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09 最初で最後の親子喧嘩


 速報、数日行方不明だったレナルドがなんと別邸の地下室で発見された。

 悲報、シェリル妃は予想よりかなりやばい奴だった。

 ちょっと待って、この短時間で情報過多だし急展開すぎるって。あまりの展開にさすがのノアもテオも少なからず戸惑っているようだ。


 侍女長に案内された先は地下牢に続く石造りの階段だった。

 まさか階段の先にシェリル妃の実の息子であるレナルドが居るとも思えなかったので、最初はシェリル妃の指示で私たちを閉じ込めようとしているのかと警戒したものだが、恐る恐る階段を下りて重い扉を開けると、本当に地下牢にレナルドが居た。


「レナルドお兄様…!」

「げ、何だよ此処、暗いしカビ臭ぇな。」

「こんな所に実の息子を閉じ込めるって…」


 私と話した次の日に既に閉じ込められていたとするなら、もう丸五日はこの蝋燭が数本あるだけの光が入ってこない地下牢にいることになる。いくら第三皇子と言ったってレナルドはまだ十五歳だ、こんなの耐えられる訳がない。

 早く此処から出してあげたい一心で牢屋に近づき、扉を開けようと試みるも鍵がかかっていて開かない。


「申し訳ありません、鍵はシェリル様しか持っておらず…」

「そんな…!」


 レナルドの青い瞳は虚ろで光がない。けれどシェリル妃しか鍵を持っていないとなると、本人から鍵を貰うか今此処で壊すかの二択になってくる。本人から貰うのは当然無理だけど、此処で鍵を壊して器物損壊罪に問われてしまうのもノアやテオに迷惑がかかってしまう。

 私が内心焦りまくっていると、テオがポケットから何かを取り出し得意げに言った。


「よし、此処は俺に任せろ!」

「え?」

「大丈夫だよ、ベアトリス。テオはピッキングが得意なんだ。」

「えぇ…」


 皇族がピッキング得意ってどうなの?とは思ったが、テオは数秒でいとも簡単に牢屋の鍵を開けてしまった。マジかよ。


「レナルドお兄様、大丈夫ですか?!」

「…ベアトリス?」

「っはい、お兄様の妹のベアトリスです。」

「お前来てくれたんだな…、其奴らは?」

「レナルドお兄様の弟のノアお兄様とテオお兄様です。さ、一緒に帰りましょう!」


 レナルドは「あぁ、ありがとう」と頭を垂れた。普段は憎まれ口ばっかり叩くし我儘なくせに、調子狂うから早く元通りになってよ!

 レナルドが心身共にダメージを受けていることが伝わってきて、兎に角早くこの場を立ち去ろうとノアとテオの手も借りて地下牢を脱出し廊下に出た。

 一気に日の光が差してきて私たちは眩しさに目を瞑る。


「ところで第三皇子を連れ出しちゃって侍女長は大丈夫なの?シェリル妃から怒られるんじゃない?」


 少しして光にも慣れたところで、ノアが侍女長にそう話しかけた。

 確かに話を聞く限りレナルドの場所を知ってる人は限られているみたいだし、状況的にすぐに侍女長がしたことだとバレるだろう。そうしたら息子にここまでの仕打ちをするような人だ、いくら母国からの侍女だと言っても怒るなんて生易しいものでは済まされないかもしれない。


「私のことは気にしないでください。第七皇女殿下…貴女を見てやはり考えを改めました。シェリル様は間違っておいでです。他の誰でもなく、実の息子であるレナルド殿下にこのようなことをするべきではなかった。」


 一呼吸ついて、侍女長は続けた。


「…時に愛は人を狂わせてしまうのですね。昔の薔薇の花のように愛らしかった姫様はもういらっしゃらない。レナルド殿下、これまで私がお母上の行動に目を瞑り従ったこと、本当に申し訳ありませんでした。」

「逆らえば母上はきっと俺ではなくお前を鞭打ちにしていた。そういう人なんだ、だからお前は悪くねぇよ。むしろ覚えてるぜ、お前だけが俺を殴る母上を止めてくれたことがあったこと。」

