【第六章:詭道あり、パイプは肌身離さず! ――何と言った?! 議長に報告せよ、戦艦と爆撃機だと……】
営区を揺らす重々しい足音が、周囲の兵士たちの視線を集める。オークよりも一回り大きな巨躯を誇る機甲トロルが、オールドマンたちの後を追い、仮の寝床を探して歩んでいた。
歩幅を早め、狂特ゴブリンがオールドマンの傍らへ滑り込む。不満を露わにして吐き捨てた。「……あっさりと譲り渡す気かよ? 俺たちが骨を折って完成させた成果だってのに!」
オールドマンは視線を前に向けたまま、淡々と返す。「前にも言ったはずだぜ、ゴブリン。俺はお前の知恵を信じている。いずれその意味が分かるさ……」
それまで沈黙を守っていた恋銃癖も、重い口を開いた。「俺もオールドマンの意見に同感だ。あの時は俺たちも先を急ぐあまり、深く考えていなかった。ベビーが無事に戻ってきたとはいえ……この身体が新たな火種を生むのは紛れもない事実だ」
オールドマンは言葉を継ぐ。「お前たちに落ち度はない。正式な議長の判断も間違っちゃいないさ。あいつは最大限の歩み寄りを見せた――『封印』という形でな。だが、それが永久に続くとは限らん……」
「ボス! どこへ行っていたのですか! ずっと探していましたよ!」
不意の声がオールドマンの言葉を遮った。一行の姿を捉えた新領袖が、大股で駆け寄ってくる。
勇者一行と会談中だと思っていたオールドマンは、訝しげに尋ねた。「勇者たちはどうした?」
「彼らは輸送機に乗り込み、一足お先に引き揚げました」新領袖は答え、口角を上げて親指で特定の方向を指し示した。「ボス、天井を高くとった特注の大型テントを設置させました。皆様の休息所としてお使いください。……申し訳ありません、現在の状況ではこれ以上の待遇をご用意できず、少々不自由をおかけしますが」
「気にすんな。身を寄せる場所があるだけで上等さ」オールドマンは首を振り、穏やかに笑いかけた。「新領袖、明日の早朝、俺と一緒に議長とバイの指揮官へ挨拶に行くとしよう」
静寂に包まれた深夜。時折、途切れ途切れの虫の音と、夜警を交代する哨兵の足音が微かに響く。
テントの外にあぐらをかいたオールドマンは、苦しげな胸の咳を殺しながら、ガラスケースに覆われた雷の魔法水晶を点灯させていた。そこに接続された金属線が薄青い微光を放ち、地面に広げられた地図を仄かに照らし出す。
手帳を握りしめたオールドマンは、パイプをくゆらせながら定規で地図を計測し、手帳へと緻密な計算とメモを書き込んでいった――。
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朝日が地平線を染め上げる。早起きしたオールドマンは、道中でパイプに火を灯し、長らく棚上げにしていた計画の細部を頭の中で幾度も反芻していた。やがて、約束通り合流した新領袖と共に作戦テントへと足を進める。
新領袖がテントの幕を跳ね上げると、室内にはすでにバイの指揮官とエルフ議長が着席していた。
その瞬間――。入口に立つオールドマンの姿を目にしたエルフ議長の瞳が、硬直したように見開かれた。彼女は自分のポケットを探り、昨日没収したはずのパイプが確かに手元にあることを確認すると、猛禽のごとき鋭い眼光でオールドマンを睨みつけた……。
(――おっと……いけねぇ。老いぼれて頭がボケちまったか……)
相手の異様な殺気に気づき、オールドマンはようやく自分の失態を悟った。慌てて口からパイプを外すと、新領袖の耳元へ身を寄せ、ボソボソと囁く。「新領袖……今度から注意してくれ。議長の前でパイプを咥えるのは禁物だってな……」
「……コホンッ!」エルフ議長は半眼でジロリと見下ろしつつ、刃のごとき冷酷な視線を突き刺したまま、硬直して着席するオールドマンへ向けて咳払いをした。
