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「あーあ、何か面白いことないかな~。」


帰宅路のどんよりとした冬空の下、美琴ちゃんのそんな呟きが溢れた。

すっかり曰く付きの場所のネタも尽き、やることがなくなってしまったせいか最近はいつもこんな感じ。

椎名さんは「遅かれ早かれ高校受験でそうも言ってられなくなってただろうから、気にしなくていい」なんて言ってたけど…。

何だか元気の無さそうな顔を見ていると、少し心配になる。


「ねえ美琴ちゃん、何処かで遊んでいかない?」


だから、私はそんな提案をしたのだろう。

なんの計画もなしにそんな事を口走る。


「え?…どしたの急に?」


「いや、別に…ただ、気晴らしにどう?ってことで…。」


そうしどろもどろに返すと、美琴ちゃんはふうんと言い視線を泳がせる。

これは、何かを考えている彼女の癖だ。

yesともnoとも言わずに十数秒そのままでいた後、口を開く。


「じゃさ、彼処の公園行かない?」


それは帰り道に面して作られていた比較的大きな公園だった。

私たちが帰る頃には、幼稚園等から解放された子供達で賑わう場所。

でも、中学生は殆んど見ないけど…そこで遊ぶと言うのだろうか。


「違う違う。あそこ今ね、紙芝居屋さん来てるんだよ。」


「か、紙芝居屋さん…?」


予想外なところから攻められ、私は戸惑う。


「そ!一度経験しときたかったんだけどさ、中学生が一人で見るのもあれだし、行きそびれてて…。」


つまり、私の誘いは渡りに舟だったと。

話には聞いたことはある、紙芝居。

現代ではもう、幻に近い存在なのでは無いだろうか。

正直言ってあまり私は興味はない。

アニメは好きだけど…両者を同じ土俵で語るには、結構違いがあるような気がするし。

でも、それで美琴ちゃんが少しでも元気になるなら…と私は頷いた。


「よっし、そんじゃ決まりね!夕子ちゃん、お金ある?」


「あ、うん。千円くらいなら。」


「充分。じゃあ、行こっか!」


腕を引っ張り、早く早くと言いながら駆け出す美琴ちゃん。

腕は痛かったが、久々にはしゃぐ彼女を見れて私も嬉しい。

やっぱり美琴ちゃんはこうでないと。

そのまま公園内に入ると、その一角に数人の子供、その親が集まっていて、その前に紙芝居の人がいた。

その人はいつしか話に聞いた通り、拍子木を鳴らしながらその開始を告げようとしている。


「…ところで、お金って後払い?先払い?」


おずおずとそんな事を聞くと、美琴ちゃんは人差し指を立てて左右に振り、舌をならす。


「紙芝居はね、先ずお菓子を買うんだよ。それで、お菓子を食べながら見るの。」


「え…?見物料とかは?」


「それはお菓子の料金に含まれてるの。お菓子を買わないと見れないんだよ。」


へえ、と思わず漏らしてしまう。

初めて聞くその料金体系の珍しさに、目から鱗がこぼれ落ちるかのような感覚だった。

そしてその通り二人で水飴を買い、自分達より小さい子供達の間に入る。

この水飴というのも、人生初の経験だ。

割り箸を使って混ぜて食べるらしいが…それが難しい。

手先がさして器用ではない私は、それに悪戦苦闘する。

そしてそんな事をしている間に本命の紙芝居が始まってしまう。

話自体は綺麗に纏められてはいるものの、取り立てて真新しいものでもない。

絵も、昨今の漫画とかに慣れた私から見れば、さして上手かったり迫力があったりする訳ではない。

…でも、私はとても引き込まれてしまった。

いや、私だけではない。

美琴ちゃんもその他の子供達も、皆紙芝居に引き込まれている。

それは、紙芝居屋の人の語りがとても凄かったからだ。

臨場感というか、場面場面の語り口が絶妙で、視覚的にはただの絵でも、頭の中ではそれが動き回っているように感じられるのだ。

想像力を掻き立てられ、瞬く間に時間は過ぎ、私にとっての初めての紙芝居は終わった。


「あー、中々面白かったね。来てよかったわ。」


「本当にね。夢中になりすぎて、水飴食べ損ねちゃったよ。」


暫く練っていなかったせいか、水飴は固まってしまっていた。

仕方なく、私はそのまま割り箸をくわえる。

それでも口の中に甘さが広がり、値段分は味わうことができた。


「それにしてもさ、あの人凄いね。」


美琴ちゃんが、紙芝居屋さんを指差す。


「あの人の言葉で頭の中にさ、そのシーンが明確に浮かんできてさ。夕子ちゃんもそうだったでしょ?」


「うん。特にクライマックスのところなんて凄かったよね。」


