怪物退治の祝賀会
ゼノビアに帰港すると、港で民たちから熱烈な歓迎を受ける。
紙吹雪が舞い、楽団なども楽しげな演奏をし、出迎えてくれる。
通商連合の船を数多く沈め、ゼノビアから繁栄を奪おうとしていた化け物を倒した英雄たちを市民は熱狂を持って歓迎してくれているようだ。
生き残った水夫たちは若い娘たちに囲まれ、身体中に接吻を受けている。
その姿を見てエルトリアは、
「今、ここであの怪物に留めを刺したのは君だ、と宣言すれば、若い娘に引き千切られるかもしれないね」
と、冗談とも本気とも付かない発言をした。
「それは困りますね。さっさと馬車に乗り、エルトリアさんの屋敷に逃げ帰りたいところです」
「それがいいだろう。婿殿を引き千切られたら娘に申し訳が立たない」
俺たち一行はエルトリアの屋敷に戻ると、彼女の勧められたとおりにしばらく自分の部屋でくつろぐことにした。
屋敷に戻るとユリアから熱烈な歓迎を受けると思ったが、彼女は自重してくれた。
「お疲れ様でした、アイク様」
というだけでいつものように抱きついてこない。
なんでもエルトリアに「婿殿の妻になるのであれば、激務を終えた夫をいたわるのが妻の勤め」と釘を刺されたらしい。
その助言に従っているらしいが、数日後にはいつもの彼女に戻るだろう。
それは確信していたので、それまでは束の間の自由に浸ることにする。
エルトリアの言うとおり、長時間の船旅と化け物退治は、心身に相当な疲労を蓄積させていた。
エルトリアに与えられた部屋に戻ると、俺は翌日の昼まで惰眠をむさぼった。
翌朝起きると同時にサティが銀のワゴンで朝食と紅茶を持ってきてくれた。
本来、彼女は客分であり、そんなことをする必要はないのだが、俺が船旅に出ている間にオクターブ家の準メイドのような立場に収まってしまったらしい。
執事のハンス曰く、もしもアイク殿のメイドでなければ我がオクターブ家のメイド長として雇い入れたいそうだ。
無論、それは俺が困るし、サティ自体も断固として拒否したそうだが、ゼノビアでの俺の身の回りの世話は彼女が担当してくれるようになったようだ。
こちらとしても気心が知れている相手の方が助かる。サティの心配りの行き届いたご奉仕は、戦帰りのすさんだ心をいつも癒やしてくれる。
俺はサティが用意してくれたローストチキンとチーズのサンドウィッチを頬張りながら、それを紅茶で胃に流し込む。
ゼノビアは珈琲の集積地でもあるが、俺は食事と一緒にコーヒーを飲むのは好まない。
せっかくの食材の味を邪魔するからだ。
食事の時は、白湯か紅茶を好む。
サティもそれを熟知しているから、食事の時に出す紅茶は砂糖抜きにしてくれる。
やはりこの娘はメイドになるために生まれてきたような娘だ。
改めてそのことを確認すると、俺は彼女に報告した。
ベッドに寝転がったままローストチキンのサンドウィッチを食し終えると同時に口を開く。
「今回も何とか勝てたよ」
と――。
その報告を聞いたサティは春の日差しのような笑顔を浮かべると、
「おめでとうざいます、ご主人さま」
と、祝辞を述べてくれた。
「ありがたい。今回もサティのおかげで勝てたようなものだ」
「サティはなにもしていませんが?」
「いや、今回も出航前に験担ぎの火打ち石をしてくれただろう」
「そうですね。でも、毎回やっていますので、あれに効果があるか不明です」
「そうだな、一回試してみたいかな。もしもあの儀式をやらないとどうなるか」
「大丈夫です! ご主人さまならばどんな困難にも打ち勝てると思います」
「そうだといいのだけどな」
と漏らすと、俺はサティにもうひとつ報告した。
「ついでと言うには大きすぎるが、通商連合から食料援助の件も何とかなった」
「え? 本当なのですか?」
「本当だ。エルトリアさんは快く了承してくれた。今、ゼノビア評議会の幹部を集めて、諸王同盟への援助を打ちきる旨を伝えに行って貰っている。ゼノビアの方はほぼエルトリアさんの意見が通るそうだ」
「と言いますと?」
「他の通商連合の方も説得する自信があるよ、と白い歯を見せてくれたよ」
「それは頼もしいですね」
「それにそちらの方が説得できなければ、ゼノビア単独でも魔王軍の援助をしてくれるそうだ」
「……そんなことをしちゃって大丈夫なのでしょうか?」
「そんなことをしたら、ゼノビアは通商連合から脱退させられるかもな、と笑っていたよ」
「…………」
サティはその言葉を聞き、笑い事ではないような気がするのですが……、という表情をした。
「実際に笑い事じゃないんだけどな。でも、エルトリアさんのことだ。あの豪腕でなんとかねじ伏せてくれるさ」
俺はそう言うとエルトリアと同じように笑い、こう続けた。
「まあ、これで食料の問題はほぼ解決できたわけだ、実にめでたいことだが、それにより、一つだけ問題が発生した」
「……問題、ですか?」
サティは形の良い眉をしかめる。
不安そうにこちらを見詰めていた。
俺の陰りある表情を察してくれたのかもしれない。
その問題について言及する。
「さて、その問題なんだけど、サティは踊りは得意かい?」
「……踊り? ですか?」
「ああ、実はまた舞踏会に参加しなくてはならなくなった。これはエルトリアさんが駆けずり回ってくれる為の交換条件の一つだ。なんでもゼノビアを救ってくれた俺たちを英雄として持てなしたいらしい。それに魔王軍と手を結ぶ、ということをゼノビア中に知らしめる役目もあるそうだ」
「と、言いますと?」
「つまり、リリスの奴は変装させずに参加させる。まあ、俺は人間の姿のまま参加するが――」
そこで言葉を句切ると、こう締めくくった。
「まあ、その……なんだ……。サティには俺のダンスパートナーとリリスのお目付役を願いたい」
俺は気恥ずかしげにそう言うと、主な役割は後者だ、と強調した。
自分でも赤面しているのが分かったが、サティはそのことには触れず、笑顔でこう返してくれた。
「またお姫さまみたいな恰好ができて嬉しいです」
彼女はそう言うと微笑んでくれた。