話の矛先を受け止めたオールドマンは、観念したように唇を尖らせると、深いため息をついて手元のパイプを素直に差し出した……。
「……まだ隠し持っているのではないでしょうね? あなたが以前語った『真実』をお忘れなく」二本目のパイプを取り上げながら、エルフ議長は疑念の目を緩めない。
「参ったな、本当にお前には敵わんよ……」オールドマンは天を仰ぎ、眉をひそめながら軍外套の内ポケットから三本目のパイプを引き抜いた。
それでもエルフ議長の追及の手が緩まないのを見て取り、完全に白旗を揚げたオールドマンは、各ポケットから残る二本のパイプをしおしおと手元に出してみせた。「これで全部だ。一歩も引かんぞ」
「本当かしら?」エルフ議長は疑わしそうに目を細める。
「嘘なんか吐くかよ。『身につけている』のはこれで打ち止めだ。まさか下着の中にまで隠し持ってると思うか?」オールドマンは肩の軍外套を大きく広げ、パッパッと叩いて見せた。
それを見ていたバイの指揮官は、呆れ果てた顔で脱力したように問いかけた。「……おい。なんでお前はポケットの中に大量のパイプを詰込んでやがるんだ?」
没収された愛用品を名残惜しそうに見つめながら、オールドマンは肩をすくめる。「どこに置いたか忘れちまうことがあってな。探すのも億劫だから、予備を暗袋に仕込んでおけば、いつでも火を点けられるでしょうが」
バイの指揮官は開いた口が塞がらない様子でオールドマンと数秒間見つめ合い、やがて重いため息をついた。「……いいだろう。それで、今度はどんな企みを思いついたんだ?」
オールドマンは前置きを排し、切り出した。「以前お前と話した例の件だ。今、空を飛んでいるあの四軸トランスポートを、実戦に投入することはできるか?」
「輸送機に爆弾を満載して空から落とすって話か?」バイの指揮官は当時の会話を思い出し、顎でエルフ議長を示した。「それなら、すでに彼女へ伝えてある」
エルフ議長が言葉を引き継ぐ。「現在、連合開発部には後部カーゴハッチを肉抜きした改修機が存在するわ。ですが……政治家や他の議長たちによって否決されたのよ。剥き出しの機体に爆薬を搭載するのは、リスクがあまりにも高すぎるからね……」
「それに、以前彼らは飛行器に火砲を直接搭載して対地射撃テストを行ったのだけれど……反動で機体そのものが墜落しかけたのよ」
オールドマンが無言で深く頷くのを見届け、エルフ議長は続けた。「そのため、開発部では現在、トランスポートの構造を一から設計し直し、後部ハッチの底部にドロップハッチを新設する作業を進めているわ。完成と運用テストには、あと数日ほど時間を要する見込みよ」
オールドマンはしばし長考し、問いかけた。「完成後、そのまま前線へ持ち込んで実戦テストを行うわけにはいかんのか? 現状、敵には空中に対する迎撃能力が見受けられん」
その切迫した食いつきぶりに、エルフ議長は狐疑の目を向ける。「……また何か、良からぬ悪巧みを考えているのではないでしょうね?」
「攻守を逆転させ、敵の腹部を貫いて『ホーリー・グロリア・キュリア』の港口を奪還したいのさ。だが、そのためには敵に挟撃を許さない安全圏の確保が必須となる。当初の計画では、台地の砲兵陣地を利用して敵の増援を掃討する予定だった」オールドマンは喉を詰まらせて軽く咳き込み、説明を続けた。「だが今、空を舞うトランスポートが存在するなら……爆弾を搭載し、指定ポイントへ投下する手法は理論上十分に可能だ。安全地帯を迅速に構築する上でも、絶大な効果をもたらすはずだぜ」
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怒涛の説明に、バイの指揮官は慌てて手を挙げて割り込んだ。「待て、待て! 今なんと言った? 港口を奪還するだと!?」