そんな、紙芝居についての話で盛り上がる内に、私たちはその人に興味を持ち始めた。

ここまで人々にイメージを湧かせるあの口上は、普通じゃない。

もしかしたら、その世界では知られた凄い人なのではないか。

持ち前の好奇心が顔をだし、私と美琴ちゃんはその人の元へと歩む。


「あの…すいません。」


後片付けをしている背中に声を掛けると、その人は此方に顔を向けた。

もう50を越えているくらいで無精髭を生やし、髪は寝癖か、あちこちに飛び出している。

顔立ちは、目深に被った鍔の広い山高帽で見え辛かったが、優しそうなおじさんといった感じだ。


「ん?何かなお嬢ちゃん達。」


「あの…紙芝居、凄く面白かったです。初めてだったんですが、とても引き込まれて…。」


感謝の意を言葉にして伝えると、おじさんはとても嬉しそうに顔を綻ばせた。

そういうことに慣れていないのか、酷く顔を赤らめている。


「いや、感謝するのはこっちだよ。私なんかの拙い絵や話を、わざわざ聞いてもらって…。」


「え?絵も話もおじさんの手作りなの?」


美琴ちゃんは驚いた声をだす。

私もてっきりそういう市販されているものを使っているのかと思っていたのだけれど…。


「うん、まあ…紙芝居だけじゃなく、拍子木もこの枠も全部手製なんだ。こういうの全部揃えようと思ったら、結構値が張るからね。」


「へえ…おじさん、多才なんだね。凄いなあ。」


感心したような風の美琴ちゃん。

それにまた、おじさんは照れたように笑った。


「はは、この仕事をやってて、そこまで褒めてくれた人は君たちが初めてだよ。」


「どれくらい紙芝居をやってるんですか?」


「うーん、それでもまだ十年もいってない、かな。僕が四十ちょっと過ぎた頃に始めたから…。」


ちょっと意外な答え。

語りの技量が高いせいか、紙芝居一筋で生きてきたようなイメージを勝手に持っていた。

そう言うとおじさんは


「ああ、それは…」


とだけ呟き、後は濁してしまう。

何か複雑な事情でもあるのだろうか。


「ううん、まあ君たちなら良いか。わざわざ挨拶に来てくれた礼もしたいし…。」


そう言うと、おじさんはどこからか一本の蝋燭を取り出す。

何の脈絡もない物の登場に、私と美琴ちゃんは釘付けになる。


「これから一つ、面白いものを見せてあげるよ。良いかい、蝋燭の芯をよく見てて御覧。」


それからおじさんは少し真顔になって咳払いをする。

そして蝋燭を自分の頭と同じ位の高さで持ち、一言だけ口にした。


『ヒ』


一文字だけの、とても短い音。

いや、正確には「ホィ」と言ったような気もする。

母音が「オ」に「イ」を加えたような感じで、何とも独特なものだった。

直感で「ヒ」だと思ったのは、その蝋燭の芯に突然、火が点ったからだ。


「え?」


二人して、訳がわからないという風に、そんな声をだす。

おじさんがマッチとかライターを使った訳でもない。

ただ、「ヒ」と呟いただけで点いたのだ。


「解った。それ蝋燭型のライターみたいなもんなんでしょ?何処か押すと火が点るみたいな…。」


恐らく手品だと思ったのだろう。

美琴ちゃんがそう当たりを付けると、おじさんは確かめてみる?言って火を消した蝋燭を手渡した。

暫くそれを繁々と見詰めてから、美琴ちゃんは首を捻った。


「…普通の蝋燭だ。」


「あ、私にも貸して。」


私も様々な角度から蝋燭を眺めてみるも、やはり何の変哲もない蝋燭だ。

種も仕掛けも、何もない。

それなのに何故、突然火の気も無いのに燃えたのかな…?


「じゃあ、もう一つやって見せようか。今度は上を見ててね。」


指差す先には、未だどんよりとした空がある。

今にも雨か雪が降ってきそうなくらい、厚い雲だ。


『ヒ』


二人して空を見上げていると、またそんな声が聞こえた。

いや、先程とは微妙に音は異なる。

これも正確に表せば、「フィ」のようになるだろうか。

さっきよりは、「ヒ」に近い音だった気はする。

すると、今度は雲間から光が差して来て、丁度私たちの顔に当たった。

不意の事に眩しさを覚え、思わず顔をそらす。

すると、おじさんは少し笑いを含みながら私たちに謝る。


「ああ、ごめんごめん。もっとちゃんと言っとくべきだったね…。」


再び顔をあげると、奇妙な光景がそこにあった。

太陽の周りだけ、不自然にに青空が見えている。

まるで雲が太陽を避けたかのような、そんな感じになっていた。


「…。」


あまりの事に、私と美琴ちゃんはそれを見つめたまま、ぽかんとする。

これも、おじさんがやったの?

