エルトリアとの商談
伝説の大海蛇を倒し、南洋に平和を取り戻した俺たちは、シーサーペントに破壊された船の水夫たちを収容し、ゼノビアに帰港する。
二隻の最新艦が大破、数十名の船員が行方不明――、つまり帰らぬ人となったが、それでも被害は最小限に抑えられた、と、エルトリアは俺に感謝を述べてくれた。
「もっとも、被害はゼロではないし、かなりの水夫を失った。優秀な水夫はゼノビアの宝だ。彼らを失ったのは頭が痛いよ」
彼女は軽く頭を抱えると、それに、と付け加える。
「亡くなった水夫の遺族にそのことを伝える役目が私にはある。――正直、今から気が重いよ」
だが、その役目を放棄する気はないようだ。
「今回、それに前回もだが、あの化け物に挑んで死んだ水夫たちは、英雄として後世に語り継がれるだろう。それで家族の悲しみが癒えるわけではないだろうが、慰みにはなる」
それに慰労金も用意するつもりだ。
彼女はそう説明すると、陰りある顔を一瞬隠し、表情を整えた。
「さて、愚痴になってしまったが、それは君には関係のないことだし、それに君はあの怪物を倒した英雄の中の英雄だ。出航前にも言ったとおり、私にできることならばなんでも協力しよう」
エルトリアはいつもの表情を取り戻すと、ここではなんだから、船長室で話そうか、と場所を変えるように促した。
俺は彼女の厚意に感謝すると、海鷲号の船長室へ向かった。
海鷲号の船長室は豪華な内装であった。
船長とはその船のおける最高責任者であり、その権力と権威は一国の王に並ぶ。
船上での指揮権、立法権、裁判権、執行権、すべてを握っているのが船長なのだ。
その重責に相応しい個室が用意されていて当然だったが、それでもこの海鷲号の内装は豪華なように思える。
それだけこのゼノビアが豊かな証でもあるのだろう。
妬ましくは思わないが、羨ましくは思ってしまう。
エルトリアの勧められるがままに豪華な意匠を施された椅子に座ると、率直に切り出した。
「エルトリアさん、どうか魔王軍に供給する食糧を増やしていただけませんか?」
「いいよ」
「…………」
間髪どころか、言葉を言い終えたと同時に了承するエルトリア。
俺は思わず目を丸くしてしまう。
「即答過ぎませんか?」
「もっと迷った振りをして答えた方が良かったかい? 私は時間の無駄が嫌いでね」
彼女はそう前置きをすると続ける。
「正直、君がこのゼノビアにやってきた瞬間から、君の狙いは分かっていた。魔王軍が更に食料を要求しにやってきたのだ、とね」
「俺の顔にそう書いてありましたか?」
「いや、君はちゃんとポーカーフェイスをしていたよ。ただの勘さ。まあ、様々な情報を統合するにそうなのではないかな、と思っただけさ」
曰く、
魔王軍が先日の戦いで快勝したこと、
その快勝によって大量の捕虜を得たこと、
最近魔王軍の行動を分析し、その捕虜を丁重に扱うこと、
丁重に扱うことによって膨大な食料が必要になること、
すべて予測していた、とのことだった。
流石はゼノビア一の商人だけある。
その情報収集力も驚きだが、情報分析力も特筆に値した。
「私はもうじき魔王軍が王都リーザスに攻め込むと踏んでいるのだが、その辺はどうなのだろうか?」
彼女は意地の悪い笑顔を浮かべながら尋ねてきた。
軍事情報ならば容易にしゃべるまい、そう思ったのだろうが、今度は俺が彼女を驚かすことにした。
「ええ、攻め込む予定です」
「…………」
今度はエルトリアが沈黙する番だった。
彼女は、
「いいのかい? そんな大切なことを私に話してしまって」
と、真剣な表情で尋ねてきた。
「大事なことだからお話したのです。なにせ通商連合からの食料の輸入量によってその作戦の成否が決まる、のですから」
「その言い分だと、もしも通商連合から食料を輸入できなくても、君はリーザスに攻め込むつもりでいたのか?」
俺はこくり、と頷く。
「慎重な君には珍しいな。賭け事は嫌いだと思っていたが」
「好悪の問題ではないですよ。今はリーザスを落とす絶好の時期です。ローザリアは前国王のトリスタンとその弟を傀儡とする宰相の一派で真っ二つに割れています。今、攻め込まずしていつ攻め込むというのです」
「しかし、古来より飢えた軍隊が勝った例はないぞ」
「兵は遅巧よりも拙速を尊ぶ、という言葉もある。今を逃せば二度とリーザスを攻略する機会に巡り会えないかもしれない」
それに、と俺は続ける。
「俺の知っているエルトリアさんならば、必ず食料を援助してくれると信じていましたから」