オールドマンは不敵な薄笑いを浮かべ、問い返す。「そうだ。知っての通り、我が『ホンヴァーシャ』は元来、海上の覇者たる強国だ。港口を奪取すれば我が領域を取り戻したも同然。そこに砲艦を投入し、沿岸部から敵を挟み撃ちにしてやるのさ」
バイの指揮官は頭痛をこらえるように額を押さえた。「待て……待て待て! 砲艦とはなんだ!? お前たちの過去の『艦載弩砲』だけでも十分に狂っていたというのに、今度は砲艦だと!?」
オールドマンは事もなげに答える。「文字通りの意味だ。砲車の火砲を直接、軍艦の甲板へ据え付ける」
海上に浮かぶ巨大な砲塔の光景を脳裏に描いたバイの指揮官は、頭を振った。「あり得ん……! 波に揺れる海上で砲塔を据え付けたところで、照準など定まるはずがない。実現不可能な妄想だ!」
「かつての艦載弩砲にも、下部に振子式の水平維持機構を組み込み、荒波の中でも安定した射撃精度を維持させていました」新領袖が言葉を引き継ぎ、爽やかに微笑む。「ボスの着想は突飛に思えますが、試してみる価値は十分にあります。もし連合開発部が受け入れてくださるなら、ホンヴァーシャの優秀な造船技師たちを派遣いたしましょう」
「申し訳ありませんが、私はそろそろ首都へ戻らねばなりません。以降の議題は取りまとめて報告してください。オールドマン、あなたの提案については、開発部と協議してみるわ」エルフ議長は立ち上がり、一同へ向けて静かに一礼した。
「ああ、そうだ。最後にもう一つ重要なことがあったわ……」幕の前に辿り着いたところで足を止め、振り返ったエルフ議長は、オールドマンの面前でバイの指揮官と新領袖へ厳格に命じた。「議長としての公式な職権により、あなたたち二人に命じます。今後、オールドマンが一本でもパイプを咥えているのを目撃した場合、直ちに私へ密告しなさい。よいですね?」
オールドマンは片眉を跳ね上げた。「おいおい……職権乱用じゃねぇか?」
エルフ議長は目を細め、氷のごとき視線を向けた。「あなたという男を制御するには、これくらいの手回しが必要なのです。全てはあなたの身体を心配してのこと。何ら不当な点はないと考えますけれど?」
頬杖をつき、観念したように沈黙するオールドマンを確認すると、エルフ議長は身を翻してテントを後にした……。
エルフ議長が立ち去った後、オールドマンは新領袖へと振り返り、その肩をポンと叩いて下心たっぷりにニヤリと笑った。「新領袖、俺の頼れる右腕よ――お前なら俺の美学が分かるだろ? 兵は詭道なり、そしてパイプは肌身離さず、だ」
新領袖の引きつった苦笑いを横目に、オールドマンは悪戯っぽくバイの指揮官へと視線を移す。「なぁ、老友よ。昔お前に貸した人情の借りは倍返しにするってのが俺の流儀だが、その重みがあれば、人生を愉しむためのパイプ一本くらいはおまけしてもバチは当たらんだろう?」
バイの指揮官は額に縦線を浮かべ、目を逸らして乾いた笑いを漏らした。「……ただでさえ戦争で頭がパンクしそうなのに、お前たちのくだらない化かし合いに僕を巻き込むんじゃない……」
オールドマンは軽く鼻で笑うと、本題へと戻した。「ともかく、親愛なる老友よ。連合開発部の進捗を少し気にかける手伝いをしてくれんか? 実戦テストの段階に入ったら、うってつけの実験場を提供してやると伝えてくれ。最高のテスト環境を保証する。進展があったら速やかに連絡をくれ」
「気を配っておくよ。……まあ、議会が戦区を南北に分割してくれたおかげで、全戦場の管理に追われずに済んでいるのが不幸中の幸いさ」バイの指揮官は深く溜息をついた。
