佐佑面
茅輪さんがうちに来てから2日目の今日。
3人揃って本土の商店街へと来ていた。
どうやら食料の消費が想像以上に大きかったらしく、底をつきそうになったそうだ。
「お前、後で食費払えよ?」
青筋を立てながら宮比さんがそう言うほどに、茅輪さんはよく食べる。
体が大きいから仕方ないのかもしれないけど。
スーパーの中に宮比さんが入っていくのを見届けたのち、私と茅輪さんは商店街を回る。
折角遙々岩手まで来たのだから、色々と見ておきたいのだそうだ。
仕事に来たとの話だったが、それは名目で実は観光に来たのでは…?
この商店街は、とても賑わっているとは言えないが、近場では一番物の揃う場所だ。
茅輪さんは物珍し気に辺りを見回す。
「へえ…結構都会じゃねえか。」
「え、仙台や盛岡に比べればずっと田舎ですけど。」
「いや、俺が住んでるのが高知の山奥の村だからさ。そこに比べりゃ、よっぽど都会よ。」
自分も人の事は言えないが、随分と僻地からやって来たようだ。
私たちが東京に行ったら、一体どうなるのだろう。
「そう言えば、なんで茅輪さんは今の仕事を選んだんですか?その…えっと…。」
「はは、似合わないって言いたいんだろ?よく言われるよ。」
似合わなさでいうなら、宮比さんも負けてないけれど。
どうにもそういう仕事は、もっと年上の人のものに思える。
「俺の祖母さんがさ、この仕事やってたのよ。憑き物専門の。小さい頃はその話を聞いてたし、俺は頭が悪くて他に就ける仕事もなかったから継いだってわけ。」
「あれ?でもこの前、宮比さんと違って小さい頃からそう言うことに接して来なかったって…。」
「あいつは祖父さんから実際に見せてもらったりしてたらしいが、俺はただ話に聞いてただけだよ。それに祖母さんはすぐ死んじまったからな。多くは聞いてなかったんだ。幸い、祖母さんの家に色んな記録本が有ったから、勉強するに困らなかったけどな。」
意外と勉強家だ。
私も将来、そういう職に就くのだろうかと思うことも少なくない。
宮比さんと一緒に暮らしてきて、何度かその仕事を見てきたけれど…。
依頼人に感謝される職業であるし、憧れもある。
ただ…。
「そのぅ…収入ってどのくらいなんでしょうか?」
私のその質問に、茅輪さんは面食らったようだった。
「そ、それが聞きたかったのか。随分と生々しい質問だな。」
「すいません…。」
「いや、良いけどさ。そうだな…宮比みたいにどっかに所属してりゃあ、それなりに安定はするだろう。仕事も回してもらえるしな。だがフリーだと辛いぞ。」
全国にそういう所属する所があるのだろうか。
あんまり見たことないけど…。
「茅輪さんは所属してるんです?」
「いや、半フリーみたいな感じかな…。何処にも所属はしてないが、つてでたまに仕事は回っ…。」
そこで突然に茅輪さんは言葉を切る。
一点を凝視したまま立ち止まっていた。
どうしたのかと訝りつつも、私もその先に視線を向ける。
「…!」
そこにいたのは、明らかに異端のもの。
白い布に全身をくるみ、その顔には面が付いている。
面も異様で、片目しか開いていない。
しかも、二人組だ。
動くでもなく、話をしているでもない。
ただ並んで人々の往来を眺めている。
「ち、茅輪さん…あれは…?」
あまりに異常な光景に、私は何らかの怪異と思い尋ねる。
「あれは…コスプレってやつか?」
「は?」
返ってきたのは、あまりに普通なもの。
いや、普通なのかは知らないが、取り合えず期待したものでは無かった。
「やはり進んでるな。何のコスプレだ?」
「いや、その…知りません。」
本当に宮比さんと同業者なのだろうか。
何だか、頼りないというか…。
「ま、人の趣味にとやかく口出しする権利はねえからな。そろそろ店の前に戻るか。」
「はあ…。」
まあ、いざとなれば宮比さんに聞けばいいか。
それにまだ怪異とは決まってないし。
私たちは来た道を戻ってスーパーの前にたどり着く。
そこには大きな買い物袋を道に置いて立っている宮比さんの姿があった。
「遅い。どこまで行ってたんだ?」
「いや、そんなに遠くまでは行ってなかったんだけどよ。珍しいもんを目にしたもんでな。」
「珍しいもん?」