「それは私が今回の件の礼で魔王軍に援助をすると確信していたと解釈していいかい?」
まさか、と俺は首を振る。
「今回の件はなんの交渉材料にもしませんよ。そもそも事前にそんな約束は取り交わさなかったでしょう?」
「確かにな。私は個人的に『私ができることならばなんでも協力する』とは言ったがな」
「魔王軍への全面協力はエルトリアさん一個人の問題ではありません。通商連合全体の問題ですからね。これ以上食料の輸入量を増やすということは、船を使って魔王軍の港に直接食料を輸入することになる。そうなれば諸王同盟は怒り狂い、ゼノビアに攻めてくるかもしれない。一個人で下せる決断ではありません」
「それは心得てくれているようだね。では、何を以て君は私を信頼し、食料援助をしてくれると確信してくれていたんだい?」
まっすぐにこちらを見詰める赤髪の女性に俺は答える。
「俺の持ってきた話が商売だからです」
そう断言する。
彼女はその意外な言葉に多少戸惑っているようだ。
「ビジネス?」
「そうです。俺はエルトリアさんの商人として才に信頼をおいています。あのエルトリアさんならば絶対に儲かる商売には必ず乗っかってくるだろう。そういう前提条件のもと、ゼノビアにやってきました」
「シーサーペント退治はそのついで。行きがけの駄賃代わりにすぎない、と?」
高い駄賃であったし、ついでというには強敵過ぎたがその通りだった。
シーサーペント討伐を理由に食料を援助して貰おうなどとは思っていなかった。
「シーサーペント討伐は、仮初めの婚約者であるユリア嬢への義理だと思ってください。仮初めとはいえ、婚約者が生け贄に捧げられているところは見たくない」
「今、仮初めと二回も言ったね、そんなに娘と結婚するのが厭かい?」
エルトリアは、「ふふふ」と口元を歪ませるが、すぐに真剣な表情を取り戻す。
話を続けてくれ、ということだろう。
俺は少し苦笑しながら話を続ける。
「ユリア嬢の話はおいておきましょう。――繰り返しますが、シーサーペント討伐の貸しを盾に食料輸入を迫ったりはしませんよ。そもそも大海蛇が暴れ回っていたら、南洋の島嶼都市からの香辛料の輸入が滞る。やっと最近、香辛料の価格が下がり、イヴァリースの民も喜んでいるのです。これはゼノビアの民のためでもありますが、我がイヴァリースの民のためでもあるのです」
重ねて強調した。
「そう言って頂けると有り難い。――で、それで君は食料援助はビジネスと言ったが、ビジネスと言ったからにはこちらにも得があると思っていいんだね? つまり我々にシーサーペント討伐以上の見返りをくれると解釈してもいいんだね?」
「はい、そう思ってください」
俺がそう言い切ると、エルトリアは尋ねてきた。
その見返りはなんなのだ、と。
俺は彼女の瞳を見返すと、言い切った。
「魔王軍が世界を統一した暁には、ゼノビアを主要な交易都市とし、世界の富の四分の一を集結させてみせましょう」
その言葉にエルトリアは思わず眉を釣り上げる。
あまりの言葉に返す言葉がない、そんな表情をしていた。
「そんなことが可能なのか?」
彼女の瞳はそう語っていたが、俺は正直に答える。
「可能です」
と――。
俺は彼女に説明をする。
「これはまだ構想段階ですが、魔王様はローザリアを征服された暁には魔王軍の首都をローザリア中央部に移転させるでしょう」
「魔王軍が居城を変えるのか!?」
「ええ、恐らくは、ですが」
「しかし、有史以来、そんなことをした魔王の話など聞いたことはないぞ。魔族は常に東部を根城にし、その居城であるドボルベルクに引き籠もってきた。数百年前、魔王軍がこの大陸の西端まで攻め込んだときも居城は一歩たりとも動かさなかった、と聞くが」
「今までの魔王様はそうでしょうが、当代の魔王様は違います」
俺はそう断言をする。
確かに過去の魔王たちは自分たちの故郷である大陸東部に拘り、人間の土地を征服しても居城を変えることはなかった。
常に大陸東部の端にあるドボルベルクに籠もり、大陸の東から指揮を採ってきた。
しかし、当代の魔王様、第六天様はそのような因習や慣習に囚われることはないだろう。
もっと合理的にものごとを判断されるお方だ。
この世界を統一した暁に、魔王軍の首都が大陸の東部にあったのでは困ることになる。
そのような不合理な真似をされるお方ではない。
彼女の前世と思われる織田信長という人物も、ころころと拠点を変えたことで有名な人物だった。尾張という小さな国を統一したときも二度、その後、美濃という国を落とした後にも一度、そして、天下統一に王手をかけたときも、安土という場所に拠点を移した。