オールドマンは両手を後頭部で組み、悠然と脚を卓上に投げ出すと、可笑しそうにからかった。「お前も俺のように士官長の階級でも要求してみたらどうだ? 自由で気楽だぞ」
一見合理的に思えて、どこか致命的にズレている彼の持論に、バイの指揮官は白目を剥いてツッコミを入れた。「お前のように議会を挑発し、偉いさん方を激怒させろとでも言いたいのか!?」
背もたれに身を預け、オールドマンは唇を尖らせて尋ねた。「ところで……トランスポートに火砲を固定するってアイデアは面白いな。なぜ今まで俺に黙っていたんだ?」
それを突かれ、バイの指揮官は当時の惨劇を思い出して表情を歪めた。「ずっと後の話だよ。あのドワーフとゴブリンが合わさった時の狂気は、お前にも引けを取らないからね。輸送だけでなく、あの飛行器を兵器として運用しようと考えたんだ」
「至極まっとうな発想だな」オールドマンは深く頷いた。
バイの指揮官は頭痛を抑えるように眉間を揉んだ。「耳で聞く分にはまともに思えるがね。現場に立ち会わなかったお前には想像もつかないほど荒唐無稽だったのさ……。結局、僕が機腹の下に小銃のような小型兵器を懸架する案を出して、ようやく収まりがついたんだ」
「うむ……完璧な提案だ」オールドマンは再び賛同の意を示した。
バイの指揮官は無力感に乾いた笑いを漏らす。「はぁ……僕の案を褒めてくれるのはお前くらいなものさ。あのドワーフやゴブリンどもがどんな目で僕を見下してきたか、お前には分かるか? 露骨な嫌悪と蔑視だよ」
オールドマンは片眉を上げ、至極当然といった様子で笑った。「種族の特性ってやつさ。珍しいことでもあるまい」
「ああ、そうだ。お前たちがここに揃っているなら、一つ重い知らせを事前に伝えておかなければならない」バイの指揮官は急に真剣な面持ちになり、新領袖へと視線を向けた。
「ホンヴァーシャの議長……つまり、君たちの『二王子』だ。前々から噂で耳にしていたが、彼と一部の政要たちが裏で不穏な動きを見せている」バイの指揮官は十指を組み、申し訳なさそうに言葉を繋いだ。「報告が遅れたことを謝罪する。多忙を極める優先順位の中で、この情報のプライオリティはどうしても低くなってしまっていたんだ……」
それを聞いた新領袖は唇を噛み締め、瞳を伏せた。「構いません。私であっても、そのような情報はただの雑音として処理したでしょう。現在の最優先課題は深淵を退けることです。二王子が状況を解さず愚行に走るのであれば……自らを孤立させるだけに過ぎません」
オールドマンは胸の前で手を組み、不快感を露わにして吐き捨てた。「俺の知る二王子なら、今すぐ大きな波風を立てる度胸などないはずだ」
会話が一段落したところで、バイの指揮官は抑えきれない好奇心から尋ねた。「不思議なんだが……先代の老国王も目がないわけではなかったろうに、なぜ三王子ではなく彼に王位を継がせなかったんだ?」
「政治的な暗闘さ」オールドマンは過日の記憶を反芻し、重いため息をついた。「表面上の姿に騙されるなよ。あの二王子もまた、腹に一物ある毒蛇だ。昔、彼を救出した時は俺も気づかなかったが……奴は俺の失態や弱みを握り、大王子と結託して三王子を陥れた。さらに大王子に罪をなすりつけて自滅させ、濡れ手で粟で王位を奪ったのさ。老国王が晩年に床に伏せったのも、奴の仕業でないとは言い切れん」
「過去の邪推はここまでにしておこう。体中がムズムズして落ち着かん、俺は一足先に失礼するよ。進展があったら連絡をくれ」オールドマンは脚を下ろして立ち上がると、連れ立つ新領袖に問いかけた。「ところで、昔お前たちが買ってくれた例のパイプを覚えているか? もったいなくてずっと使えずにいたんだが……どこに仕舞い込んだか、思い出さなきゃならんな……」




