05 第三皇子レナルド・デル・フィニアン
申し訳ありません、投稿ミスがあったのに今気づいたのであげ直しです。
父と母と初めて三人で過ごしたあの日以来、父は政務で忙しい時以外はほとんど毎日皇后宮を訪れている。
こうしてただでさえ忙しい父が皇后宮に通うようになれば私との時間は取れなくだろうし、これまでのティータイムの時間は自然消滅するかと思われたが案外に父はしっかり時間を作って(作らせて?)いた。そのため、たまに「陛下、どうかこの書類に印を押すことだけは…!!」と半泣きになりながら文官が庭園に現れるようになったこと以外は前と同じ日常だ。
「皇帝が第七皇女を寵愛している」なんて噂が立つのも当然のことで、私は今私より十個も年上の兄に正面からメンチきられているという訳だ。
「そう怯えるなよ、俺は何もお前を取って食おうとしてる訳じゃない。そうだな…まずお前、名前は?」
「あ…」
皇帝である父の誘いを下手に断ったり嫌がったりしたら単純に命が危ない。だから皇帝と仲良くなるのはもう仕方ないとして、それでも“皇位継承権に興味無いですよアピール”をハナから諦めた訳ではない。
「チッ、仕方ねぇな。俺は第三皇子のレナルド・デル・フィニアンだ。」
「えっと…私はベアトリス・デル・フィニアンと申します。」
「皇位継承位は?」
「?、難しいことはよく分からないです。そんなことより、レナルドお兄様とお呼びしてもいいですか?」
「は?何でだよ。」
「お兄様と仲良くなりたいからです!私、家族皆で仲良くしたくて…。」
アピールの成功のため、私は“ただただ家族に憧れがあるだけの健気な娘”を演じることにした。元々バカで気弱な皇女を演じてた訳だし、これくらい私からすれば御茶の子さいさいだ。
おっと、そしてこれは意外と効果覿面らしい。こんなこともあろうかと持ち歩いていた『なかよしかぞくのおひめさま』という絵本を取り出して抱きかかえると、レナルドはすぐにははーんと頷いた。大方「此奴やっぱりただの平和ボケしたバカだ」とか思ったんだろう。
「別にどうとでも呼んでいいぜ。けど一つ条件がある。」
「条件?」
「そうだ。お前、今日から俺の犬になれ。」
「は?」
やべ、思わずマジトーン出ちゃった。レナルドが一瞬ポカンとしたような表情をしたので、慌てて「私、今日からお兄様のお犬さんになるのですか?」と付け足すと、幸い聞き間違いだと思ったのか「そうだ!」と頷いた。
いや、異母兄妹とは言え十五歳の兄が五歳の妹に犬になれってどうなの?普通に嫌なんだけど。
「でも、私はお兄様の妹ですし…。」
「あー、犬っていうのは比喩だ比喩。兎に角俺の言うことを聞けば良いってこと。」
「言うことを聞く…?」
「ああ。俺は皇帝になりたいんだ、そのためにはお前の手助けが必要なんだよ。俺の犬になるんなら、この俺が守ってやらないこともないぞ。」
レナルド・デル・フィニアン。彼は優れた剣術の才能を持つが、乱暴な性格で原作でのベアトリスの死に関わる人物の内の一人でもある。他国の姫君を母に持ち、第三皇子ながら第二皇子を凌ぐ皇位継承権を持っている有力な次期皇帝候補だ。
そんな彼が私の手助けが必要だと?絶対良いようにこき使われるに決まってるし、今だって母が父にお願いしてくれたのか兄姉とか使用人から嫌がらせを受けることもなくなったからレナルドに守ってもらえるっていうメリットも少ない訳だし、もちろん断りたいけど…。
「…」
「…」
いや怖っ!無言の圧力怖!!
断るなら殺すぞとでも言わんばかりの目で私を見てくるレナルドは、確かに原作でもそういうことをやりかねないような性格ではあった。
十五歳の現在はまだ分からないが、成長した彼は気に入らない使用人を鞭打ちにすることは日常茶飯事だし、自分をバカにしようものなら相手が貴族であってもその場で剣を首に当てる、といった感じだ。
此処で断って彼の不興を買うのも私の本意じゃない。取り敢えず了承しておくのも手かな…。
私が頷くと、レナルドはそれまでの表情から一転、「じゃ、お前は今日から俺の犬だな!」と良い笑顔で言い切った。何度も言うようだけど、兄が小さい妹を簡単に犬扱いするってほんとどうなの??