蝋燭の火みたいに?

ということは、「ヒ」というのは「日」の事だったのか。

「火」と呟いたから火が点き、「日」と呟いたから日が出てきたってこと…?


「…おじさんって人間?」


美琴ちゃんがそう溢したのは、怪異の類いかと疑ったからだろう。

自然現象を喋るだけで操るその力、確かに人間の成せる業ではない。


「はは、僕は正真正銘、ただの人間だよ。今のは正確に言えば言葉…いや、(こと)の力なのさ。」


「コト?」


「二人は言霊って概念は知ってるかな?」


「あ、何となく知ってます。良い言葉を言うと良い事が、悪い言葉を言うと悪い事が起こるってやつですよね。」


椎名さん程ではないが、流石にその方面に多少の知識がある美琴ちゃんである。

おじさんはその答えに、わらいながら笑いながら正解、と言って頷く。


「この言霊というのはね、その昔、日本において“(こと)”と“(こと)”が同一に扱われていたから産まれてきた概念なんだよ。つまり、僕ら人間の発言というのは、事実に干渉しうる力があるって信じられていたのさ。」


ちょっと難しい話になってきて、私の中では雲行きが怪しくなってきたのだが…。

それを聞いた美琴ちゃんは、信じられない、というような顔をする。


「でも、私たちが喋ってもなにも起こらないじゃん。」


尤もな意見である。

私たちが火とか言っても、蝋燭に火が点くことはない。

というか、一々点いてたら大変であるのだが…。


「それはね、僕らが普段使ってるのは“言葉”だからだよ。」


「“言葉”と“言”は、違うんですか?」


「うん。“言葉”というのは“言の端”の転、つまり“口先だけの軽い言”という意味なんだ。ちょっと言い方は悪いけどね…。」


「ふうん、じゃあ、どうやったら“言”が使えるの?」


おじさんの説明が進むにつれ、美琴ちゃんは目を輝かせていく。

怪異がらみではないが、彼女の好奇心の琴線に触れたのだろう。


「そうだね…上代日本語を正しく発音出来れば君達もあるいは…。」


顎に手を当て、考える仕草をしながらおじさんはそう呟く。

また何やら難しそうな単語が出てきた。

上代日本語(じょうだいにほんご)とは一体何なのだろう?