「レナルド殿下…」


 侍女長はずっと苦しかったのだろう。昔は愛らしかった主が愛に狂って間違いを重ねる姿を見るのも、間違っていると分かっていてと止められない自分の無力さを実感するのも。

 その侍女長の苦しみを理解し、許したレナルドはすごい。ノアもテオもちょっと意外そうな、けれど確かに尊敬の念を込めたような瞳でレナルドを見ている。

 もう少し二人で話させてあげたいところだが、いつシェリル妃が現れるか分からない今、それは少しリスクが高い。侍女長もそれを分かってか手早く裏口の経路を教えてくれた。


「此処から真っ直ぐ行って突き当たりの廊下を曲がれば使用人の使う裏口があります。そこからの方が正面玄関から出るよりもシェリル様に見つかりにくいでしょう。どうか早くお行きください。皆様の無事をお祈りしております。」


 侍女長が教えてくれた通り、長い廊下をひたすら真っ直ぐ進み突き当たりを曲がろうとした、その時。すぐ後ろから金切り声に近い叫び声が聞こえた。


「一体誰なの?!人の息子を勝手に連れ出そうとするなんて!!」

「母上…!」

「…あら、これはこれは第四皇子と第五皇子ではないですか。私の子に何の御用で…」


 レナルドが前に出て隠してくれようとしてくれていたようだが、シェリル妃の瞳はじきに私の姿を捉えた。


「あ、あぁ…お前は…!!」


 ぶるぶると彼女の肩が震え、目は大きく見開かれる。私に在りし日の母の姿を重ねているのが容易に理解できた。


「あの女の娘ね!陛下だけでは飽き足らず、今度は私の息子まで奪おうというの?!この売女めが!!」


 ノアとテオがいる手前先程までは礼節を守ろうとしていたようだが、私を目にしたことで理性の箍が外れてしまったようだ。

 普通の温室育ちの皇女なら卒倒しかねない罵詈雑言を続けざまに浴びせられたが、私は前世を合わせれば一応精神年齢三十は確実に越えているし、父が介入してくれる前までは“ホコリ”だとかいう蔑称を付けられ罵倒されたことくらいある訳なので別に何のダメージも受けない。

 それより、私は私で彼女に言いたいことがある。


「貴女は私や母をそんな風に貶しますが、何よりも自分がそう貶されるべきだと理解していますか?」

「なんですって…?!」

「母に嫉妬するのは分かります。けれど母は何もしてないし、私だって今初めて貴女と会いました。それに比べて貴女はレナルドお兄様に酷いことをし ではないですか。この場にいる誰もが知っています、貴女がレナルドお兄様を五日も地下牢に閉じ込めていたことを。屑だとか塵だとか、何よりも貴女が言われるべき言葉なんじゃないですか?」

「このガキ、何を…!」

「っ」

「おやめください、母上。」


 シェリル妃は大きく手を振りかぶったが、それが私に当たることはなかった。レナルドがシェリル妃の手首を掴んで止めてくれたようだ。


「何をするの、レナルド!!離しなさい!私の言うことが聞けないの?!」

「はい、聞けません。その手で殴られるととても痛いのです。長い爪が頬に掠って血が出ることもあります。俺はベアトリス…妹にそんな思いをさせたくありません。」

「なっ、貴方…!あの女の娘を妹だなんて!信じられないわ!!」

「俺も信じられないです。母上がまだこんなに小さな少女を殴ろうとするだなんて。」


 レナルドは強い瞳でシェリル妃を睨みつけた。息子にそんな風に睨まれるのは初めてなのか、彼女は驚き怯む。


「俺がベアトリス位の年齢の時も殴られてましたから、そういう人だということは最初から分かっていたはずなのに。今更気づくなんて俺はバカですね。」

「レ、レナルド…」

「さようなら、母上。もう金輪際俺に関わらないでください。」


 レナルドの青い瞳は、もう何の期待もしていないとでも言うように自身の母を映してはいなかった。


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