう尋ねる。


「攻城戦でなくても大砲は有用ですよ」


 俺はそう言い切ると、セフィーロに説明をした。


「俺の前世に、ナポレオン・ボナパルトという名将がいます。彼は最強の軍隊はよく歩く軍隊だと常日頃から言っていました」


「たしかに機動力は武器になる」


「ゆえに歩兵には重装備は施さず。軍隊から鎧などを一掃させましたが、だからといって、彼は旧態依然とした武器も否定しなかった。彼は鉄砲の普及率が100パーセント近くになっても、騎兵を活用し、多くの戦場で勝利をもぎ取った」


「ようわからんが、今からお前がしようとしていることは、そのナポレオンとやらの模倣か」


「彼の得意戦術を再現するだけですよ」


 そう言うと、ジロンに命令を下した。


「集めておいた騎馬部隊をすべて一カ所に配置しろ。先ほど敗れたアリステア殿白薔薇騎士団も再編して投入するんだ」


「それは可能ですが、また突撃をさせるんですか? アリステア殿の部隊は先ほどの敗戦で士気が落ちています。そうそう上手くいくとは……」


「士気なんて相対的なものだよ。アリステア殿以上に敵軍の士気が落ちていれば問題ない」


 俺はそう言い切ると、同時にウルクとクシャナに後退をするように命じた。


「そ、そんなことをして大丈夫なんですか? 勢いに乗じて我が軍が崩壊してしまうかも」


 ジロンは心配げに言うが、俺は大丈夫だ、と答えた。


 少なくとも表面上は自信に満ちあふれさせれていたが、内心はそう思っていなかった。


 もしもエ・ルドレが、こちらの後退に合わせてそのまま突撃してくれば、たしかに魔王軍は瓦解するかもしれない。


 しかし、この丘がこちらの手にあることを知らなければ、エ・ルドレは、突撃をせず。まずは部隊を再編させ、兵に休養を与えるだろう。


 俺はそれに賭けた。

 そしてその結果、俺はその賭けに勝った。


 エ・ルドレは思惑通り、突撃はしてこなかった。逆にこれまでの戦いで乱れに乱れた陣形を再編し、兵に休養を与え始めた。


 当然の作戦であった。


 諸王同盟は圧倒的に有利な状態にあり、ここで陣容を整え、魔王軍に襲いかかれば、その条理は完全なものとなるのだから。


 俺はエ・ルドレが名将であることと、この丘がこちらの手にあることが伝わらなかったことを感謝すると、ギュンターに命じて、大砲の雨を降らせた。


 陣形を整えた瞬間、降ってくる砲弾の嵐。

 諸王同盟は大いに混乱した。

 セフィーロも行きがけの駄賃代わりに、《隕石落下》の魔法を放っている。

 敵は大砲、投石機、隕石の落下によって大混乱に陥った。

 俺はすかさず、ここで騎兵部隊を投入する。


「今だ! 突撃せよ!」


 俺の命令に従う騎馬部隊。

 騎馬部隊は一糸乱れぬ隊列で、砲弾が降り注ぐ敵陣へと向かった。

 その姿を見て、セフィーロが尋ねてくる。


「なるほど、そのナポレオンとやらが得意にした戦術がこれか」


「ええ、彼は。士官学校で砲術を学びました。軍に入っても砲兵の強さを知っていた。まずは高き場所を制し、そこから大砲による射撃、そして敵軍が混乱しきったところで騎馬部隊を突撃。その必勝パターンでいくつもの戦場で勝利を収めた」

「お前はその名将にならった、というわけか」


「ここまで上手くいくとは思いませんでしたけどね」


 敵軍は想像以上に混乱していた。鉄砲に対する対処法はわきまえていても、大砲の雨にはなれていなかったのだろう。ましてや密集陣形に近い陣形を組んでいた敵軍には、面白いように大砲の弾が命中した。


 そんなさなか、騎兵の突撃を受けたのだ。

 敵は混乱、いや、それどころか恐慌状態に陥っていた。


 その光景を丘の上から見つめる魔女。 彼女は黒髪を風にたなびかせると、こう呟いた。


「勝ったな……」


 か細い声だったので、俺にしか聞こえなかったが、彼女の言葉は予言でもなく、願望でもなく、ただ、事実を指摘していただけだった。

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