大胆なる各個撃破
ローザリア国王トリスタン3世は、前言した通り、「余は戦に口を出すつもりは一切ない」と陣幕に設置された椅子にどっしりと構えていた。
ミスリル製の甲冑を身に纏い、王者の威厳を漂わせているが、手に詩集を持ち、詩作に興じている辺りはどこか浮き世離れしていた。
しかし、自分の向き不向きを弁えている辺りはやはり好感が持てる。
俺は軍事のプロフェッショナルである王の親衛隊の長に声をかけた。
「さて、親衛隊長殿、この状況、どう思いますか?」
王の親衛隊、名をブナフィスというらしい。
王の近習から王の親衛隊である聖盾騎士団の長に抜擢された男らしいが、彼は極真っ当な意見を述べる。
「このままでは我々は負けるでしょう」
俺はその言葉を聞き、安心した。
少年王のように浮き世離れした考えをして貰っても困るからだ。
ただ、ちょっとだけ浮き世離れした将もいる。
白薔薇騎士団の団長であるアリステアは反論する。
「我が軍とアイク殿の采配があれば負ける気はしません! ブナフィス殿はなぜ、そのような弱気な発言をされるのですか?」
俺はまるでリリスのようだな、と溜息をつくと、テーブルに広げられた地図を指さし、説明をする。
「王都に駐留するローザリアの騎士団の数は万に近いと聞く。ただし、すべてが騎兵ではないから、この戦場にすぐやってこられるのは3日というところか。その数はどれくらいになりますか?」
ブナフィスは、
「3000、いや、5000は騎兵のみで編成し、急襲してくるでしょう」
と説明してくれる。
「5000くらいならば余裕じゃないですか?」
とは、我が副官、リリスの意見だった。
「その理由は?」
「だって、アイク様はこれまで、何倍もの敵軍を破ってきたんですよ。今回は人間の騎士団も加わるんです。戦力差は、ええと、4倍くらいですか?」
「お前は算数も出来ないのか、正確には2.5倍だ」
「しかし、リリス殿の言うとおりでは? 3倍程度の兵力差ならば、我が軍とアイク殿の第8軍団で駆逐できます」
「確かにな」
我が軍団の鉄砲保有率は、かなりのものになっている。
また、連戦連勝、経験に勝利を重ねた我が第8軍団の兵の強さは、魔王軍でも屈指だ。
3倍程度の相手ならば遅れは取らないであろう。
――しかし、と俺は言う。
「兵の数が3倍ならば遅れは取らないだろうが、その差が7倍、10倍にもなれば話は変わる」
この人は何を言っているのだろう。
淫魔のリリス、オークの参謀のジロン、それにエルフの戦士長アネモネはきょとんとした顔をしている。
俺はやれやれ、と絵地図を指さす。
「この平原は王都リーザスとアレスタの中間にあるが、他の人間の都市にも囲まれている。アイヒス・ウーベルクという男は計画的に謀反を企てていたんだ。その諸都市からも増援が来るとは考えられないか?」
一同は、
「「「あ!」」」
という声を上げる。
「メジエール、ワイヤック、シーオン、少なくとも隣接しているこの都市に在駐している騎士団からも増援がくると見ていた方がいいだろう」
俺は絵地図を指さしながら各都市を指さし、「そうだな、各都市から3000兵の騎兵がやってくるとして、騎兵だけでも14000もの大軍を相手にしないといけないんだ。たったの2000兵で」
その言葉を聞いて全員が顔色を蒼白にさせた。
特にオークのジロンの慌てふためきようはない。
「こ、こりゃまずい」
と顔面を蒼白にさせていた。
「だ、旦那ヤバイですよ。このままだと負けてしまいます。早急に手を打たないと」
「無論分かっているさ」
「じゃあ、早速防御態勢に入りましょう。急いで四方八方に馬防柵を築いて、敵軍に備えましょう」
「積極的防御策、という奴か」
悪くない手だ。
前世でも魔王様、つまり織田信長公が、その策を用いて、当時最強と謳われた武田騎馬軍団を壊滅させた事例がある。妙案である。
それには熟練の将であるドワーフの王、ギュンターも同意のようだ。