「なんか変な面を被ったコスプレだった。何のコスプレかまでは分かんなかったけどさ。なあ?」
「あ、はい。なんか白い布纏ってて、面を付けた二人組で…。」
私がその格好を詳しく説明すると、宮比さんの顔色が変わった。
そしてすごい剣幕で茅輪さんに詰め寄る。
「ッ…!おい、そいつらどこにいた!?」
「あ?あっちの方だよ。大通りの…。」
茅輪さんが指差した方向に、宮比さんは駆けていく。
…買い物袋を置いたまま。
「あっ、おい!袋どうすんだよ!?」
その茅輪さんの言葉を無視して一目散に行ってしまう。
茅輪さんなら一人でも持てるだろうと判断した私は、その後を追った。
「くそっ、何処にもいない。遅かったか…?」
何とか息を切らしつつも追い付くと、宮比さんは大通りの左右をきょろきょろと見回していた。
先程それがいたところを見ると、確かにいなくなっている。
少し遅れて、買い物袋を両手に下げながら茅輪さんが必死に走ってきた。
「おい、和男。そいつらはどんな面を付けてた?」
「どんなって…木製の白い面だよ。片目しか開いてない変なやつだ。」
「そうじゃない。どんな表情だったかと聞いてるんだ。」
「は?表情?」
茅輪さんはどうやら、覚えていないらしい。
背が高い茅輪さんには、少し俯いた彼らの表情までは見えなかったようだ。
しかし、背の低い私には、それはしっかりと見えていた。
「無表情でしたよ。」
「無表情……八郎佐辛之佑か!おい夕、携帯を貸せ!」
言われるがままに渡すと、何処かに電話を掛け始める。
…自分も持てばいいのに。
「もしもし、新香か?宮比だが、一大事だ。佐佑面の八郎佐辛之佑が出た!大至急此方に車を回せ!場所は…」
私と茅輪さんの二人は蚊帳の外だった。
ただ、宮比さんの仕事ぶりを眺める。
なんの事情も分からないから、何が何やら。
電話を終えた宮比さんは、少し落ち着いたようだった。
「後は車の到着を待つのみ…と。新香のいるところは此処から近いから、直ぐに来るだろう。ほら、携帯ありがとよ。」
「おい、宮比。何がなんだかわからんぞ。説明しろよ。」
一度茅輪さんに目をやり、それから私の方をちらとみる。
私がそれに答えるように頷くと、面倒そうに頭を掻きながら話し始めた。
「お前らが見たのは佐佑面って奴だ。いつも二人組で、面を被ってる。」
「そんなやつの名前、聞いたことないぞ。」
「まァな。佐佑面は極めて局地的な怪異だ。この地方にしかでない。お前が知らなくても無理はない。」
…茅輪さんが勉強不足な訳ではないのか。
一体どんなものなのだろう。
「私が慌てたのはな、あれが出るということ自体が凶兆だからだよ。」
「凶兆って…どれくらいのだ?」
「…少なくとも、人死にが出るくらいのだ。」
その言葉に、私と茅輪さんは固まる。
最悪の凶兆だ。
電話から5分位経った時、短いクラクションの音が鳴り響く。
三人が一様にしてそちらを見ると、一台の車が停まっていた。
窓から一人の女性が顔を出す。
「宮比さん、早く乗って!」
「おう、お前らも乗れ!」
助手席に宮比さん、後部座席に私と茅輪さんという席順で車に乗り込む。
それと同時に、車は発進した。
「そう言えば、夕子ちゃんとはこれが初対面かな?私は巾生新香って言います。宜しくね。」
「あ、どうも…。五木場夕子です。」
ミラー越しにそう自己紹介される。
私の顔と名前を知っているところから、向こうは初対面ではないらしい。
おしとやかそうな女性だ。
「それより新香、場所はわかってんだろうな?」
「ええ、第八分社ですね。ここからちょっと遠いですが、大丈夫です。」
「おーい、お二人さん。俺たちまだ事情が飲み込めてないんスけど。」
確かに、さっきの話ではまだ分からないことがある。
ただ、佐佑面の出現が凶兆であると知っただけだ。
「…新香、お前が説明してやれ。」
「ええ!?なんで私が?」
「お前がちゃんと知ってるか確認がてらだ。先輩としてそれくらいはやらんとな。」
急な先輩風を吹かせる宮比さん。
それに対し、巾生さんは渋々ながら説明を始める。
「…面倒なだけでしょうに。えっとね、二人とも。佐佑面は二つずつ十組、計二十有るの。…豊多那比売の事は知ってる?」
