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緒戦の激闘

「やはり幸運の女神はこちらに微笑んだ」


 敵軍は二手に分かれ、俺たちを挟撃しようとしているらしい。


 斥候の報告によると、敵の連合騎士団は二手に別れ、一方は迂回をし、俺たちを後方から攻撃しようとしている。


 その報告を聞いたオークの参謀ジロンは青ざめる。


「だ、旦那、やばくないですか?」

「なぜそう思う?」

「だって、挟撃に包囲殲滅作戦は旦那の一八番(オハコ)じゃないですか」


「そうだな。実際、挟撃は戦術の基本中の基本だ。俺もじいちゃんにそう習ったし、人間の士官学校でも基本中の基本、と習うんじゃないかな」


「や、やばいじゃないですか。基本中の基本、ってことは有効ってことですよね? もしも挟撃されたら負けるんじゃないですか?」


「ああ、敵の数は倍、負けるかもしれないな。挟撃された上にそのまま包囲殲滅作戦を採られたらいくら鉄砲があろうと、魔族の精鋭が奮闘しようとも負けるだろうな」


「で、でも、だ、旦那のことだから策があるんですよね?」


 すがるように尋ねてくるが、勿論、策くらいある。

 無策で勝負に挑むほどアホではない。


 包囲殲滅作戦は、前世でカルタゴの名将ハンニバル・バルカと呼ばれる男が考案したと伝わる伝統的な戦術であった。


 この作戦の利点は、説明されるまでもなく、四方から敵を取り囲むことにより、敵軍を混乱させ、恐怖に陥れ、戦意をくじくところにある。


 人間、目は前方にしか向かないし、剣も利き手にしか持てない。


 前面の敵に攻撃されている最中、横腹を突かれたり、後背から斬り掛かられたら、対応できないに決まっている。


 ただし、この作戦にも弱点はある。


 この作戦を考案したハンニバル・バルカという人物は、皮肉にも自分の考案した作戦によって敗北を喫し、歴史の舞台から消えたのだ。


 ただ、かの偉大なる名将は俺に教訓を残してくれた。

 俺はオークの参謀に説明する。


「敵は俺たちを挟撃し、包囲殲滅するつもりだ。しかし、今回に限り、その策は愚策だ」


「と、いいますと?」


「今回、敵軍は俺たちの倍はいる。それに敵軍の最初の戦略は、四方から万規模の軍隊で取り囲み、俺たちを圧倒することにあったはず」


「確かにそうですね。しかし、すでにその前提条件が崩れている、というわけですね」


「ああ、その上、5000の兵を更に二手に分けて俺たちを包囲殲滅しようだなんて甘すぎる。数の優位を活かせないどころか、更に各個撃破の餌食になってしまう」


 俺ならそんな真似はしない。

 もしも俺ならば、5000の兵は王都に引き返し、何もせぬまま増援が集結するのを待つ。

 ただ、王国宰相アイヒスは、それでは満足しないのだろう。

 是が非でも国王であるトリスタンの首が欲しいらしい。

 当然といえば当然だ。


 トリスタンが生きている限り、従わない貴族も出てくるだろうし、最悪、ローザリアが内乱状態に陥ってしまうかもしれない。


 アイヒスとしても打って出てくるしか方法はないわけだ。


 しかし、それでも更に数の優位を捨て、包囲殲滅作戦に固執する、というのは虫が良すぎる話ではあった。


 そんなことをすれば、こちらの思う壺である。

 俺は眼前に迫ってきた騎士の一団を哀れに思った。

 その数は2000を少々超えた数だろうか。


 つまり、我が第8軍団とアリステアの白薔薇騎士団、それにトリスタンの親衛隊である聖盾騎士団の連合軍とほぼ同数、ということになる。


 白薔薇騎士団と聖盾騎士団の実力のほどは分からないが、我が第8軍団の実力は、俺自身が一番よく知っていた。


 魔王軍でも随一、とは思わないが、少なくとも同数の兵に負けるほどやわな集団だとは思っていない。

 それは過去の実績が証明していたし、数刻後に実績としても現れるだろう。

 そう思った俺は、号令を掛けた。



「全軍突撃!」



 と――。

 俺の従える勇者達は、



「おう!」



 という掛け声と共に、敵軍に突撃する。

 その姿は勇ましく、雄壮でもあった。

 頼もしい限りであるが、ジロンは尋ねてくる。


「旦那、旦那にしては珍しいですね」


「なにがだ?」


「いえ、旦那ならいつも細かい作戦を立てるのに」


「確かにな。だが、今回に限っては奇策は不要だ。同じ数ならば強い方が勝つからな」


「ですね。我が軍団は無敵です」


 ジロンは誇らしげに言うが、今回ばかりはその言葉は正しい。

 素人は少数の兵で大軍を打ち破ることばかりに目が捕らわれるが、そんなもの邪道中の邪道だった。

 実際は、圧倒的な戦力を持って、弱者を粉砕する、それが戦略戦術の基本だった。

 俺はその基本に忠実に従うことにした。


 敵の騎士団が眼前に迫ったことを確認すると、悠然とその光景を後方から督戦した。

 本来、指揮官自ら前線に出るのもあまりやってはいけない行動なのである。

 今回の戦いは本当にオーソドックスなものであった。

 魔族と亜人、人間の混成部隊と、敵騎士団との対決。

 数はほぼ五角、ならば勝敗の差は、軍団の実力がものをいった。


 我が第8軍団は数こそ少ないものの、その実力は魔王軍でも屈指のものであったし、アリステア率いる白薔薇騎士団やブナフィス率いる聖盾騎士団もその実力はなかなかのものであった。