「馬防柵だけでは不安だ。ドワーフの戦士たちに堀を掘らせることにしよう。3日では難しいかもしれないが、不眠不休で行えば、なんとかなるかもしれない」
その言葉にはエルフの戦士長アネモネも同調する。
「私たちエルフ族の精霊使いも協力します。土精霊の力を借りれば穴を掘るのも容易いでしょう」
ギュンターとアネモネは視線を交差させると、「うむ」と協調の意思を示した。
エルフとドワーフの意見が一致する、というのも珍しい光景であるが、ジロンが珍しくまともな意見を具申してくるのにも驚いた。
悪くない作戦である。
俺が当初描いていた作戦とほぼ変わらない。
ここは防御陣地を築き、敵兵を足止めしつつ時間を稼ぎ、セフィーロの第7軍団の到着を待つのが上策と思われた。
――その手しかないと思っていたのだが、実は今、別の案が浮かんだ。
確かにその手を使えば負けないかもしれないが、逆にいえば勝つこともできない。
戦は防御するが側が圧倒的に有利だが、ここは平原、馬防柵や堀程度では城に籠もるよりは防御効果が薄れる。
セフィーロの援軍がやってくるまで堪え忍び、第7軍団が敵軍の横腹を突くことにより、敵兵を駆逐することは出来るだろうが、その場合は、手柄はすべてセフィーロのものになる。
戦後、その大きな胸を突き出し、
「かっっかっか、見たかアイクよ。妾の活躍。お主もまだまだじゃの。今度軍略を教えてやろうか」
と高笑いを浮かべる姿が容易に想像できる。
それは癪に触る――、というのは冗談だが、それよりも効率的に、尚且つ、味方の損害も少なく、更に敵に大打撃を与える作戦があるのならば、そちらを採用すべきだろう。
俺は、諸将の方へ振り向くと、こう宣言した。
「今回は防御戦術は採らないことにする」
その言葉を聞いた諸将は驚愕の表情を浮かべる。
戦術戦略に通じている将ほど驚いているのは、俺の提案が大胆な証拠だろう。
ギュンターやシガン、ブナフィスやアリステアなどは驚いているが、リリスやアネモネなどはきょとんとしている。
ジロンはその中間だろうか。
その表情がそのまま知謀の差のように思われたが、俺は部下たちに分かりやすく説明する。
「まず第一陣である敵軍がやってくるのは王都リーザスから。その数はおおよそ3000~5000、それに間違いはありませんね?」
ブナフィスとアリステアに尋ねたが、彼らは「はい」と頷く。
「その第一陣がやってくるのはおよそ三日後、その次にメジエール、ワイヤック、シーオンなど、隣接する大都市から、騎士団が次々とやってくるでしょう。しかし、それらの都市は微妙に離れている」
「確かに離れていますね」
オークの参謀ジロンは絵地図を指さし、納得する。
「リーザスに駐屯する騎士団の次にやってくるのは恐らく、メジエールの騎士団でしょう。およそ5日後、その次にやってくるのはワイヤックの騎士団、距離的に7日は掛かるでしょう。そして最後にやってくるシーオンの騎士団は9日後です」
「そりゃあ、そうでしょうな。この地図を見る限りそうなる。魔法でも使えば別ですが」
ジロンはそう言うが俺の言葉の意味に気が付いていないようだ。
まったく、この男はなんのために参謀をやっているのだろうか、俺はジロンの代わりに解答しようとしたが、代わりに答えたのは意外にもアリステアだった。
「分かりました! アイク殿は各騎士団を各個撃破するつもりなのですね!」
その言葉を聞き、一同の視線が彼女に集まる。
俺も「ほう」という感想を漏らしてしまう。
意外にも一番早く正解に達したのがアリステアだった。
確か、王立士官学校を首席で卒業したと聞いていたが、意外にも将としての嗅覚があるのかもしれない。
俺は彼女の評価を一段階高めると言った。
「その通り。今回、大軍に包囲されることが確定しているが、それにはタイムラグがある。今回それを利用させて貰おうと思う」
俺はそう断言したが、それでも俺の作戦を完全に理解しているものは、アリステアとギュンター、それにシガンくらいなのではないだろうか。
それでは困るので、俺は詳細を話すと、彼らを更に驚かせることにした。