「ああ、この地方の神だろう。それくらいは俺でも知ってる。」
「あ、私も大丈夫です。」
「そう。その豊多那比売を祀る神社は十一…。本社が一つに、分社が十なんだけど…佐佑面は本社以外の分社全てに奉納されてるのよ。」
「へえ…何の為にだ?」
「名前の通り、佐佑面は神を輔佐する役割を担っててね。分霊の度に二つずつ作られてるってわけ。で、分社ごとに面の表情、名前が違うのね。各々言うと…」
第一分社
一郎佐 甲之佑
第二分社
二郎佐乙之佑
第三分社
三郎佐丙之佑
第四分社
四郎佐丁之佑
第五分社
五郎佐戌之佑
第六分社
六郎佐己之佑
第七分社
七郎佐庚之佑
第八分社
八郎佐辛之佑
第九分社
九郎佐壬之佑
第十分社
十郎佐癸之佑
「…ていう感じ。表情に関しては、微妙な違いしかないのとかもあるから、割愛するけど。佐面は左目、佑面は右目が開いてて、それで判断できるのよ。」
「何で片目しか開いてないんですか?」
「神様はね、片目のものを好むって言う伝承があるの。神様に愛される面にするために、片目になってるの。理由は解らないんだけどね。」
「で、何でそいつらが出てくると凶兆なんだよ?」
「えっとね…宮比さん、運転に集中したいので変わってくれません?」
流石に質問攻めにされて困り果てたのか、巾生さんが言った。
「宮比さんが運転変われば良いんじゃないですか?」
「ん、私免許持ってないんだよ。」
道理でいつも徒歩な訳だ。
機械音痴ここに極まれり。
「とりゃあ良いじゃねーか。楽でいいぞ。俺はバイクのだけどさ。」
「いや、怖いだろ。私が運転したら事故死する自信がある。」
「一応大型じゃなければ取れるって話ですけどね。ま、兎に角話変わってくださいよ。」
そんなこんなで語り手が宮比さんに変わる。
「えっとなんだっけ?ああ、佐佑面の出現の話しか。佐佑面はな、神の怒りを人間に伝える役目も担ってるんだよ。」
「神の怒り?」
「つまり、このままだと天罰が下るぞ、って言う事を示してるんだ。今回の場合、第八分社の八郎佐辛之佑が出たから、第八分社に何かあったってことなんだよ。」
「なるほど。さしずめ神の使者ってところか…。」
「豊多那比売の神社はどれも単立神社でな、無人のところが多い。それ故、管理も杜撰に成りやすくてな…。」
そうこうしているうちに、目的地に辿り着く。
町の外の、小さな森の奥。
普通に暮らしていれば、先ず来ないだろう場所にそれはあった。
「あちゃあ…屋根が壊れてらぁ。雨ざらしになりゃ、そりゃ怒るか。」
宮比さんが言ったように、屋根の一部が吹き飛んだのか、大きな穴が開いていた。
「ここ最近の大風にやられたのか…?」
「んで、どうすんだよ?直せば神の怒りとやらも治まるのか?」
「ま、そう言うことだ。すぐに手配して直してもらわねえとな…。」
どうやら思ったよりも簡単に神様の怒りも収まりそうだった。
私は興味本意で神社の中を覗いてみる。
すると、その壁の両脇に面が飾られているのが見えた。
「見える?あれが佐佑面よ。」
巾生さんが二つを指差して教えてくれる。
各々片目しか開いておらず、かつ無表情の面。
確かに私たちが商店街で見た面だった。
原因を調べた私たちはすぐに車に戻り、町へと向かう。
そして元いた商店街で、私と茅輪さんは降ろされる。
「私はこれから新香と仕事あるから、お前らは先に帰っとけ。後和男は食料を冷蔵庫に入れとけよ?」
「ん、解った。じゃあな。」
排気ガスを残して、二人をのせた車が走り去る。
気付けば日はすでに傾き、空は朱に染まっていた。
「帰り道、解るよな?」
「はい。大丈夫です。こっちからいけば、少し近道に…。」
先導しようと私は一歩踏み出す。
その先に、二つの白い影があった。
「…?」
微動だにしない、二つのもの。
遥か遠くに写ったそれは、人影が一瞬視界を遮ると同時に消えてしまう。
「どうした?」
「い、いえ…何でもないです。」
今のは、確かに佐佑面だった。
もう原因は解ったのだから気にする必要はないのに、何故か心に引っ掛かる。
いやそもそもあれは八郎佐辛之佑だったのだろうか?
遠くであることと、日を背にしていたことが相俟って、その表情を知ることは出来なかった。




