豊多那比売
日を過ごすにつれ、ますます季節は夏めいていく。
東北地方と言えど、暑い日は暑い。
私はそんな暑さに、机に突っ伏しながら耐えていた。
「あっつ…冷房もない教室とか、地獄以外の何者でもないねえ。」
下敷きを団扇のようにして扇ぎながら、椎名さんが呟く。
この校舎はそれなりに新築ではあるのだが、冷房は付いていない。
東北故か、暖房はあるのだが…。
「いやあ、暑いときこそ、怪談ですよお二人さん。どうですか今日の帰りに。」
妙なテンションで美琴ちゃんがそう提案する。
この子は何かにつけてそっちの話に持っていきたがる。
「パス。」
「わ、私もちょっと…。」
椎名さんが即答し、私もそれに続く。
「ちょ、まだ私何も言ってないんですけど!今日のネタは何?とかくらいは聞いてくれたって…。」
「何のネタであれ、碌なことにならなそうだし…。ていうか美琴、この前ひどい目にあったらしいじゃん。よく懲りないね。」
この前の日不見の穴のことだろう。
椎名さんはいなかったが、事の顛末を隆斗くんから聞いたらしく、彼女にも私達は呆れられてしまったのだ。
因みにあの後こってりと宮比さんに搾られた挙げ句、もう無断で変なところにいかないように約束させられてしまっている。
「ふふん、あれくらいの事で私は諦めんよ。逆に言えば原江さんの許可さえとれば、何処にだって行けるってことなんだからね。」
その不屈の心には頭が下がる。
ただ、使い道を間違っているような気もするが。
「じゃあ聞くけど…今回は何処に行くの?」
「今日はねえ、久野原だよ。ここは何故か異常なほど、植物が成長するんだって。噂では、殺されて埋められた人の怨念が原因なんだってさ。」
この炎天下で死体探し。
詰まるところ、そういうことだろうか。
何とも夢のない話だ。
私はただ、溜め息を吐いた。
久野原は、山沿いにある少し広目の野原だった。
噂の通り植物が生い茂っており、大人でも全身が埋まってしまうだろう。
「いやー、相変わらずだねここは。なっつかしいなー」
「夕子ちゃん、こここれでも一週間前に草刈ったんだよ。下見したときは草無かったからね。」
下見なんてしていたんだ…。
美琴ちゃんの妙な周到さに私は感心した。
「…でも、いいのかな?宮比さんに何も言わなくて…。」
此処に来る前、私達は宮比さんに許可を貰おうと家に行ったのだが、留守だった。
ほとんど外出しないあの人の留守中に当たるとは、どれくらいの低確率だろう。
「しょうがないじゃん。居なかったんだから。私達はちゃんと約束守ろうとしたんだから、非はないよ。」
「いや…美琴、そういうときは此処に来るのを見合わせるもんだよ。普通。」
ハンカチで椎名さんが汗を拭いながら言う。
気づけば自分も汗で濡れていた。
気を付けなければ、熱中症になってしまいそうだ。
「ま、細かいことは置いといて、兎に角この異常な植物の繁茂の原因を調べよう。」
シャベルを片手に美琴ちゃんが意気込む。
いつの間に取り出したんだか。
というかそれだけで死体探しをするつもりなのだろうか。
それは流石に無謀では…。
と、その時、突然目の前の茂みがガサガサと揺れる。
そして、意外な人物が姿をあらわした。
「げっ…なんでお前らが此処に…?」
「み、宮比さんこそどうして…?」
片手に、シャベル。
何故か美琴ちゃんと同じように。
このときばかりは、この二人が同類のように思えた。