ちょっとムカついたので、「お前じゃなくてベアトリスです。」と小さな反抗をしてみると「はいはいベアトリスな。」と意外と素直に対応してきた。
「ベアトリス、最初の仕事だ。まずは父上に俺について聞き出せ。」
レナルドが私に仕事として命じた内容から、これからレナルドが私をどんな風に利用するつもりなのか大体分かった。皇帝から寵愛を受けているという噂の私を通して、自分も皇帝との関わりを増やし皇位継承の可能性を上げようとしているのだろう。
現状、皇位継承位一位…すなわち皇太子は第一皇子だ。このまま順当にいけば魔法の天才と名高く有力な後ろ盾もある彼が皇位を継承すると言われているし、原作でもベアトリスの死後に結局皇帝となったのは彼だったから無駄な足掻きだとは思うんだけどな。
内心そんなことを思いつつも露ほども顔には出さず、私は分かりましたと素直に頷いた。ふぅ、天真爛漫を演じるのも楽じゃないって。
「第三皇子のことを?」
「はい。お父様はどうお思いなのかなって。」
聞かない訳にもいかないので、次の日早速父にレナルドのことをどんな風に思っているのか聞いてみた。父は紅茶を一口啜り、少し考えてから隣に控えている青髪の騎士…イーノックに訊ねた。
「第三皇子とは誰のことだ。」
「レナルド殿下のことにございます。」
「レナルドか…」
いや第三皇子って言われて誰のことか分からないのかよ。まぁ離宮の皇族を除けば皇子は五人、皇女は七人いる訳だし思いつかなくても無理ないけど、レナルドが知ったら怒りそうだなぁ…。
「確か数日前に護衛騎士を気絶させて隠れて市場に出ていたな。」
「(問題児じゃん…)」
「マスターランクの手練の騎士が護衛だったのですが、レナルド殿下には到底適わなかったようですね。」
「そうだな。剣術の才に関しては彼奴の右に出る者は居ないだろう。実力はまだイーノックには及ばないようだが。」
「ありがたきお言葉。ですが私もうかうかしていてはすぐに追い抜かれてしまいそうです。」
「へぇ、レナルドお兄様は剣術の天才なのですね!それから?」
「それから…、隠れて市場に出る癖は治した方が良い。」
「あはは…」
そこまで話して、父はまた紅茶を飲み始めてしまった。どうやらこれ以上レナルドに関して言うことは無いらしい。この会話をこのままレナルドに伝えたら機嫌悪くなりそうだし、取り敢えず剣術の天才ってところだけ伝えよう。
そう考えていると、ふと何かを思い立ったのか父が私を見て言った。
「ベアトリス、レナルドと仲良くするのはいいが、彼奴の母親には近づくなよ。」
レナルドの母親…と言うと、側室の他国の姫君のことだろう。近づくなって、それはまたどうして?
私が不思議そうな顔をしているのに気づいたらしいイーノックが付け足して説明してくれた。
「レナルド殿下の母君…シェリル妃は、皇后陛下を非常にお嫌いになっているのです。」
「お母様を?」
「はい。シェリル妃は皇帝陛下のことを、かなり…いやとてつもなく愛しておいででして…。」
シェリル妃は遠方の小国、アラビゴ王国の第一王女だったそうだが、一度フィニアン帝国に旅行に来た際に父を見かけ、なんと一目惚れして側室でも構わないからと婚姻を要求してきたらしい。
アラビゴ王国は小国だが石炭などの原料が豊富で、寒帯地域であるフィニアン帝国からすれば政略結婚による関係作りは損をするものでも無かったため了承し、シェリル妃は晴れて側室となったそうだが、結婚後はその時はまだ婚約者だった母への嫉妬心から壮絶ないじめをしたこともあったそうだ。
いじめを知った父は当然激怒したけど、此処フィニアン帝国で結婚は魂同士の繋がりを深める神聖なものなので、離婚は重罪とされている。だから仕方なくシェリル妃にはしばらくの謹慎と謹慎解除後も母への接触禁止令が出され、ひとまずその場は収まったという。
「あの方が皇后陛下のご令嬢であるベアトリス様を見たら何をなさるか分かりませんので、下手に接触するのは危険かと。」
「あの女はレナルドと同じ目立つ赤髪をしているから、見ればすぐに分かるだろう。まぁ奴の住まいは別邸だしわざわざ会いに行こうとしなければ大丈夫だとは思うがな。」
“あの女”だとか“奴”だとか、一応自分の妃なのに父はかなり彼女を嫌っているようだ。
皇后である母と、側室の妃四人は皇后宮で暮らしている。なのにシェリル妃だけは別邸なんて、母に近づけさせないという点では最善かもしれないけどシェリル妃は相当恨み募らせてるだろうな。
後日少し気になったので母にシェリル妃やいじめのことを聞いてみると、スープの中に刃物が混入していたり、乗馬中に魔物を呼び寄せる笛を鳴らされたりと中々えげつないことをされていたらしい。
うわ…ガブリエラが今まで私にしてきたことがすごく可愛く思える。
「まるで薔薇のような赤髪の綺麗な人だったわ。けれど少しお父様への愛が大きすぎたのね。謹慎中も彼女の部屋から何度も『出しなさい!』って言う叫び声が聞こえて、結局は住まいを別邸に移されてしまったの。お父様も何回かは別邸に行っていたようだったけど、シェリル妃が一人皇子を産んでからは全く会いに行かなくなってしまったわ。」
全部シェリル妃の自業自得だけど、それで彼女が闇落ちとかしてなければいいけど。レナルドがその影響を受けてしまったら犬(不本意)の私も何かしら被害被りそうだし。
父が言っていたこと(もちろん剣術の天才だと褒めていたことだけ)をレナルドに報告すると、それまでしていた木刀での素振りを中断して目を輝かせていた。
お父様に認められて嬉しいのかな?意外と可愛いところあるじゃん、と思ったその日から、レナルドは突然姿を現さなくなった。