第二章⑪
ヴィヴィアンヌ号の客室の一室で、徳川アヤカと蒼村リョウコは唇を合わせていた。柔らかいソファの上でアヤカがほとんど裸のリョウコに覆い被さって行為に及んでいる。
それは蒼村シンロクが部屋に来てから、かれこれ十分以上は続いているのではないだろうか。蒼村はリョウコの兄として、彼女のことが少しだけ心配だった。アヤカとリョウコの関係にとやかく言うつもりはない。しかしリョウコの髪の色は日に日に悪くなっているのはキスのせいじゃないかと思うからだ。
魔女の体の中の備蓄エネルギアは、その髪の色を見ればおおよその検討を付けることが出来る。つまりエネルギアと髪の色の善し悪しは比例しているのだ。
春の終わりまで、リョウコの髪の色は綺麗だった。
しかし、アヤカと毎日キスをする関係になってから、確実にリョウコの髪の色は悪くなっていっている。
それはアヤカにリョウコの中にあるエネルギアが吸われてしまっている、ということだ。魔女は唇を合わせることによって、相手にエネルギアを供給することが出来るし、その逆も、エネルギアを吸い取ることも出来る。アヤカが意図的にリョウコのエネルギアを吸い取っている、ということはないと思うが、リョウコとは逆にアヤカの群青色は輝きを増していた。魔女の中でも群青色の色素を持つ水の魔女がヒステリックになりやすい、というのは一般的に言われることだが、髪の色の輝きに伴い、アヤカのヒステリックも、ちょっと許せないくらいになって来ている。
「ぎゃあ!」
リョウコはベッドに腰掛けて座っていた蒼村と視線が会うと悲鳴を上げてソファから転げ落ちた。そして慌ててベッドの毛布を体に巻き付けて、顔を真っ赤にして蒼村に怒鳴る。「も、もぉ、お兄ちゃんってば、いたんならそう言ってよぉ!」
「あれ、」蒼村はシガレロの煙を吐きながら言う。「気付いてなかったの?」
「あははっ、リョウコってば、」アヤカは少し乱れた髪を直しながら笑う。「気付いてなかったんだ」
「ええっ!?」今度はアヤカにリョウコは怒鳴った。「もぉ、アヤカ様ってば、気付いていたんなら言って下さいよっ!」
「ちゃんとノックの声が聞こえたし」アヤカは蒼村に向かって手を伸ばした。
「ええ、」蒼村はアヤカの指にシガレロを一本摘ませて、ベッドの枕元にあったマッチの箱に手を伸ばす。「ちゃんとノックしましたし」
「あ、アヤカ様は恥ずかしくないんですか!?」
「どうして?」アヤカはシガレロをくわえて蒼村は付けた火に顔を近づける。
「お兄ちゃんに、その、そのぉ、き、キスとか、いろいろ見られちゃったんですよぉ」
アヤカは蒼村の顔に向かって息を吐いて言う。「別にシンロクに見られたって、それが何なの?」
「もう、いいです」リョウコは頬を膨らませてソファの下に散らばっている脱がされた服を集めて、蒼村に裸を見られるのが嫌だからだろう、浴室に入っていく。
その方向に視線を向けながらアヤカはテーブルのグラスに手を伸ばす。グラスの中には血の色をしたワイン。「シンロク、上手くことは運んでいるの?」
「ええ、問題なく、順調です、」蒼村は笑顔を作って言った。「咸臨丸の航海とはきっと、こういうものだったのでしょう」
「……それは皮肉かしら?」アヤカは蒼村を睨み付ける。
「何のことです?」
「はぁ、それにしても、……ちょっと可哀想だったかな」アヤカは目を瞑ってそう言って、口元だけ微笑ませてグラスを空にした。
「いえ、そんなことはないでしょう、」蒼村はテーブルの上のワインボトルを掴み、アヤカが差し出すグラスに注いだ。「歴史の教科書の一ページを飾れることになるかもしれないんですよ、それにしても、アヤカ様、その格好は何なんですか?」
「海賊よ、海賊の船長さん、」アヤカはまさに海賊の船長という装いをしていた。襟が大きく裾の長い黒い皮のジャケットに、腰には西洋の剣を刺していた。髑髏の指輪を嵌め、そして伊達政宗のように片目は眼帯で隠し、黒い三角の帽子を被っている。「結構似合っていると思うんだけどな」
「ええ、よくお似合いです、」これは本心だった。「とてもよく、お似合いですよ、アヤカ様」
「んふふっ、この船は今宵、幽霊船になる、」アヤカは呂律が回っていない。少し飲み過ぎだ。「その船長は私、」アヤカは大きな口を開けて笑う。「あーはっはっ、この船は、私のものだぁっ!」
蒼村は苦笑して言う。「ええ、この船はあなたのものだ」
「絶対にこの世に永久に変わらぬ治世を取り戻す、そう、江戸時代のように何もかもが美しかった時代を取り返すんだ、」アヤカは懐から銀色のリボルバを取り出した。「もう一度、回転だっ!」
そしてアヤカは銀色のリボルバで天井のシャンデリアを狙って引き金を引いた。
銃弾が弾けることはなく。
カチッと。
部屋には渇いた音が響いた。