「…まさかお前らまた私に無断でこんなとこに…。」
「い…いえ、違うんです。原江さんに許可を貰おうと家に行ったんですけれども、不在でして、その…。」
美琴ちゃんは酷く慌てて釈明した。
いや、釈明にはなっていないのだが…。
この前の説教が、余程のトラウマになっているらしい。
「…ふむ、まあいい。丁度、人手が欲しかったところだ。お前らも手伝え。」
「え?まさか原江さんも死体探しを?」
意外さと喜びを含みながら、美琴ちゃんが言う。
それを聞いた宮比さんは、呆気にとられた顔をした。
「死体探しィ?何のことだ。」
どうやら、宮比さんはそのことは知らないらしい。
椎名さんがここに纏わる噂について説明をする。
「ここの異常な植物の繁茂の原因が埋められた死体…。はあ、そう言うことか。それでお前らはここに来たんだな?」
意味ありげに宮比さんは笑った。
「残念だが、そりゃあガセネタだな。こんなとこに死体が埋まってるわけないだろう。ここは昔畑で、加えてそれを更地にするために重機が入ってんだからな。」
「ええー!?あの噂、嘘だったの!?」
美琴ちゃんは素っ頓狂な声を上げた。
椎名さんはまた呆れたような顔をする。
しかし美琴ちゃんの仕入れた情報が嘘だったとは、珍しい。
一応は今まで全て本当だったのに。
「でも、それ じゃあ何でここはこんなに植物の成長が早いんですか?そもそもなんでここに原江さんが…?しかも美琴同様、シャベルを片手に…。」
「まあ待て。これでも私は仕事中でな…とにもかくにも、手伝ってくれんか?アイスキャンデーを各々一本ずつ奢るから。」
何とも安い報酬だが、確かに気になる。
宮比さんの仕事ということは、何らかの怪異であることは間違いない。
噂は嘘だったとはいえ、何か秘密は有りそうだ。
そう践んだ私達は、仕事を手伝うことにした。
「で、なにをすればいいんですか?」
「私が探しているのはな、豆だ。」
豆?
私達は顔を見合わせる。
あまりにも、予想の斜め上過ぎる捜し物だ。
「カラスノエンドウみたいのですか?」
「いや、もっと枝豆っぽいかな…。取り合えず、野草に相応しくないような立派な豆が有ったらそれだ。」
あまりにも捜索対象の情報が漠然とし過ぎている。
ましてやこの伸び放題の草である。
果たして見つかるのだろうか?
…そう感じた私の勘は、間違っていなかった。
捜索は、当然のごとく難航した。
この炎天下、ただ一つの豆の苗を求め、草の海をさ迷う。
手分けしている為、最早互いに互いが何処にいるのか、皆目検討もつかない。
…このままここで倒れたら、誰にも気づかれずにお迎えが来てしまいそうだ。
そんな最悪な想像さえ、容易に湧いてくる。
虫にはたかられるわ、草で指を切るわで碌な目に合わない。
やはり、今日はやめておけばよかったか…。
「あったぁーーーッ!!」
不意にそんな絶叫に近い声が聞こえた。
美琴ちゃんだ。
聞こえた方向を頼りに進むと、既に3人共そこにいた。
「おう、夕来たか。遅いから、どこぞで倒れたかと思ったぞ。」
「洒落にならないこと言わないでくださいよぉ…。」
「ははは、悪い悪い。目的の物はみつかったから、後は掘るだけだ。堀野さん、シャベルもってるなら手伝ってくれや。」
「はいはい。お任せあれ。」
そう言って二人は屈み、地面を掘り返し始める。
その中心にあるものは、確かに豆だった。
ただ、何の変鉄もない普通の豆。
これが、ここの元凶…?