 一方、敵軍である騎士団は全員騎馬部隊だが、その実力は中の中といったところだろうか。


 魔術師などが配備されていないところを見ると、先日エルフの森で戦った双鷲騎士団の方が手強く感じるくらいだった。


 その推察通り、敵軍との対決はあっさり終わった。


 右翼を任せていた白薔薇騎士団や聖盾騎士団は、相手を瞬滅するほどの力を持っていなかったが、それでも敵軍に後れを取るほどではなかった。


 トリスタンの忠誠心、それにアイヒスに対する怒りの感情もあり、その士気はすこぶる高く、敵軍と互角以上に戦っていた。いや、敵軍を押し始めていた。


 一方、我が第8軍団はいつもの第8軍団だった。

 敵軍を圧倒している。

 まずはイヴァリースの傭兵と義勇軍に配備した鉄砲隊が敵軍に銃弾の雨を降らせる。


 銃という未知の兵器はすでにローザリア中に知れ渡っているだろうから、今更その轟音や威力にも驚かないだろうが、その効果はやはり最初に使った頃と変わりはなかった。


 敵軍はあっという間に倒れていく。

 俺は第一射を打ち終えると、人間たちを後ろに下がらせた。

 弾薬も火薬も無尽蔵にあるわけではない。

 これからの連戦を考えれば、無駄玉は控えたかった。


 それにこうまで接近されてしまえば、銃とて万能ではない。

 現代でも小銃の先に剣が着けられるように、最後にものを言うのはやはり、剣と槍であった。

 俺は銃を持った部隊を下がらせると、次いでサキュバスのリリスの部隊を投入する。


 リリスの旅団は、魔法も扱える剣士の部隊で構成されている。魔法を巧みに操り、敵軍を切り裂いていく。


「見事なものだな」

「流石は姉御ですね」


 オークのジロンも賛嘆の言葉を贈ったが、こう続ける。


「あれで分別を弁えてくれれば名将、と呼ばれるようになるのですが」

「確かにな」


 俺は苦笑を漏らす。


「ただ、あれはあれであいつの個性なんだよ」

「個性……? ですか?」

「寡黙で分別のあるリリス、陽気できままなギュンター、想像してみろ」

「……あんまり気分は良くないですね」


「その通り。リリスの楽天的な性格は、兵の士気に好影響を与えることもある。たまに興奮して突出するところもあいつの長所だよ」


「なるほど、要は姉御を使いこなす側が上手く導いてやればいいんですね」


「その通り。あいつが突出しすぎて敵兵に取り囲まれることなど、計算済みだよ」


 俺がそう結ぶと、案の定、そうなった。

 だが、問題はない、想定内だからだ。

 むしろ、この為にリリスに左翼の先陣を任せたのだ。


 リリス率いる魔法剣士部隊は敵軍の中で包囲され、孤立しかけたが、その窮地を救ったのはドワーフの王ギュンターだった。


 彼は冷静に戦況を判断すると、リリスを包囲し始めた敵軍の一角にドワーフの戦士隊を送り込む。

 彼らの戦斧は文字通り敵兵の甲冑をひしゃげていった。

 それを見て慌てててリリスの包囲を解いた敵軍だが、すでに時は遅かった。



「よし、このタイミングだ!」



 そう思った俺はエルフの部隊と竜人シガンの部隊を投入する。

 エルフの部隊は当然、アネモネ率いるエルフの戦士達で構成されている。


 エルフ族の特徴としては、精霊魔法が扱える、弓の扱いが上手い、が上げられるが、特別に戦が上手い種族ではない。 


 しかし、扱い方を間違えなければ、彼らは圧倒的な戦力になる。


 エルフの戦士達は軽装だ。自然との調和を重んじるし、精霊は金属を嫌う。革鎧(レザー・アーマー)さえ付けないものもいる。


 重武装の兵が闊歩する戦場においては役に立たないように思われるが、正面から敵に挑ませなければ彼らほど役に立つ遊撃部隊はない。


 エルフの戦士長アネモネは俺の指示通り、敵の側面に俊敏な動きで回り込むと、得意な弓を敵軍に浴びせかけた。


