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翠雨を愁えて  作者: 響乃 夜空
3/30

君の声は





―episode 3: 君の声は ―



今回で三回目となるミニライブは特に大きなミスもなく終わり、僕達は他のバンドと混じって撤収作業に当たっていた。


「お疲れ様。」


背後から掛けられた声に振り返ると、翡翠が紙袋を手に駆け寄ってきた。


「君か。…今日は来てくれて有難う。折角の休日を使わせてしまって済まなかったな。」

「ううん、普段休みの日は暇してるだけだし、こんなに楽しいライブに呼んでもらえて良かったよ。」

「…そうか。そう言ってもらえると僕も嬉しいよ。」


転校初日から今日までの3日で多少は慣れたものの、まだ2人で話すのは緊張する。

早くリリィか誰か来ないだろうか。


「えっと…紫杏さん達のバンド…『レイン』だっけ?凄く人気が有るんだね!他のバンドの演奏中も盛り上がってたけど、レインが一番だったよ。」

「本当に?演ってる時は他と比べる余裕がないから全然解らないんだ。」


僕らのバンド―『Re:IN』―は、去年の今頃結成した比較的新しいグループで、今日出演していた他の高校生バンドと比べると場数が少なければ知名度も低い。

そこを何とか盛り上げようと、ステージ上ではただただ必死だ。


「本当本当。芦原さんのドラムはパワフルだし、名月くんのキーボードはいいアクセントになってる。尾上さんのベースはしっかり曲を支えてるし、ゆっきーのギターは…何だろう、ゾクゾクする感じ。」

「そうだね。僕も最初にユキのギターを聴いたときはビックリしたよ。ただ上手いだけじゃなくて、何て言うか…興奮するんだよね。」


Re:INを結成するキッカケになったのが、そもそもユキのギターのお蔭だった。

放課後空き教室の前を通った時、たまたま聞こえてきた音色に惹かれ、僕が思わず声を掛けてしまったのが始まりで、その後リリィのコミュ力によって雅とナキを引き入れ、今の形になった。

人見知りの僕が自分から誰かに声を掛けたのはあれが初めてで、多分これからもないだろう。

つまりそれ程、少し聴いただけで僕はユキのギターに惚れ込んたと言うことだ。

一目惚れ…いや、一耳惚れか。


「特に一曲目の前奏は凄かったよね。あれ一発で観客のテンションが上がったもの。」

「あぁ、あれは僕ら自身も上がるから、一曲目にしてるんだ。テンポも速いしね。」


うんうん、と頷く翡翠。

気に入って貰えたようでほっとする。


「あぁ、でも…」

「ん?」

「一番良かったのは、紫杏さんのボーカルだったな。」

「えっ…、いや、僕は皆に比べて全然良い所なしで…」


何しろそれが負い目になって、一時本格的にRe:INを離れようかと悩んだこともあるんだから。


ユキのギターは別にしても、Re:INのメンバーは皆高い技術を持っている。

リリィは中学の時にもユキとバンドを組んでいただけあって練習量も経験も同年代では多い方で、性格的にパフォーマンスにバラつきはあれ、一級品のドラマーだ。

ナキは昔からピアノのコンクールで何度も賞を取っているピアニストで、高校で初めて弾いたキーボードも二日ほどで完璧にこなすようになったし、雅は今でも充分にレベルの高いベーシストだが、一時期ベースから離れていたブランクを埋めるべく、持ち前のストイックさで毎日ハードな練習を続けている。


それに比べて僕は、音程こそ外さないものの、お世辞にも他のボーカリストに肩を並べられるくらいの歌唱力があるとは言えない。

何せ、僕の声は線が細くて迫力がない。

中途半端に低くも高くもなく、肺活量も少ないし、声域は広い方だが同じくらい広い人も沢山居るし…悪い所を挙げていけばキリがないが、何というか、とにかく、パッとしない。


そもそも、最初ユキに声を掛けたときも、僕は全くボーカルなんてやる気はなかったんだ。

本当は別にボーカルの女の子がいたんだけど、初ライブ(去年の文化祭で演った)直前に彼女が体調を崩して急遽代役を務めて以来、色々あって僕がこのポジションに収まったというだけで、僕自身歌が得意な訳でも何でもない。

強いて言うなら、歌うことは好きだけれど。


「どうして?歌も上手いし、綺麗じゃない、声。」

「綺麗なものか。押しも弱いし、耳を引かない。どこにでもいる、全くもってどうでも良い声だ。」


吐き捨てるように言ってから、ハッとして口を噤む。

完全に八つ当たりだ。


「悪い、折角褒めてくれたのに、こんな言い方を…」


ううん、と穏やかに首を振る。


「嫌い?自分の声が。」

「あぁ。…本当に。」


リアンの方が余程ボーカルには向いていただろうに。

あんなに綺麗な声なんだから。


「そっか…」


困ったように眉をハの字にすると、目を細めて僕の頭を軽く撫でた。


「でも、俺は好きだよ。」

「はっ…!?」


弾かれたように見上げると、翡翠はにっこりと笑った。


「君の声は、何故か胸に響くから。」


きっと他の観客の人もそう思ってるんじゃないかな、と真っ直ぐ目を見て言われ、顔が熱くなるのが解る。

やめてくれ。僕はそういう風にストレートに褒められるのは慣れていないんだ。


「き…君は何でもないような顔をしてそんなことを言うんだな…」

「可笑しいかな?」


思ったままを素直に言ってるだけなんだけど、と笑う翡翠を恨めしげに睨む。


「さぁね。そういえば僕もリリィ辺りに同じようなことを言われたことがあったな。今度からは気を付けよう。…それより、君はいつまで僕の頭を撫でているつもりだ?」

「あ、ごめんね、猫みたいで気持ち良いからつい…」


そう言いつつ手を離さない翡翠の腕を、どこからか唐突に現れたユキが勢い良く掴んで僕から引き離した。





【Continued.】





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