その方が合理的に支配地を支配できると計算したからだ。
事実、彼女のその合理的で先進的な考え方が、彼女を天下人に成らせた、といっても過言ではない。
それは生れ変わったこの異世界でも同じはずだ。
以前魔王様はこのようなことをいっていた。
「アーセナムという街は素晴らしいな、アイクよ」
以前、魔王様の私室に赴き、世界地図を眺めながら口にした言葉がそれである。
「アーセナムという街はローザリアの中心にある、ローザリアという国は世界の中心にある。世界を統べるとき、この街は必ず余と余の軍の要となってくれるだろう」
魔王様は地図上にあるアーセナムの街を撫でると、そのように語っていた。
彼女の合理性、前世での実績を考えれば、ローザリア征服後、魔王様がアーセナム辺りに遷都すると言い張るのは必定であろう。
いや、リーザスを落とした後、すぐにでも引っ越しを始めるような予感さえする。
そうなれば必然的に、このゼノビアは南方の重要な拠点となる。
南洋の交易をすべて一任し、その富を独占させるだろう。
この異世界統一の暁には、北と西、それに東にも大きな港を作り、大陸全てに巨大な交易都市を作り上げ、物と人を動かし、この世界の経済を安定させる。魔王様ならばそのような政策を採られるはずであった。
それが俺の見解であり、南方の通商連合を納得させる交渉材料でもあった。
すでにエルトリア自身は、食料の輸入を全面解禁してくれる気でいるようだが、それでも他の商人たちを説得する強力な取り引き材料になるだろう。
そう思い話したのだが、エルトリアはその広大な構想に度肝を抜かれているようだ。
「……確かに君の言葉が真実ならば、このゼノビアに世界の富の四分の一が集結することになるな」
そう呟くとエルトリアは「ふーむ」と顎に手を置き、考え始める。
「個人的には君に協力する気が満々だったが、その言葉を聞けば、公人としても興味が尽きないね」
「と言いますと?」
「いや、食料の輸出量は増やすつもりだった。他の都市の代表たちが反対してもね。でも、それだけで裏では諸王同盟とも交渉し、貢ぎ物でも差し出して、二枚舌外交を繰り広げるつもりでいたのだが……」
彼女は堂々とそう宣言すると、「気が変わった」と手のひらをひっくり返した。
「そんな小賢しい真似は不要だろう。なんとか他の評議員や他の都市の代表を説得し、諸王同盟への援助はすべて打ち切ろう」
「――そう言って頂けるとこちらとしても助かるのですが、宜しいのですか? そのようなことをおっしゃられて」
俺は確認を迫るが、彼女は剣呑だか暢気だか、分からない口調でこう言い切った。
「これはビジネスなのだろう? ならばより儲かりそうな方へ投資するのが商人というものだ」
エルトリアはそう断言すると、片目をつむり、ウィンクをして見せた。
茶目っ気のある態度だったが、その言葉に嘘はないようだった。
こうして魔王軍は南方の通商連合を完全に味方に付けた。
彼らを味方に付けたからには、魔王軍には、――いや、俺には全力で彼らを守る義務が発生したことになる。
仲間や味方が増えれば増えるほど、こちらの戦力は増強されるが、その分、責任が増す。
善し悪しであるが、エルトリア率いる通商連合が敵に回られるよりも、魔王軍にとっては遙かに有益なことだろう。
魔王様が天下を統一されるか、いや、それどころかリーザスを攻略されるか、それさえ不明であるが、ひとつだけ確かなことがある。
また守るべき大切な仲間が増えた、ということだ。
魔王軍に馳せ参じて数年、軍団長にまで上り詰めたが、出世するに伴い、多くの人々や魔族と出逢い、大切な仲間が増えていく。
旅団初期から参加してくれているメンバーは言わずもがな、メイドのサティ、ドワーフの王ギュンター、エルフの森のエルフたち、それに目の前にいる女性と彼女率いるゼノビアの民。
まだまだ経験が足りない俺の力で彼らの命運を担うのは、些か重苦しいときもあるが、同時に彼らは俺の背中を支えてくれる大切な人々でもあった。
彼らの笑顔を絶やさぬよう、日々努力せねばならない。
俺はエルトリアと『契約成立』の握手をし終えると、彼女と祝杯を挙げた。
彼女直々に注いでくれたブランデーが胸を熱くさせる。
ちなみに今回の契約に書類や判子などというものはなかった。
もはや俺とエルトリアの間にはそんな無粋なものは不要だと思われた。