 ただ、甲冑を身に纏った騎士たちには効果が薄い。


 熟練の射手は狙ったかのように敵の頭部に矢尻を突き立てたが、弓の扱いが未熟なものはそれができない。


 ただ、矢を地面に突き立てるだけだったが、それで良かった。


「やはり、エルフは戦には向かない種族ですね」


 ジロンはそう解説するが、俺は否定する。


「そうでもない。遊撃部隊の存在は戦の趨勢(すうせい)を左右することもある。それに今回は乱戦気味だから使わないが、エルフの戦士達の中には精霊王クラスの精霊の力を借りられる猛者もいる」


 そう言うと、「見ていろ」とジロンに言う。


 アネモネによって注意を逸らされた敵軍は、その瞬間を見計らったかのように、竜人シガンの餌食になる。


 シガン率いる旅団は、魔法は使えないが腕っ節の強い魔族や魔物で構成されている。


 機動力はないが、力の強い巨人族(ジヤイアント)巨樹族(トレント)なども多数抱えており、我が軍団の要の一つだ。


 シガンはリリスのように己が突出することなく、冷静に戦場を見渡し、部下を手薄な戦線に投入していたが、今が戦の仕掛け時だと判断したようだ。


 アネモネの側面攻撃によって一時的な混乱をきたした敵軍に向け、温存していた巨人を投入する。

 人間をそのまま巨大にした容姿を持つ巨人達は、皆、大きな棍棒を装備している。

 彼らに剣や槍を持たせないのは、物理的にその大きさの剣が作れないのと、必要性がないからだ。

 巨木を切り出し、そのまま棍棒に加工すれば、巨人達にとって理想の武器になる。

 それを振り下ろすだけで、数十人の人間に致命傷を与えられるからだ。

 巨人が振り下ろした棍棒の下には先ほどまで人の形をしていた騎士たちがいた。

 巨人の膂力(りょりょく)と巨木の棍棒の質量の前では、例えどんな名工が鍛え上げた甲冑も無意味であった。


「相変わらずえげつない連中ですね」


 次々と敵軍を踏み殺していく巨人達にそう感想を漏らすジロン。

 俺は巨人達を弁護する。


「あれでも手加減しているんだよ」

「マジですか?」


 ジロンは大きな眼をぱちくりさせる。


「本人達は優しく撫でているつもりらしいが……」


 それでもその力の前に人間たちは成す術がないようだ。

 巨人の投入をきっかけに、完全にこの戦の勝敗は決まった。

 敵軍は恐慌状態に陥り、次々と戦線を放棄しだした。


 敵兵の後ろ姿を見てジロンは、


「追撃しますか?」


 と尋ねてくるが、俺は首を振る。


「逃げてくれるならそれでいい。逃がしてやれ」


「でも追撃は戦の基本じゃないですか? 敵に大打撃を与えるチャンスですよ」


「アホ、それくらい分かってるよ。でも、今、俺たちに必要なのは時間だ。二手に分かれた敵軍がこちらに迫っている。そいつらを各個撃破しなければ」


「なるほど、それが当初の目的ですもんね」


 と、ジロンは納得する。


「そういうことだ。さっそく、軍を反転させるぞ。この調子ならば、小一時間後には裏に回り込もうとしてる敵軍と出会うだろう」


「理想的な頃合いですね」


「逆にいえば少しでも遅れてたら、挟み撃ちに遭っていたのだがな」


 もしもそうなっていたら、こちらは大打撃、いや、敗北していたかもしれない。

 戦とはそれほど危ういバランスの上に立っているのだ。


「だが、そうならなかったのも事実だ」


 取りあえず今はその事実に感謝し、次回も同じようにことが運ぶよう善処するだけだった。

 そう思った俺は、敵軍を更に撃滅すべく、軍を動かした。

 数刻後、挟み撃ちを企てていた敵軍も完璧に蹴散らし、俺たちは当面の安全を確保した。

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