1話 夢
夕焼けの眩しい光が部屋に差し込み、2人の人影が床にぽつんとある。窓の奥には美しい夕陽が見える。電車の音が遠くから聞こえて、カラスが鳴き声をかわしている。
一見、何事もない幸せな日だと思うが、この部屋の中は修羅場になっていた。俺の前には、黒いサングラスに灰色のフードを被った男がバットを持っている。俺は部屋の端に追いやられ、男はにやりと笑っている。
「そこの坊や、こっちへ来るんだ。」
俺はここでどう抵抗しようと命が危ない。しかし、男の方へ行っても命の保障はない。
俺は、偶然この男の犯行現場に立ち会ってしまった。彼は泥棒で、興味本位でガラスが割れる音がした方向へ向かっていくと、男が金属バットを持って俺を睨みつけていた。そこから、俺は頑張って逃げたが、運悪く建物の奥にある暗い部屋に追い込まれてしまった。男は、犯行の瞬間を見てしまった俺を殺すつもりかもしれない。早く逃げたいところだが、足がすくんで動けない。
「ぼさっとするな、早く来い。」
男はイラついている。俺は怖くなり、無意識に幼稚園の制服である、水色の可愛らしい服の裾をギュッと掴む。
〈……凛ちゃん………〉
どこからか、俺の名前を呼ぶ声がする。もしそうだったらとてもありがたいが、まさかそのような幸運なことが起こるはずがない。
遠くからパトカーのサイレンが鳴る。何台ものパトカーがどこかに向かっているみたいだ。もしこちらへ向かっているならば、とても嬉しい。もしかしたら、誰かが荒らされた部屋を見て通報したのかもしれない。あるいは、誰かがこの怪しい男を見て不審に思ったのかもしれない。しかし、パトカーはまだ遠くを走っている。また、このような暗い部屋を簡単に見つけられるとは思わない。
「何してるんだ、待っても無駄だ。大人しくこっちへ来い。」
いよいよ自分の身が危ない。一刻も早く警察が来てくれないだろうか。すると、玄関の扉が開いて、遠くから走ってくる音が聞こえた。ガラスを踏んづけている音がする。部屋の扉が大きな音を立てて開いた。
「凛ちゃん、大丈夫?」
茶髪で、灰色の可愛らしい瞳の少女が俺の正面に問いかける。俺と同じ瞳だ。赤いランドセルに黄色い帽子をかぶっているので、小学1年生だろうか。そうだとしたら、俺より1年年上だ。なんか見覚えがある気がするが、少女は俺の名前を知っている。いったい誰だろう?
〈……起きて…………〉
後ろでは、男が少し慌てていた。しかし、俺の目の前にいる少女は、部屋が暗いせいか男の存在に気づいていないらしい。ずっとこっちを向いたままで、振り向きもしない。次第に状況を察した男が持っていたバットを持ち上げ、少女に向かって振り下ろした。
「危ない‼︎」
俺は少女に向かって叫んだ。少女は後ろを振り向いた。
「えっ…。」
鈍い音がした。俺の前で少女がばたりと倒れる。
「……大丈夫?」
少女に聞いてみたが、返事が聞こえない。暗くてよく見えない。しかし、確実に男は俺の方に近づいている。
するとそれと同時に扉が開いた。武装をした人々が何人も男の前を取り囲み、男を捕らえて手錠をかける。警察だった。
「坊や、大丈夫だったかい?」
警察の人の一人が俺に問いかける。俺はこくんと頷く。
俺はもう一度少女に声をかけてみた。
「ねえ、大丈夫?」
返事が返ってこない。しばらくすると警察の人が来て、少女の方に捜索用の明かりが照らされた。
俺は一瞬だけ少女の姿をみた。少女は倒れており、後頭部から、何かよくわからないけれど、赤いものがたくさん出ていた。その後、すぐ俺は警察の人に手を引っ張られて、部屋の外に出された。
「坊やはここで待ってなさい。この部屋に入っちゃダメだ。」
警察の人はそれだけ言い残すと、部屋の中に入った。
どれだけ待っただろうか。遠くから救急車の音がして、こちらへ向かってくる。救急車がたどり着いた後、担架が運ばれてきて、部屋の中に入った。
やがて、自分の家のシルバーの車が来て、中から、家族が出てきた。母は部屋から担架に乗って運ばれてきた少女を見て、泣き崩れた。父は少女を見たのち少し悲しそうだったが、泣いてはいなかった。
兄が父と母から離れて、こっちへ向かってきた。4歳上の兄だ。俺をじっと見つめて、自分の頭にポンと手を乗せた。
「大丈夫か?怪我をしていないか?」
「うん。」
俺は、担架で運ばれていく少女を見て、兄に聞いてみた。
「お兄ちゃん、……どうなったの?」
「どうした?」
「お姉ちゃんは大丈夫なの?」
俺は少女の方を指さした。兄は少し戸惑った顔をしたのち、こう答えた。
「うん、多分大丈夫だよ。」
それから、俺は家族の車に乗せられて、病院へ向かった。母は自分たちとは別に、救急車に乗って向かっている。俺は車の中に乗っているうちにだんだん眠くなってきた。車窓にもたれて、自分のまぶたを閉じた。
「起きなさい‼︎」
とてつもない声が部屋に響き渡る。俺の目の前には、茶髪の、栗色の可愛い瞳をもつ少女が立っていた。
「なんだよ、遥…。」
凛は目をこすりながら、遥に文句を言った。
「何を言っているの、今日は進級式じゃない。このままだと遅刻するよ‼︎」
凛は壁にかかった時計の針を見る。俺が今日から通う高校の行事に間に合うためには、7時30分ごろの電車に乗らなければならない。そして、今時計は残酷にも7時40分を指していた。