それについても、尋ねようとした時だった。


「おーい、夕子ちゃんよ。」


聞き覚えのある声で、私の名前が呼ばれる。

振り返ると、両手に買い物袋を下げた大柄な人物が此方に向かってくる。

茅輪さんだ。


「あれ、茅輪さん。お使いですか?」


「おう、宮比に命令されてな。学校はもう終わったのか。」


「あ、はい。それでその途中、この公園で紙芝居を…。」


「…紙芝居てずいぶんとレトロなもんを。今時そういうのやってん──」


視線を動かした茅輪さんが、紙芝居のおじさんを捉える。

そしてそのまま、何事かを考えていたかと思うと、徐に口を開く。


「もしかして、鴨土さん──?」





「いや、突然の訪問で済みません。」


おじさんは、そう言って申し訳なさそうに頭を下げる。

あの後、この人が茅輪さんの知り合いだということが解り、家に招待する事になったのだ。

美琴ちゃんとは途中で別れ、今この場には四人だけだ。

私たちにお茶を出した宮比さんは、おじさんの向かい側に腰を下ろす。


「いえ、此方としても暇をもて余していましたからお気になさらず。それより、和男と知り合いとか…?」


「ええ。私、鴨土昂平(かもどこうへい)と申します。生まれは高知、今はこうして紙芝居をしながら全国を行脚しております。」


ぺこり、と頭をまた下げる。

高知生まれ、ということは茅輪さんと同郷…ということか。


「お二人はどういう関係で…。」


「ああ、俺の祖母さん繋がりだよ。一応同業者みたいなもんだったからさ。良く祖母さん家に出入りしてたぜ。」


代わりに答える茅輪さん。

すると、それに同調するように鴨土さんも頷く。


「この業界、狭いですからね。同県ならず四国全土の同業者と顔馴染みでして。」


「この業界、ということは貴方も…?」


「いえ、私は蠱毒ではなく…“言霊(ことだま)”を扱っておりましてね。家が代々、そういうものですから。」


言ってから鴨土さんはお茶を一口啜る。

その間を縫って、また茅輪さんが喋り始めた。


「鴨土さんの家は由緒正しいんだ。大昔は忌部(いんべ)として宮中に使えていた一族で…。」


そこまで説明したところで、鴨土さんは茅輪さんの肩をちょいちょいと指先で叩く。


「違うよ和ちゃん。家は“語部(かたらいべ)”。部民(べみん)は語部の氏は賀茂(かも)さ。傍流の傍流、だけどね。」


笑顔で優しく訂正され、茅輪さんは「あ、そうですか。」と小さく呟き恥ずかしそうに小さくなった。

それに対して宮比さんは“うろ覚えなら説明をするな”と言わんばかりの一瞥を呉れた後


「賀茂氏で言霊、それでいて高知ということは、貴方の家の氏神は…。」


と、探るように切り出す。

話が通じる相手であるのが嬉しいらしく、鴨土さんは一層の笑みを浮かべる。


「はは、ご存知なんですね。如何にも私の家は、“いちごんさん”の氏子です。」


何だか、私を飛び越していくような会話だった。

私には解らない単語が飛び交い、二人だけで話は進んでいく。


「茅輪さん、“いちごんさん”ってなんなんです?」


私と同じように少し手持ち無沙汰の茅輪さんに小声で話しかける。

すると、茅輪さんも小声で説明をしてくれた。


「“いちごんさん”ってのは“一言主(ひとことぬし)”の別称だよ。鴨土さんの先祖、賀茂氏の祀っていた神様でな、言葉を司るんだ。一言だけなら、何でも願いを叶えてくれるらしいぞ。」


「言葉の神…。」


そういうものを司る神様もいるんだ、とちょっと意外だった。

火とか水とか、豊穣とかなら聞いたことはあったのだけれど。


「部民や語部っていうのは?」


「部民制は昔の日本にあった仕事の分掌制度の事さ。語部はその名の通り、言葉を使った仕事をしてたんだ。祝詞(のりと)寿詞(よごと)の上奏、伝承の口伝とかな。」


とことんまでに、言葉に関わってきた一族と言うわけか。

鴨土さんが喋るだけで火を点けたり出来るのも、そのせいなのだろうか。


「…おっと、そろそろ宿の宿泊手続きの時間が迫っていますので、これで失礼させて頂きます。お邪魔しました。」


鴨土さんがそう言って立ち上がったのは、もうすぐ19時になる、という時間だった。

今日はこの市内の宿に泊まり、明日はまた別の場所で紙芝居をするのだそうだ。


「…岩手にはいつまでいるつもりで?」


見送る際、玄関先で宮比さんは鴨土さんにそう尋ねた。

鴨土さんは手帳を取り出し、ぺらぺらと(ページ)を捲ってから答える。


「…岩手に限定をするなら、今月一杯でしょうか。東北というなら、まだまだ滞在するつもりではありますが。」


「そうですか。…ちょっと、頼み事があるのですが…。」


そう言いながら宮比さんは鴨土さんの方へ近づき、何かを伝える。

すると、鴨土さんは手帳にペンで文字を書き留め、その部分の頁を破り宮比さんに手渡した。


「…ありがとうございます。それでは追々…。」


感謝の意を述べ、宮比さんは私の傍らへと引き下がった。

鴨土さんは山高帽子を手に取って頭を下げ、それに応える。

そして、此方に背を向けると夜の闇の中へと消えていった。


「…まだあんな人がいるんだな。」


見えなくなってしまった後も、宮比さんは闇を見つめたままそう呟いた。

それに答えたのは、茅輪さんだ。


「まさかここで会うとは思わなかったな。急に紙芝居屋はじめて高知から出てっちまってから行方知れずだったし。」


「ふぅん…。」


相槌を打ちながら、手にしていた一枚の紙切れを開き、視線を落とす。

下から覗いてみると、そこにはただ一行、数字の羅列が書いてあった。

見たところ、電話番号…だろうか。


「それ、電話番号か。」


茅輪さんも気づいたのか、そう尋ねる。


「ああ。鴨土さんの携帯のな。さっき帰り際に聞いておいたんだ。」


「そんなの聞いてどうすんだ?」


「…近々、あの人の力が必要になるかも知れんからな。念の為、だよ。」


言いながら宮比さんは神妙な面持ちを浮かべる。

そしてその紙を綺麗に折り畳むと、ポケットの中に滑り込ませる様にしてしまいこんだ。


“力が必要になる”


その事がどういうことなのか、私は聴こうとする。

けれども、それよりも早く宮比さんは家の中に入っていってしまった。


「夕も早くこい。夕飯にするぞ。」


呼び掛けられて、私も慌てて中に入る。

…聞きそびれてしまったけれど、やはり気になる。

私の知らないところで、何かが起こっているのだろうか。

ふと、振り返ってみる。

まだ開け放たれた玄関の扉の向こうに、只淀んだ闇が広がっていた。

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