あれやこれや考えているうちに、忽ちその豆は根っこを露にする。
色々と球のついた、変な根っこだ。
宮比さんはその茎を掴むと、一気にそれを引き抜く。
「根っこ、残ってないか?根っこを少しでも残すとまた生えてくるからな…。よし、OK。三人とも、お疲れさん。」
「何でそんなのが原因なんですか?曰く付きの豆なんです?」
私と同様の疑問を抱いたのだろう、椎名さんが訊ねる。
「ま、そんなとこだ。こんなとこで話すのも何だし、今は引き上げるぞ。詳しくは私の家で、だ。」
その宮比さんの提案に、だれも反対はしなかった。
どの顔も疲労困憊といった風で、今にも倒れそうだ。
草を掻き分け、久野原を後にする。
時計で時間を確認すると、午後6時になっていた。
少し前なら、もう日が暮れていたのに…。
そう思って見上げた空は、依然として照り付けるように輝いていた。
「あの豆はな、この地に伝わる神が我々に授けてくれた、という伝説のある代物なんだ。」
仕事を終え、何時もの一服をしながら宮比さんは話し始めた。
私は帰りがけに買って貰ったアイスキャンデーを頬張る。
その冷たさと甘さが、全身に染み渡る。
「え?そんな由緒あるやつを引っこ抜いて大丈夫なんですか?」
美琴ちゃんが驚いたようにして言う。
確かに、神様のくれたものをあっさりと引き抜くというのは、罰当たりな気がする。
「ああ、別に構わんだろ。神が人にくれたんだから、それをどうしようと人の勝手さ。現にもう何本か抜いてきてるが、何ともないぞ。」
「何本かって…あれそんなにあるの?堪んないなあ…。」
椎名さんがげんなりとした様子でぼやいた。
よほど今日の仕事は堪えたらしい。
また手伝わされたら…と思うと、確かに気が滅入る。
「ところでその神様ってだれなんです?」
美琴ちゃんの質問に、宮比さんは一息吐いてから答える。
「トヨタナヒメ…聞いたことはあるか?」
トヨタナ…?
あるような、ないような。
いやそもそも、私はアマテラス位しか知らないほど、神話には疎いのだが。
「うーん、聞いたことないなあ。私結構日本の神様には詳しいつもりだったんだけど。」
椎名さんも知らないようで、美琴ちゃんもまた同様だった。
宮比さんはだろうな、と呟く。
「漢字では豊多那比売と書く。豊は字のまま、多那は種…もしくはそれから転じ、五穀を意味する穀から来ている、と言われている。訳すれば、“豊かなる五穀の女神”ってとこだ。植物繁茂、五穀豊穣の神さ。」
植物繁茂。
だからあの野原はあんな風になっていたのか。
ずっと抱いていた疑問が解消する。
「あの豆は太古の昔、痩せた土地であった此処に住む人々に、その神が授けたものと言われている。畑や田圃に植えられていてな、その跡地に残っていると、ああいったことになるんだよ。」
「そーいや豆は痩せた土地でもよく育つし、土壌を肥やす力もあるって聞いたことあるなあ。その強力版ってことか。」
椎名さんがぽん、と手を叩く。
あの草の生え方から、かなりの効力であることは明白だ。
昔はさぞ重宝されたことだろう。
「でも、それほどご利益のある神様なのに、なんで無名なんですか?」
「…ご利益があればこそ、さ。いつの時代どこの場所にも、そういうのを独り占めにしたがる輩はいるもんだ。さあさ、話はこれで終いだ。アイスキャンデー食い終わったのなら、自分の家に帰れよ?」
二人が帰った後も、宮比さんは縁側で煙管を吸っていた。
外を見ると、ようやく闇に染まりはじめている。
私は床の上に寝転がり、伸びをする。
「あーあ、今日は本当に疲れましたよ…。まさかあんなことやらされるなんて、思いませんでした。」
「…ああ、悪かったな。ホントにごくろうさん。お陰でこっちは大助かりだったわ。」
宮比さんは相変わらずこっちに背を向けていて、表情はわからない。
何だか少し、不機嫌なように感じる。
仕事をさせられたせいか…?
不穏な雰囲気故に、努めて明るく振る舞う。
「でも、その女神様はいい神様なんですね。この地の人達の為に、そんな素晴らしいものをくれたんですから。」
「…。」
宮比さんは無言のまま立ち上がると部屋に入り、私を跨ぐようにして横切っていく。
「…いい神様なもんかよ。あれで、どれだけの人が苦しんできたと思ってるんだ。」
そう吐き捨てるように言うと、部屋から出ていってしまった。
私はただ呆然とその後ろ姿を眺める。
明るく振る舞ったのは、逆効果だったのか。
いや、あれは私に向けられた怒りのようには感じなかった。
…一体、どうしたんだろう。
今の私には、その理由を知ることは出来なかった。




